ポール・ケアホルム展|パナソニック汐留美術館 (original) (raw)

織田コレクション
北欧モダンデザインの名匠 ポール・ケアホルム展
時代を超えたミニマリズム

■2024年6月29日〜9月16日
パナソニック留美術館

1980年に51歳の若さで亡くなったデンマークの家具デザイナー、ポール・ケアホルム(Poul Kjærholm 1929-1980)の回顧展です。

決して広いとはいえないパナソニック留美術館の空間を最大限に活用しながら、ミニマルなこの人の芸術を余すところなく紹介するという、非常によく考え抜かれた構成の企画展と感じました。

panasonic.co.jp

「シンプルさと一貫性が贅沢品になってしまったのは、今日のパラドックスの一つです。」

ポール・ケアホルムの言葉です(この展覧会の「展示作品リスト」に掲載)。
彼の作品からは、この「贅沢」を誰にでも提供できるようにしようという意志が強く感じられます。
だからこそケアホルムのデザインとプロダクトはいつまでも古くならないのかもしれません。

展覧会の主催はパナソニック留美術館と東京新聞です。
しかし実質的にこの企画の成り立ちに大きく関与しているのは、日本屈指の椅子コレクター、織田憲嗣(1946-)東海大名誉教授といって良いのでしょう。

半世紀をかけて織田によって収集された家具類等の多くが現在、北海道東川町の公有財産になっていて、同町ではこれを「織田コレクション」として積極的にアピールしてきました。
ここに出展されている椅子やデスクなどのほとんどは東川町から運び込まれたものであり、作品解説をはじめ多くのテキストを織田憲嗣自身が提供しています。

一昨年、2022年の夏、東京都美術館を会場として開催された「フィン・ユールとデンマークの椅子」展において、都内で初めて大々的に織田コレクションの一部が紹介されました。
この展覧会はそのフィン・ユール展続く、織田コレクションによるデンマーク家具デザイナー特集企画展と位置付けられそうです。

odacollection.jp

2022年の都美術館織田コレクション展においてもすでにポール・ケアホルム作品が登場していました。
しかし、このときの主役はタイトル通りフィン・ユール(Finn Juhl 1912-1989)であり、ケアホルムの作品は4,5点にとどまっています。
今回はケアホルムによるおよそ50点に及ぶ椅子やテーブルなどに加え、設計図や関連写真などの資料を合わせて100点を越える作品が展示されています。
当然にこのデザイナーのレトロスペクティヴとしては日本初となる規模です。

「フィン・ユールとデンマークの椅子」展(2022年)時のケアホルム作品展示

都内でのコレクション披露展としてフィン・ユールの次にケアホルムが選ばれたということは、織田憲嗣にとってこのデザイナーが非常に重要な存在であるということを意味しているのでしょう。
会場では一部のエリアにおいて織田自身がケアホルムについて解説したナレーションが流されています。
静かな語り口の中にケアホルムへの愛着が感じられました。

ただ同じデンマーク家具デザイナーといっても、ある意味ケアホルムはユールとは対照的な存在だったといっても良いかもしれません。

首都コペンハーゲンの経済的に恵まれた家に生まれたユールに対し、ケアホルムはユトランド半島北端にあるオスターヴロという「殺風景で閑散」(デザインミュージアムデンマークのアンヌ=ルイーズ・サマー館長曰く)とした土地で生まれています。
父親は小売店を営んでいたそうですから貧しいというほどではなかったようですが、2歳のときには左脚に障害を負ってしまう等、苦労の多い幼少期を送ったことが想像されます。

