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サトウハチロー旧居跡

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歩・探・見・感2年前

東京大学周辺の弥生式土器発見地と言われているところを探索する 以前も付近を探索したことがあるのだが、東京大学の構内を見学できることを知り、再び訪問することにした。 訪問日 2023年4月15、18日 プロローグ 弥生式土器発掘ゆかりの地碑 東京大学浅野地区遺跡案内 本郷キャンパスの見学 「向岡記」 碑 弥生二丁目遺跡 方形周溝墓 「弥生式土器」の発見地 サトウハチロー旧居跡 異人坂 旧町名案内「向ヶ丘弥生町」 エピローグ プロローグ 東京大学工学部の言問通り沿いの片隅に「弥生式土器発掘ゆかりの地碑」と「東京大学浅野地区遺跡案内」が設置されている。 付近にあった地図 「弥生式土器発掘ゆかりの地碑」と書かれているものと「弥生式土器発掘の地碑」と書かれているも…

#弥生土器#発掘ゆかりの地#弥生二丁目遺跡#東京大学浅野地区遺跡案内#東京大学#向ヶ丘弥生町#異人坂#サトウハチロー旧居跡

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そらのダイアリー(2)2ヶ月前

文化の足跡をたどる~「文の京」に山あり谷あり学びあり 2024/9/23やっと涼しくなった~ さぁ、歩かなくては。 この日の出発は日暮里駅。 文政十二年(一八二九)に成立した『御府内備考」』には、「感応寺後と本行寺の間より根津坂本の方へ下る坂なり」とあるが、「根岸」の誤写の可能性がある。明治五年『東京府志料』には、長さ十五間(約二七・三メートル)幅二間(約三・六メートル)とあるが、現在の坂の長さは五十メートル以上あり、数値が合致しない。以前は、谷中への上り口に当たる急坂を「御殿坂」と呼んだが、日暮里駅やJRの線路ができた際に消滅したため、その名残である坂の上の部分をこう呼ぶようになったと考えられる。俗に御隠殿(寛永寺輪王寺宮の隠居所)がこの先にあったからといわれる…

未来そうぞう日記6ヶ月前

弥生時代はここから、、、物騒な名前の坂や階段が多い文京区弥生本郷、東大周辺散歩のつづきです。 このあたりは文京区弥生。弥生という地名は全国にいくつかありますが、 ここの弥生は 「弥生時代」の由来となった日本で一番有名な弥生だったりします。 1884年、こちらの貝塚から出土した土器が装飾が簡素で焼き上げの温度も高温だったと今までの縄文式土器と大きく異なる特徴を有していたことから弥生式土器と呼ばれるようになった。その後、その特徴がこの地域や民族特有なものではなく、時代による差異だということが分かり、弥生時代が誕生したわけです。 こちらは東大本郷キャンパス北東にある弥生門。 弥生門前の道路は暗闇坂と呼ばれています。今は住宅地に面した普通の坂ですが昔は木々が生…