岩崎建築研究室・日誌II (original) (raw)

加工が始まった二畳台目。今日は大工さんと一緒に銘竹屋さんへ行って竹選び。中村昌生先生の茶室をいくつも手がけた大工さんにも来ていただき、いろいろと教えてもらおうという魂胆。

方立用の蔵錆竹。私がこのくらいの色合いのものをよく使うので、銘竹屋さんがまとめてくださっている。煤竹ほど濃くないもので、太さ八分。障子が当たるので、できるだけ凸凹の少ないもので。節の数は3個。節留めで。節留めになっていないものも見かけるが、やはり節留めで。

中柱に刺さる引竹は白竹ですが、今回は少し色づいたものにしたいとお伝えすると、長年蔵で眠っていたものを出してくださった。五十年前に縄でくくったままのもの。ものによっては割れたり虫が入ってしまっているが、良い色になっている。

やはり割れているものが多いが、節三つ分大丈夫な所を探す。

奇跡的に、上下に割れがありながらも節三つ分大丈夫な箇所を発見。水洗いしてもらい色艶を確認。大工さんは何ヶ所か切断して虫喰いの状態もチェックして下さった。ちなみに不審庵は節四つで、中柱側が元、なのだが、節四つはなかなか難しいし(だからこそ、大正時代に復元をした大工さんはそうしたのかも)、節の数は奇数が良いのでは。三つとなると、壁との取り合いが問題になるが、中柱側に節を寄せれば、吹き抜け部分に節二個、壁部分に節一個、で良いバランスになりそう。中柱とともに、引竹もお道具と近く、お道具と一緒に目に入るものなので、道具映りに大きく影響する。この竹なら時代のお道具も映えるのでは。出来上がりが楽しみ。

落天井の竿縁は女竹。色や柄は私の好みも入れてもらい選択。必要本数は六本だが、大工さんは二本予備を含めて八本を選択。

曲がりを見ながら選定する大工さん。後ろからその様子を見て勉強。

仕付棚の吊竹も白竹。径三分ほど。天井までの間に節九つで。大工さん曰く、八つでも末広がりで良しとしたこともあります、とのこと。

平天井の竿縁用の白竹。若い竹は軽く柔らかい。やはり堅く重い竹を選びたいところ。

地方の大工さんに工事をお願いして材料を京都から発送するときなどは私が選ぶ時も多いので、こうした機会に熟練の大工さんの選定の様子をしっかり学びたい。

下地窓用の皮付葭。細い手と太い手。銘竹屋さんがいつもこれでしています、という細い手は、大工さんには少し細く感じられたよう。目標二分半くらいか。皮がしっかり被っているものが良いとのこと。

大工さんからは大きく括ったもので、というリクエスト。以前作ってもらった下地窓は、藤蔓の編み方がゆったり目だったので、今回はもう少しだけきつめでお願いした。

霰釜。今まで見てきた霰釜は粒が均一なものが多く、大仏の螺髪のように同じものが単調に並ぶイメージだったが、この霰釜は粒が下にいくにつれ徐々に大きくなり、螺旋を描くような曲線が見える。ひとつひとつの粒のエッヂも効いていて、そのパターンの面白さと相まって陰影が興味深い。今ならコンピューターを使ってデザインすることもできるかと思うが、当時どのように作ったのだろうか。先日、三井記念美術館で見た利休所持の霰釜(写真四枚目)より、自分にとっては魅力的に感じる。

建築設計の仕事は、これから作ろうとするものの図面を描く。平面図、立面図、展開図、断面図。出来上がりの3次元を、何とか2次元で表現しようと日々奮闘している。そんな人間が、こんな仕事を見ると、うーむと唸ってしまう。これを作った人は、これをどのように思いつき、どのように計画し、どのように実行したのだろうか。

このフォルムと粒々を見ていたらウニの殻が思い浮かんだ。バフンウニ、ムラサキウニ、タワシウニ。五放射相性のウニの殻は美しいが、この霰釜の美しさはどうだろう。人の手が作り出したものなのに、神が作った自然の造形物のような美しさがある、と言ったら言い過ぎだろうか。よくこうしたものを作ろうと考えたなあと感心する。

