PONSON DU TERRAIL『LA BARONNE TRÉPASSÉE』(ポンソン・デュ・トライユ『他界した男爵夫人』) (original) (raw)


PONSON DU TERRAIL『LA BARONNE TRÉPASSÉE』(JOËLLE LOSFELD 1998年)

ポンソン・デュ・トライユは、10年以上前に、生田耕作蔵書の『ROCAMBOLE―TURQUOISE LA PÉCHERESSE(ロカンボール―罪深い女テュルクワーズ)』を読んで以来です(2011年4月27日記事参照)。本作は、ロカンボールシリーズではなく、シリーズが始まる前に出版された著者三作目の作品。

マルセル・シュネデールは『フランス幻想文学史』のなかで、本作を吸血鬼小説のパロディとし、ジャン・バティスト・バロニアンはこの本の序「UNE LOGIQUE ROCAMBOLESQUE(ロカンボール的論理)」のなかで、「19世紀のもっとも常軌を逸した幻想小説、そして吸血鬼小説の系譜に数えられるだろう。ポール・フェヴァルの『La Ville-vampire(吸血都市)』よりも優れている」(pⅠ)と絶賛しています。

ではまず、どんな物語か紹介しましょう(ネタバレ大いに注意)。
主人公ノサック男爵は、若く豪胆な美丈夫である一方、女好き賭け好きで、莫大な借金があった。ルイ15世に仕え、愛人のA公爵夫人による摂政への取りなしで、ノルマンディ知事になろうとしていた。一方、男爵には、友人スィミアーヌ侯爵からの、莫大な財を持つ徴税官の娘との結婚話があり、断ろうとしていた。A公爵夫人は、その話を聞き、結婚してもいいが、結婚後24時間は自分の言いなりになるという条件を約束させる。その後、摂政が急死し出世話が頓挫したので、男爵は、借金を返済するために、娘と会うことにする。

娘はエレーヌと言い、23歳のギリシャ風美女。初めての出会いで、その美しさに打たれた男爵は結婚の意思を固め、友人に勧められるままに、その夜結婚式を挙げた。結婚式の直前、エレーヌから、浮気をしたらお互い相手を殺しましょうと提案され同意する。そして婚姻の夜、サンルイ島にあるエレーヌの父の城館の部屋に二人きりになったところへ、急用の馬車の客が来たとの知らせがあり、下に降りると、A公爵夫人が居た。A公爵夫人との約束を守るために、そのまま馬車に乗って、夫人の館へ行く。

24時間後に解放された男爵が、慌ててエレーヌの部屋に戻ると、「お前の負債は全部肩代わりしたし、この城館はお前に渡す。お前には失望した」とのエレーヌの父からの置手紙があり、召使に、エレーヌは?と聞くと、ブルターニュの居城に戻ったという。慌てて、ブルターニュに向かおうと馬を走らせたが、途中で、A公爵夫人の新しい愛人に決闘を申し込まれ、不覚にも傷ついて、1週間の療養を余儀なくされてしまった。

ようやく妻の城館に辿り着いた男爵はただならぬ雰囲気に驚く。葬儀の最中だったのだ。そしてベッドにはエレーヌが死んで横たわっており、「全財産を遺すが、2年以内に再婚しサンルイ島の城館に住むことが条件」という置手紙があった。妻の墓を立て、その横で死のうと銃を頭に当てたとき、スィミアーヌ侯爵が駆けつけて、王から歩兵連隊長の辞令が出たと告げて思いとどまらせる。

1年後、ポーランド皇帝が市民とともにダンツィッヒでロシア軍に包囲されているところを、歩兵連隊長の男爵は歩兵200名とともに突破し、皇帝を変装させて安全な所へ逃がすことができた。皇帝と別れた男爵を道案内していたボヘミア兵が、悪魔の子である黒い狩人の伝説を話していると、目の前に仮面をつけた黒づくめの騎士が立ちはだかった。その騎士は黒い狩人だと名乗り、ボヘミア兵にお前をここまで案内させたと言う。やはり仮面をつけた4人の息子を紹介され、10時間に及ぶ熊狩に付き合わさせられる。

狩の後、黒い狩人の城館に連れて行かれたが、急傾斜の岩場に彫られた墓のような建物だった。いくつもの部屋を通り抜けて着いた部屋には、棺が据えられていた。10年前に亡くなった妻の棺だというが若く見える仮面の女性が横たわっていた。4人の息子と食卓に着いたとき、美しい娘が現われた。男爵はその姿を見て恍惚となってしまう。黒い狩人から娘だと紹介されるが、その時、棺の死体が起き上がって、男爵に食卓にエスコートするよう命じ、男爵は豪胆さを見せようと自分の横の席に座らせる。

男爵がその死女と話をしていると、死女が亡き妻の遺言の内容を知っており、声も亡きエレーヌに似ているような気がした。それを言うと、仮面を外してもいいと、全員が一斉に仮面を外した。驚いたことに、男たちは全員が骸骨で、死女の顔には蛆虫がたかっていた。黒い狩人から骸骨になったいきさつを聞かされているうちに、すっかりワインに酔ってしまい、寝室に案内されそのまま眠り込んだ。

