『世界はシンプルなほど正しい』 by ジョンジョー・マクファデン (original) (raw)
世界はシンプルなほど正しい
「オッカムの剃刀」はいかに今日の科学を作ったか
ジョンジョー・マクファデン
水谷淳 訳
光文社
2023年3月30日 初版一刷発行
How Occam’s Razor set science free and shape the universe (2021)
日経新聞 4月29日の書評に出ていたので、図書館で借りてみた。
記事には、
”本書は、そのオッカムの剃刀がいかに人間の知性を宗教の軛(くびき)から解放し、その後の多くの科学的発見の原動力となったかを語る科学読み物である。”とある。
「オッカムの剃刀」は、なにかを説明する際には必要以上に多くを仮定すべきでないとする指針。あれこれと複雑にしないで、シンプルに考えよ、ということ。科学読み物ということ、そして、私は、Simple is the best!と思っているので、強く興味をひかれた。
図書館で予約したら、ちょっと待ったけれど、2か月程度で順番が回ってきた。
表紙の裏には、
”よりシンプルな答えこそ好ましく、往々にしてそれは正しい。 複雑さや 冗長さを容赦なく そぎ落とすさまから「オッカムの剃刀」と呼ばれるこの思考の方針は、科学を宗教の支配から解放し、地動説、量子力学、DNA の発見など、多くの科学的発見を支えることとなった。本書は、科学の発展史を辿りつつ、単純さこそが、宇宙や生命の誕生といった深遠な謎を解き明かす鍵であることを示す壮大な試みである。 そしてすべては中世の**神学者の冒険** から始まる。”
とある。
感想。
面白い!
色々な点と点が、つながった!
まさに、科学発展の歴史を紐解いた一冊、という感じ。
古代、中世のキリスト教の影響、イスラム教の影響を意識することのない日本だし、地球が太陽の周りをまわっているのなんて常識で、ものは重量で地面に引っ張られているなんてことも当たり前の世界に生まれてきた現代の日本人にとっては、なるほど!と思えることがたくさんあるのではないだろうか。シンプルなのがいい、ムダを省くのがいい、と言われたらその通り、とおもうけれど、中世のヨーロッパにおいて、「神」を省いて科学を考えるということがどれほど困難なことだったか。そもそも、考えてもいけないことだったかもしれないし、そう思っても口に出せない時代があったのだ。
それを、つきやぶったのが、オッカムの神学者ウィリアムだった。オッカムの剃刀といわれるけれど、オッカムというのはウィリアムの出身地の地名で、ほんとだったら、ウィリアムの剃刀なんだけど、、、。
レオナルド・ダ・ヴィンチ、とにている。ヴィンチって、生まれた場所のことだけど、そのまま呼び名になっている。。。オッカムの剃刀の場合は、人の名前は残ってもいないのだけど、、、。
読み通してみると、ウィリアムが主張したことが抑圧されながらも、人々の思想の中に生き残り、中世のペスト大流行によって「神は救ってくれない」ということに気がついた人々の中で再燃していったことが、よくわかる。そして、科学と宗教を切り離すということが受け入れられるようになる。そうして、初めて、観察から証明し、実証していく自然科学が人々に受け入れられたのだ。その影響の範囲は計り知れない。
なるほどぉ!!と、科学の歴史を楽しく読んだ。
いったい、どういう人だとこんなに面白く科学の歴史を描けるのだろう、とおもったら、著者のジョンジョー・マクファデンは、**分子生物学**が専門だとのこと。英国サリー大学の分子生物学教授。インペリアル・カレッジ・ロンドンで博士号取得。結核や髄膜炎を引き起こす微生物の遺伝学を研究している。著書に『量子進化ー 能と進化の謎を量子力学が説く!』などがある。生物の専門家でありながら、幅広い分野の知識があり、楽しいナラティブを創造できるひと。日本なら、福岡伸一さんみたいな感じかな。内容も充実しているし、実に楽しい一冊だった。
目次
パート1 発見
第1章 学者と異端者
第2章 神の摂理
第3章 剃刀
第4章 権利はいかに単純か
第5章 科学の一瞬の輝き
第6章 空白の時代
パート2 扉が開かれる
第7章 太陽を中心に戴いた神秘的な宇宙
第8章 天球層を打ち壊す
第9章 単純さを地上の世界に当てはめる
第10章 原子と全知の霊魂
第11章 運動の概念
第12章 運動を利用する
パート3 生命の剃刀
第13章 生気
第14章 生命の導き
第15章 エンドウマメ、マツヨイグサ、ショウジョウバエ、盲目のネズミ
パート4 宇宙の剃刀
第16章 最高の世界か
第17章 量子の単純さ
第18章 剃刀を開く
第19章 もっと単純な世界 か
終章
