罪と罰 (original) (raw)

いわゆる難しい本の代名詞的作品だと思っていたので、身構えながら読んだわけですが……先が気になってするすると読んでしまうエンタメ性の高さと、純文学らしい抽象的な奥深さを併せ持つ稀代の名作でした。

本作に登場する人々は生々しく生活感に満ち溢れ、そこに生きているのを強く感じました。

似たような名前でイメージの湧きづらい人物も、一言口を開けば生温かい息吹が流れ出し、脳内で実体となって確かな一人の人間としての重さをもって想起される。だから、登場人物の名前を記述しろと言われても完璧には書けないだろうけれど、誰が誰であるかの区別はしっかりついているし、数日にわたって読んでも混同することは無かった。ラスコーリニコフはロジオンロマーヌイチでありラズヒーミンではないし、無論ルージンではないのと同様に、マルファペトローヴナとマルメラードフは全くの別人であり、彼または彼女らを間違えるなどありえない。

どれほど理屈や論理を重んじているように見えていても、一貫して全ての人物が清々しいまでに己の感情に突き動かされた行動を取っていた。

主人公ラスコーリニコフが雑誌に寄稿した論文は作中幾度も引用され、どのような展開であってもそれが主題であることを否が応でもつきつけられ、罪に対する罰として絶えずそれを書いた本人を問い詰める。自らが論文としてまとめた思想に拘泥し、非凡人でありたいと願い、非凡人であるための条件を罪悪感なく達成できればそれに成れると思い、必要条件と十分条件が逆転する。仮に非凡人ならばその条件を満たしているということが成り立つのであっても、逆にその条件を満たしているならば非凡人であるという論理は必ずしも成り立たない。逆は必ずしも真ならず。しかし彼は命題もその逆も真であると思い込み、その双方に挟まれながら倒錯した認識の結果として「犯罪ではない」と己に言い聞かせ、罪を犯す。そして己が信ずる言葉によって罰が下り、断罪される。

ひどく美しい構成だ。

ドストエフスキーは初読でしたが、年に一作は読みたい作者の一人になりました。

……あ、風邪のときに読むのは控えたほうが良いかもしれません。

上巻があと120ページで終わるからといって日付が変わるまで文字通り熱中して読んだら翌日体温が前日比+0.5℃を記録しました。

罪と罰(上)(新潮文庫)

罪と罰〈下〉 (新潮文庫)