建築から学びはじめたフィン・ユールは伝統的なデンマークの家具デザイナーとしての教育をほとんど受けることなく、ハンス・アルプなどのアーティストから影響を受けつつ独自のスタイルで作品を創造していった人です。
他方、ポール・ケアホルムは、クラフトマンシップを尊重していた巨匠ハンス・J・ウェグナー(Hans Jørgensen Wegner 1914-2007)に師事していますから、コーア・クリント(Kaare Klint 1888-1954)から続く近代デンマーク家具工芸の伝統の中で教育を受けたデザイナーといえます。
現在の知名度からいえばユールの方が高いといえますが、こうした来歴をみるとケアホルムの方が実はデンマーク家具デザイン界の主流派に属していたことがわかります。

「フィン・ユールとデンマークの椅子」展でのフィン・ユール作品

しかし、主流派であったはずのケアホルムの主な作品からは木工を重視したデンマーク家具とは違った印象を受けます。
初期の代表作「PK25」に木は使われていません。
徹底的に無駄を排除した「スチール」がその機能美を特徴づけています。
むしろ「イージーチェア」に代表されるユールの椅子の方にウッディーな美観を重視したデンマーク家具らしさが現れているようにも感じられてきます。
建築から入ったユールの作品に木工工芸の繊細な美しさが特徴的に現れているのに対し、伝統的職人の道を歩んできたともいえるケアホルムは逆に「家具建築家」と呼ばれることを好んだそうです。

北海道の自宅でケアホルムの作品を実際に使っているという織田憲嗣は、ひょっとすると2022年のコレクション都内初披露展においてケアホルムも主役の一人としてユール並みに焦点をあてたかったのではないでしょうか。
でも一般的なこの国の愛好家がイメージする北欧家具を想像したとき、ケアホルムの「ミニマリズム」を強く主張する家具群を主たる構成内容とすることは、あえて回避したのかもしれません。
今回の展覧会は織田自身による満を持しての企画ということができそうです。

実際に座ることができたポール・ケアホルムの椅子

ただ、ではケアホルムの作品が冷たく味気ないモダン性のみに貫かれているかといえば、そうした印象も全く受けることがないのです。
「PK25」にしても、スチールの上に張られているのは師匠ウェグナーが得意とした「フラッグハリヤード」です。
ヨットの帆や旗を張るためのロープをスチールと組み合わされることで、堅牢性と柔軟性の高さを両立すると同時に独特の暖かみが椅子の表情に現れています。
フィン・ユールの椅子がもつ、そこはかとない官能性とは全く別種の合理的な美しさがケアホルムの作品からは立ち上ってきます。

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今回の展示では、館内のパーテーション類をほぼ取り去り、床と壁面をブラックで統一しながら各作品に柔らかくスポットライトをあてるというユニークなセノグラフィーが採用されています。
田根剛と彼のアトリエに属する山本将太、エリーザ・モンティが会場のデザインと設計を担当したそうです。

いつもは企画展と独立している「ルオー・ギャラリー」まで今回は組み込まれ、フリッツ・ハンセンが提供したとみられるケアホルムデザインのプロダクトが置かれていました。
このコーナーでは実際、ケアホルムの椅子に座りながらルオーの絵画を観ることができます。
「PK25」に初めて身体を預けてみましたけれど、とても背中や腰にフィットする心地よい椅子です。
俄然、欲しくなってきましたが、フリッツ・ハンセンのホームページを見ると2百万円近い価格が表示されています。
すぐに諦めました。

www.fritzhansen.com

夏休みが本格化する前の平日に鑑賞しました。
混雑害は全くありませんでしたけれど、そもそもスペースに余裕があるミュージアムではありません。
グループ客などが入場するとすぐ渋滞しそうです。
また今回は一方通行方式ではなく出入口が一箇所となっていますから、往路と復路の鑑賞者が混み合って重複してしまうと身動きが取りにくくなる可能性もあります。
そうしたリスクを勘案してか、7月下旬からは土日祝日のみ日時指定の事前予約制が採用されています。

なお写真撮影は一部のコーナーに限ってOKとなっていました。

とても面白い展覧会ですが残念ながら他地域への巡回はありません。

ポール・ケアホルム 時代を超えたミニマリズム