累風庵閑日録 (original) (raw)
「べんせいライブラリー ミステリーセレクション」の内の一冊である。巻数表記はないが、全六巻の構成になっている。本書には六編収録されており、半数が既読であった。その中では村山槐多「悪魔の舌」が、一歩抜きんでている。いくつかのアンソロジーで何度も読んでいるが、やはり異様で不気味な怪作。
初読作品の中では夢座海二「偽装魔」が面白かった。スピーディーな展開を身上とする軽サスペンス。バタバタと事件が起き、割と他愛ない真相へたどり着く。ちょっとしたアクションもあって、こういう軽い読み味には普段あまり接していないので新鮮であった。同じようなものを続けて読むとたちまち飽きてしまいそうだけども。
●注文していた本が届いた。
『ヘレン・ヴァードンの告白』 A・フリーマン 風詠社
●「悪魔が来りて笛を吹く」デジタル修復クラウドファンディングの、パートナー限定配信として映画「三本指の男」を観た。作品のキモのひとつである凶器の扱いについて、割ときちんと映像化しているのに感心。真相は(伏字)なんて強引な要素を盛り込みつつ、アレンジを加えてあるのが面白い。
●『幻想三重奏』 N・ベロウ 論創社 読了。
謎の設定がとにかく強烈で、その魅力で引っ張ってゆく。読むにあたっては、伏線やロジックの評価はいかに、ミステリとしての出来栄えはどうか、なんて視点を取っ払った方がいいようだ。(伏字)だなんて犯人像はあまりに力ずく。真相はあまりに強引。普通なら少々興醒めするところである。だが、全部そのまま受け入れることにしてしまえば、なんと破天荒で奇天烈で楽しい作品か。
●乱丁があったという宮野村子の、修正版が届いた。ありがたいことである。
『夢をまねく手』 宮野村子 盛林堂ミステリアス文庫
●『アガサ・クリスティーの秘密ノート』 A・クスティー&J・カラン クリスティー文庫 読了。
上下巻七百ページ超の大物である。内容は、クリスティーがノートに書き残した、創作に当たって試行錯誤した痕跡を解析したもの。マニア向けの本である。各作品の内容をきちんと覚えているようなマニアさんにとっては、記された言葉の断片を作品の該当場面と照らし合わせる作業は興味が尽きないことであろう。
だが私のように、ただ読んでただ面白がっているようなファンはそういう訳にはいかない。昔読んだ作品なんざ、きれいさっぱり忘れている。申し訳ないが割と流す感じで読んでしまった。ひとまずクリスティーのミステリを全て読んでネタバレの憂いをなくしてから、改めて本書を参照しつつ各作品を再読するのが、最も楽しめるアプローチなのかもしれない。
本書の個人的な意義は、上下巻それぞれの巻末付録にある。それぞれに新発見の短編が収録されているのだ。上巻には短編集『ヘラクレスの冒険』に収録された第十二話「ケルベロスの捕獲」の別バージョン。内容はポリティカル・スリラーといっていい。なんとまあ、呆れるほど素朴で楽観的である。下巻に収録の「犬のボール」は、ちょっとした良作。短い中に伏線だの皮肉な展開だのを盛り込んで、密度高めに仕上がっている。前置きとしての、作品が書かれた時期を絞り込んでゆく考察も興味深い。
もう一点興味深かったのが、上巻百二十七ページにあるリストである。短編を長編化した作品や、同じ趣向を再利用した作品を整理したもの。改稿ネタは好物なので、今後クリスティーを再読する際には役に立つ情報である。
●先日、Xのスペース企画「『金田一耕助の冒険』をネタバレで語ろう」の準備のために課題図書を再読した。その時以来頭に引っ掛かってもやもやしていた宿題がある。収録作「夢の中の女」は、元ネタだか改稿作だかが人形佐七ものにありそうな気がするのだが、どの作品か思い出せないのだ。
それが今になってようやく、人形佐七ものの「紅梅屋敷」が原形になっていると分かった。それどころか、由利先生シリーズの「黒衣の人」が、佐七もののさらに原型になっているのであった。つまり、「黒衣」→「紅梅」→「夢」という流れである。もともと「夢の中の女」の原題は「黒衣の女」なので、元に戻ったともいえる。いつかこの三作を読み比べてみたい。過去日記をチェックすると、十二年前に「黒衣~」と「紅梅~」の比較だけはやっているのだが、今となっては当然全て忘れている。
●定期でお願いしている本が届いた。
『欲得ずくの殺人』 H・ライリー 論創社
●『巨匠の選択』 L・ブロック編 ポケミス 読了。
ローレンス・ブロック本人を含む九人の人気作家が、自作と他の作家の作品とからそれぞれお気に入りを一編ずつ選んだという趣向のアンソロジー。どうも、私の趣味とはあまり合わなかった。犯罪小説や、犯罪を題材にして人間を描くといった非ミステリ風の作品が多い。今のアメリカミステリってこういうのが主流なんだろうか。