利休好みの百会霰釜や、少庵好みの巴霰釜もよくよく観察すれば、粒の大きさは口から下にかけて大きくなり、羽落の部分で少し密になる、という構成で同じですが、その匙加減が違うと印象も変わる。利休好みが端正で、この釜は少し派手とも言えるが、ウニの殻を見て思うのは、ウニの殻の粒も同様に位置によって大きさが変わっていて、この釜の大きさの変化ぐらいがより自然のものに近いかもしれない、ということ。利休好みが人為的で、この釜の方が、より自然の造形物っぽい、とも言えるのかもしれない。

着物を着てお茶のお稽古、今日は初風炉の御祝。お料理を持ち寄って茶事形式で。今回は鯛の昆布締めに挑戦。

まず昆布。昨年設計させていただいた料理店の人にお店を聞いてみた。市販で買えるとなるとココかな、というところを紹介していただき、行ってみると店構えは完全に問屋(まさかここではないだろうと一回通りすぎた)。恐る恐る入って小売をしてもらえますかと聞くと親切に対応してくださった。無事、尻岸内浜産の大ヒネ三年蔵囲昆布を入手。宝永五年(1708)創業の乾物屋。京都には、まだまだ知らない専門店がいっぱいあるんだろうなあ。

次は鯛。妻から近所のスーパーの魚事情をヒアリングして各店舗を回ってみる。なるほど店によって品揃えも色々。何日かかけて、幾つか買ってみて、試作。ただ当日は確実に入手したいので、結局近所の魚屋さんに行って事前注文をした(幾つかのスーパーはこの魚屋さんが卸しているらしい)。愛媛産の鯛を人数分、そぎ切りにして用意してもらった。自宅でする茶事の時などは、こうした魚屋さんがあるとやっぱり便利。

いよいよ昆布締め。いくつかのレシピを見て実践。そぎ切りなので、3時間くらいかとやってみると昆布の味が強い。もう少し短くして、と試行錯誤を繰り返して、当日は逆算して準備するスケジュールを立てる。持っていくのが昆布締めだけでは何なので、きゅうりの塩揉みもつけてみる。きちんと種も取って。

当日の初風炉の御祝は和やかに。主菓子は、亀岡の方が中村軒で麦代餅を持ってきてくださった。桂の中村軒はなかなか行く機会がないので食べられて嬉しい。もともとは農作業の間食として、各田畑まで直接お届けして、農繁期も終わった半夏生の頃に、その代金として麦を頂戴しに上がったとのこと。麦と交換したので「麦代餅(むぎてもち)」。今日いただいたのは「ミニ」で本当はもっと大きいらしい。

写真は紫陽花と三条大橋

茶室改修工事。露地工事は、モミジが入れられて四つ目垣が出来て、あと一日の作業で完成となった。茶室内部の工事も、いよいよ佳境となってきた。

進行中の茶室計画。棟梁がストックされている木材や石材を、建築主さんと一緒に見せていただき、計画を練る。四畳半と小間、床柱/床框/中板

/中柱。京都で入手した古材の柱も合わせて、こちらをコレにしたら、あちらはアレにして、、まさに茶事の道具組みの楽しさ!夜は美味しいお食事をご馳走になりながら、宗匠にアドバイスいただく。茶室談義に花が咲き、案がまとまってきた。

午後は和歌山の茶室の建築主さんを銘竹屋さんと和風金物屋さんにご案内。磨き蒲芯の簾、竿縁用の火炙り白竹。竿縁打ち上げ用の巻頭釘一寸六分。

茶室リフォームの現場打ち合わせ。建築主さん立ち会いの元、色々と詳細を決定してゆく。給仕口は花灯口。壁下地のラワンランバーを大きめに用意してもらい、そこへ鉛筆で曲線を描いてゆく。ご亭主のお好みも伺いながら。地袋にはご亭主所持のインドネシアのバティックを使用。経師屋さんにも現場にきてもらい、使う場所を詳細に伝える。引手は私のコレクションの七宝を放出。露地も整いつつあり、出来上がりが楽しみ。天気も良く気持ちの良い季節。