真夜中、物音に目を覚ますと、白い姿が近寄ってきて、首筋に口を当てると血をぴちゃぴちゃと吸い始めた。体がすくんでしまったが、それが快感になってきた。「新鮮な血ね」とエレーヌの声がし、また来ると言い残して去って行った。翌朝、体のだるさを感じながら窓を見ると、急斜面の岩場でなくのどかな田園風景が展開していた。そして部屋に入ってきた黒い狩人と息子たちは、もう骸骨の顔をしてはいなかった。

黒い狩人は、もともと自分はこの城館の貴族の末裔だが、祖先が近隣の貴族から迫害された復讐をするために、崩れた城館を修復し、黒い狩人の伝説を利用して骸骨を装い仮面をつけ貴族たちを脅かし、昔の領地を取り戻したと説明した。死女は、ハイデルベルクへ留学している息子の恋人であるグレッチェンに演じてもらったという。男爵が昨晩吸血鬼に襲われたと言うと、護身用にベッドに置いていた剣の先が当たったせいではと応じ、窓からの景色が急変したことについて問うと、建物が田園と急斜面の間に建っていると種を明かした。

黒い狩人は娘を男爵に嫁がせると宣言し、1週間後の結婚式を約束した。その後、一同で食事をしているところへ、グレッチェンが戻ってきた。その姿を見て男爵は驚愕の叫びをあげた。亡きエレーヌだと。が彼女はフランスへは一度も行ったことがないという。男爵が彼女に、なぜ亡き妻の遺言を知っていたのかと問うと、スィミアーヌという人が戦闘で負傷し入院したとき病院で会って、知人の亡き妻に似てると言われ、その遺言を聞かされたという。

その夜、男爵がまたワインで酔っぱらって眠っていると、吸血鬼が現われたが、それはグレッチェンだった。血を吸い終わると、自分はエレーヌの亡霊で、恋人に捨てられて自殺したグレッチェンの墓を暴き彼女に成りすまして、黒い狩人らに男爵を担ぐための芝居を持ち掛けたと話し、吸血鬼なので昼は墓で眠ると告白し去って行く。悪夢を見たのか、グレッチェンの芝居なのか、それとも本当に亡きエレーヌの亡霊なのか煩悶した。男爵は証拠を突き止めようと、グレッチェンの跡をつけ墓に入るところを目撃する。墓を暴くとそこには亡きエレーヌが横たわっていた。

一方、黒い狩人の娘は、自分たちは芝居をしているだけで、みんなハイデルベルクの学生だと告白し、明日は二人でこの城館から逃げましょうと言い、ワインを飲まずに吸血鬼が来たら一気に刺すのよと忠告した。その夜、言われたとおり吸血鬼が来るのを待ち構え、朝方、白い姿が現われたので一刺しすると、それは男爵を起こしに来た娘だった。叫び声を聞きつけた息子たちは、娘を担いで立ち去る。

傷心してドイツからフランスに戻った男爵は、スィミアーヌ侯爵に一部始終を話す。侯爵は頭がおかしくなったのではと言い、名門貴族の貧乏な末裔の娘との縁談があるからすぐ会いに行こうと、男爵を馬車に乗せる。亡きエレーヌの城館の近くだという。途中、エレーヌの墓に立ち寄り、好奇心から墓を暴くと、朽ちかけた遺骸がそこにあった。名門貴族の館に着いて、娘に会ったその瞬間に、また男爵は心を動かされる。貴族の末裔の伯爵は黒い狩人に少し似ていただけだが、娘の従兄弟エクトールが黒い狩人の息子とそっくりなのに驚く。南米から船で来る姪で寡婦のビダン侯爵夫人を迎えにブレストへ行くというので、その途上にあるエレーヌの城館へ貴族一家を招待する。

そこにはすでに、姪のビダン侯爵夫人が待っていた。男爵は、彼女を見た途端、思わずエレーヌだと叫ぶ。しかしスィミアーヌ侯爵も召使たちも少しも似ていないと主張し、男爵は自分の頭がおかしくなったのではと悩む。ビダン夫人がエクトールと親密な様子を見て、男爵は嫉妬し、狩で豪胆なところを見せつけようと、ビダン夫人の目の前で猪を素手で仕留める。そして夫人に求愛するが、夫人はエクトールと結婚することになっていると、船に乗って去って行った。

傷心の男爵はパリに戻るが、しばらくするとまた社交界の寵児となっていた。ある日、サンルイ島の城館で、政界の中心人物や女優たちを集めて、仮面夜会を催した。夜会の前に訪れたスィミアーヌ侯爵に、男爵は衰弱した様子で、毎夜、亡霊が出てきて不眠が続いており、もう1週間もすれば自分は死ぬだろうと告げた。が、夜会が始まると、男爵は精気を取り戻す。宴たけなわとなって女性陣はみな仮面を外したが、一人だけ外さない女が居た。スィミアーヌ侯爵から、亡き妻との約束の期限が明日に迫っているから、今日中に結婚相手を決めなければ破産すると忠言されたので、男爵は、誰か私と結婚しようという女は居るかと呼びかけた。大勢が立候補するなか、男爵は仮面の女を選んだ。