そんななかで気に入った作品は多くない。展開の仕込みや起伏で読ませるピーター・ラヴゼイ「ミス・オイスター・ブラウンの犯罪」と、ドナルド・E・ウェストレイク「悪党どもが多すぎる」と。切れ味がお見事なジュディス・ガーナ―「いたずらか、ごちそうか」と、W・F・ハーヴェイ「八月の熱波」と。収録されている十八作のうち、名前を挙げたくなるのはこのくらいであった。
●上下巻の長大なノンフィクションの上巻だけ読み終えて、ひとまず中断する。申し訳ないがあまり面白くないし、中断しても差し支えない内容だし。感想は後日通読してから。口直しにフィクションを読みたくなった。明日からミステリのアンソロジーでも手に取ることにする。
「七人の名探偵シリーズ」の第三巻である。残念ながらコメントを付けたい作品は多くない。小泉喜美子「握りしめたオレンジの謎」は、ダイイングメッセージそのものよりも関連情報の扱いにちょっと感心した。
ミステリの興味とは別の観点で記憶に残るのは、今邑彩「弁当箱は知っている」。某人物の造形が滑稽で哀れで、胸に迫る。個人的ベストは若竹七海「海の底」。真相とそこに現れているテーマと、そしてきびきびした展開とが、なかなかのものである。
●『五枚目のエース』 S・パーマー 原書房 読了。
殺人犯の死刑が、近いうちに執行される予定である。だが、どうやら彼は冤罪で、他に真犯人がいるらしい。探偵役のヒルデガード・ウィザーズは、刑の執行前に真犯人を見つけるべく奔走する。とまあ、典型的なタイムリミット・サスペンスである。だが、テーマの深刻さほどにはサスペンスが迫ってこなかった。探偵の造形とテーマとが、釣り合っていないように思う。
ウィザーズはエキセントリックで強引で、周囲を巻き込んで事態を引っ掻き回す。容疑者の住居に不法侵入して手掛かりを探し回り、そこに住人が帰宅してさあ大変!なんてな場面もある。どたばたと探偵活動をする彼女の様子が前面に出されてユーモアミステリになりそうなところ、深刻な題材と互いに打ち消し合っているのである。
終盤になってふと頭に浮かんでしまった人物が犯人だったので、意外性は感じなかった。だがその設定は(伏字)で、私の好み通りではある。伏線も多くて、上記の引っ掛かった点を除けばさしたる不満はない。
名探偵星影龍三全集の第一巻である。「消えた奇術師」と「妖塔記」とは、悪くはないのだがなにしろ二十ページしかなく、どうにもあっけない。やはりこういうタイプのミステリは、ある程度描写と情報とを積み重ねていった方が面白くなる。
表題作「赤い密室」はさすがの傑作。手の込んだ犯罪であるにもかかわらず、真相解明部分の記述は明解である。複雑なシンプルさとでもいうべき犯罪がお見事。「呪縛再現」は八十ページほどの中編なのに、長編を読んだような満足感がある。途中で話のトーンががらりと変わる部分があれれれと思うけれども、前半後半ともにミステリの妙味横溢である。
●注文していた本が届いた。
『悪魔の賭/京都旅行殺人事件』 日下三蔵編 春陽堂書店
合作探偵小説コレクション第八巻である。このシリーズもこれで完結で、目出度い。
完結キャンペーンとして、春陽文庫の既刊から一冊いただけるというので選んだ本も同封されていた。ありがとうございます。
『女人国伝奇』 山田風太郎 春陽文庫
●別口で注文していた本が届いた。
『南幸夫探偵小説集』 コロッケ出版
今後の出版活動が楽しみである。
●今月の総括。
買った本:九冊
読んだ本:十一冊
月末に開催したイベントの準備に注力したので、後半あまり本を読めなかった。
●『服用禁止』 A・バークリー 原書房 読了。
人物描写に力を注いだバークリーらしく、好悪両面で個性的な人々が活き活きと描かれている。たとえば体の不調と泣き言とを並べたてるばかりの役立たずアンジェラ。知的で冷静で有能なローナ。周囲の思惑や迷惑をものともせず自分の考えをごり押しするシリル。ろくろく料理ができないにもかかわらず自らを完璧な料理人と言い張るマリア。終盤に登場する(伏字)もまた、わずかしか出てこないにもかかわらず記憶に残るキャラクターである。
殺すほど憎んでいる者がいそうにない好人物の被害者ジョン。だが物語が進むしたがって、次第に彼の裏の顔が明らかになってゆくのも人物描写の面白さである。犯人が(伏字)という言動も出色。それ以外にも、伏線として描かれている、犯人の心情がふと漏れ出るシーンが情感豊かである。
事件としても緻密な構成と多くの伏線とから、ミステリを読む喜びが得られて上出来の作品であった。