パート1では、オッカムのウィリアムがどんな人だったのか、そして、その影響がどのようにひろがっていったのかが語られる。オッカムは、1288年頃の生まれとされている。アリストテレス、ソクラテス、プラトン、歴代の哲学者たちが打ち立ててきた理論に対して、「?」を持った修道士であり、神学者。**トマス・アクィナス**の「神学は科学の女王」という考えにも、疑問を呈した。プラトンの「実在論」も否定した。のちのちまで多くの人に影響し、人々を宗教の軛から解放した人。
アリストテレスの三段論法を「剃刀」の概念でムダを省き、崩そうとした。不必要に普遍をふやすべきではない、というのがウィリアムの考えの中核。例えば、父親というのは父性があるから父親なのではなく、息子や娘がいるから父親だとして、「父性」のような普遍性を持ち出す必要はないとした。今日では当たり前すぎるこの考え方も、当時は異端だった。また、神が目的を持って万物を創造したという考えも否定し、「自然の力は、目的ではなく、その性質によって予め決まっている」とした。その主張は、ローマ教皇を怒らせた。ウィリアムが言うのは、所有権や支配権は神ではなく、人間が作り出したものということ。教会の権力の否定である。
そして、ウィリアムはアヴィニョン(当時教皇はアヴィニヨンにいた)呼び出される。ヨハネス22世の呼び出しに応じてアビニョンに赴いたウィリアムだったけれど、抑圧され、命からがら逃亡する。
それにしても、中世のヨーロッパの残虐なことといったら、、、、。魔女裁判もそうだけれど、人はなんて、残酷で、残虐なことができたのだろう。。。。まぁ、日本の中世もにたようなものか、、、親族同士で覇権争い、戦国時代の殺戮の日々・・・。
本書の引用によれば、14世紀のオックスフォードの殺人率は、現代の治安の悪い都市より高かったらしい。異端者は殺してもいい人ってことになっていた。。
そんなウィリアムの功績が、のちのちの自然科学の発展に大きく影響したというのが、パート2以降。驚くほど、たくさんの人々がでてくる。**コペルニクス、ケプラー、ニュートン、ダーウィン、アインシュタイン、ガリレオ、ハイゼンベルグ、ヴィトゲンシュタイン、デカルト、、。面白いところでは、ベンジャミン・フランクリン。後のアメリカ大統領は、電気に興味があったらしい。フランクリンは、「現代の電気の父」**とも呼ばれる。そして、登場する人々について、その生い立ちが語られているのが、ちょっとした伝記をまとめているみたいで面白い。
電気の話は、かつてデンキウナギや、シビレエイなど、電気を発する生物は、なんらかの「生気」とやらがあるのだと思われていたのだけれど、神経細胞そのものが電気を通すことが明らかになって、電気についても、生物学についてもすすんだということ。生物進化では欠かせない、ダーウィンについては、その性格上の難点なども語られていて、興味深い。そして、メンデルの法則のメンデルの実験の数々。メンデル(1822-84)のころになると、「オッカムのウィリアム」の言葉を引用しなくても、単純さを追求することが当たり前と受け止められるようになっていた。そうなるまでには、500年近くかかったのだ。。遺伝子、量子、宇宙、、、。科学は、宗教からの軛を放たれ、発展していく。
思想以外には、印刷技術発達も、科学の発展に欠かせなかった。様々な著作が印刷され、翻訳され、世界に広がっていった。それも、今では当たり前だけれど、簡単に複製できるって、すごいことだったのだ。
ペストを契機に、神への不信感、、、科学研究も150年程停滞。経済も、小作農たちの多くがペストで亡くなってしまったので大いに停滞。そして、ルネッサンスへ。また、ペストがあったからこそ、より寛容なイスラム教がヨーロッパを圧巻したというのもなるほど。
引用されている**ハイゼンベルグ**の言葉が、詩的に美しい。アインシュタインとの対話だ。
”自然は我々をきわめて単純で美しい数式へと導いてくれる。。。。君もこう感じているはずだ。自然は突如として我々の目の前に、恐ろしいくらいの単純さと完全な関係性を見せつけてくれるとね”
それに対してアインシュタインは、
”・・・単純さについての君の意見はなんとも興味ないな。でも私は、自然法則が単純であるとはどういう意味なのか本当に理解しているだなんてとうてい言えない。”と。
そんなことを言ったアインシュタインが、特殊相対論から一般相対論に行きついたのは、オッカムの剃刀のおかげだった。複雑にして考えることが好きだったアインシュタインも、最後には「オッカムの剃刀」のおかげで、**一般相対性理論**に行きついたのだ。
詩的なハイゼンベルクと、頑固者のアインシュタイン。両者に関する描写も面白い。
私は、ハイゼンベルクの方が好きかなぁ、、、なんて。
シンプルに考えるって大事。
今の時代、宗教や神にとらわれることはないかもしれない。
でも、「思い込み」「ステレオタイプ」にとらわれていることはある。
世の中は複雑系である。でも、シンプルに考えよう。
いやぁ、なかなか読み応えがあり、楽しい一冊だった。
読書は楽しい。