二人になったとき、仮面の女は男爵に本当に愛してくれるかと迫り、男爵は亡き妻を愛してるからそれは無理だと答え、これまでドイツやブルターニュで亡き妻に似た女性を愛したが、それは彼女らを通して亡き妻を愛したに過ぎないと言うと、仮面の女は、奥様が死人のふりをして復讐したのではと言い、結婚後すぐに昔の愛人と出て行ったでしょと詰問した。なぜそんなことを知っていると、男爵は、A伯爵夫人との約束や、妻の跡を追おうとしたが決闘で負傷して足止めを食らったことなどを話した。すると仮面の女は、本当に奥様は死んだんでしょうかと、仮面を脱ぎ捨てた。エレーヌだった。彼女は、男爵に騙されたと思い、復讐を誓って、ドイツの学生たちを雇い、一芝居打たせたと種明かしをした。そしてその夜二人は愛し合った。

朝にスィミアーヌ侯爵がやってきて、ようやく約束の期限が切れたのでお話しますと言ったが、エレーヌはもうすべて話したわと言い、男爵が決闘に敗れ宿で譫妄状態に陥っていたとき、忍び込んで男爵を殺そうとしたが、スィミアーヌに見つかり、男爵の命を助ける代わりに、復讐芝居に加担することを約束させたと明かす。男爵はそれを聞いて、スィミアーヌに助けてくれた礼を言い、エレーヌにキスをしさよならと言うと、力尽きて死んでしまった。…それからしばらくして、ブルターニュのエレーヌの居城近くでは、毎日のようにさまよう喪服の姿があり、近所の人々は、他界した男爵夫人の亡霊だと噂しあったという。

話が入り組んでいるので、端折ってはいますが、ずいぶん長くなってしまいました。この物語の面白さのひとつは、バロニアンが序文で書いているように、現実と幻想の二つがどっちつかずのまま同時に進行しているところにあります。死んだはずの妻がグレッチェンと名乗ったり、ビダン侯爵夫人と名乗ったりしながら、目の前に現われ、また夜には吸血鬼となって出てきます。はたして本当に現実のことか、悪夢か、それともみんながグルになって芝居をしているのかと、主人公は宙吊りになって煩悶します。このテイストは、『Dieu, l’Univers et madame Berthe(神と宇宙とベルト夫人)』のフレデリック・トリスタンを思わせるところがあります。

後になって見れば、友人のスィミアーヌ侯爵もグルになり、全員総がかりで、芝居を打ったということが分かりますが、男爵にとってみれば、目の前で超自然的なことが次々と起こり、そのことを話したスィミアーヌ侯爵から気が狂ったのではと指摘され、またビダン侯爵夫人が亡き妻エレーヌとそっくりだと言う男爵に、スィミアーヌも召使たちも全然似ていないと証言するなど、最後には自分の頭が本当におかしくなったと思い込むまでになってしまいます。

物語の構造としては、ドイツの黒い狩人の陰気な城館を舞台にした登場人物と出来事と、ブルターニュの亡き妻の城館を舞台にした人物と出来事とが、相似形になっていることです。黒い狩人―名門貴族の末裔、黒い狩人の娘―名門貴族の末裔の娘、亡き妻そっくりのグレッチェン―ビダン侯爵夫人、これもそっくりの黒い狩人の息子―エクトールが登場し、男爵は娘への恋心に揺れる一方、亡き妻そっくりの女性が別の男性(黒い狩人の息子、エクトール)と親密な様子を見て嫉妬するというパターンが繰り返されます。出来事として相似しているのは、二つの城館の廃墟のような雰囲気、片や熊片や猪の狩の場面、供される豪華な食事と年代物のワインです。

「城館はゴチック様式で、岩場に彫られ、尖塔、オジーヴ、銃眼、巨大な鐘塔、苔むした屋根、厚い壁、錆びた風見鶏、玄関扉の紋章、そして地下道を擁していた。窓ガラスに半透明の影が動くのが見えたが、物音ひとつしなかった。まるで墓のようだった」(抄訳、p70)という黒い狩人の城館や、同じ形状同じ装飾の部屋のトリック、葬儀のような不吉な装飾などゴシックロマンを思わせる舞台装置が用意され、そこで骸骨の顔をした狩人や蛆虫のたかった死女と会食するなどのおどろおどろしい場面があり、数々の幻影や悪夢が展開していくのも魅力です。

一方で、欠陥もいくつか目につきました。決闘で1週間宿に伏せる羽目になったという話(p33)が、最後のほうでは2週間になってる(p258)など単純な間違いや、吸血鬼であるはずのグレッチェンが金の十字架のネックレスを身につける(p118)などの矛盾や、謎解きの面では、男爵が妻エレーヌの死体を目撃しそれを墓に葬ったのは確かだし(p36~37)、目の前でグレッチェンが潜りこんだ墓を暴いて胸を突き刺す場面や(p135~136)、毎夜訪れる吸血鬼が本当に血を吸ったのかなど、物語の勢いに流されるままで、細部の謎が説明されずに終わっているという印象がありました。