宮内寿子「おはなしのへや」 (original) (raw)
水戸芸術館を象徴する塔は、夜の闇の中に屹立していました。16日のタワーの色はブルー。19日からは女性への暴力をなくすキャンペーンで、パープルにライトアップされます。
水戸市芸術館は、1990年3月22日に開館しています。タワーは、水戸市政100周年を記念して100メートル。設計者は世界的に活躍していた磯崎新さん。そして初代館長は吉田秀和さん。開館式の時の吉田さんの挨拶映像を見る機会がありましたが、なぜ故佐川一信さん(当時の水戸市長)が吉田秀和さんに拘ったか納得しました。吉田さんには芸術への理解力だけでなく、人を引き込んでいく力を感じました。芸術に携わる人たちは常に枠を超えようとします。それを統括する人は、枠を超えることを推奨し、かつ彼らから尊敬される力量と人間力を持つ人でないと務まりません。
カントの『判断力批判』の「崇高の分析論」に天才を論じている部分があります。芸術は天才の技術であり、天才は模倣的精神に対立する、と言われています。芸術館は天才を必要とした。なぜなら芸術は天才を必要とするから。
佐川一信さんは芸術における天才の意味を理解し、これを実践したのでしょう。佐川さんがカントの天才論を知らなかったとは思えません。理念を掲げてそれを実践に移す政治家であった佐川一信さんにとって、芸術館の館長は天才でなければならなかった。だから吉田秀和さんに拘り、吉田さんもその拘りが芸術の本質を突くものであることを理解し期待に応えた。そう思われてなりません。
次のような吉田秀和さんの言葉にそれが表現されています。
芸術文化の創造には、何よりも自由が大切だということを、佐川さんはようくご承知でした。それあればこそ、ぼくたちは今日までここで働いてこられたのでした。(『声低く語れ 佐川一信追悼集』所収)
2024年11月16日撮影
今日は曇りがちでしたが、11月の陽気としては暖かでした。
水戸京成ホテルで知道会会員の集いがあり、約250名が参加しました。水戸へ戻ってすぐの頃に参加した時は、ほぼ全員私より上の世代でした。現在は、幹事学年3学年が共同企画の形をとっているので、参加者世代がばらついています。今回は、平成5年卒、平成15年卒、平成25年卒が担当学年でした。
こういう機会がないとなかなか一堂に会することはないです。それぞれで同窓会をやっている学年も多いようですが、全学年揃った同窓会は結構面白いなぁと思います。別に誰かとそれ程話すわけではないのですが、集まって盛り上がっているグループを見たりすると、雰囲気が面白いです。
前会長を送るエール
11月とは思えない暖かい一日でした。互いに論文を読み合う査読で、他の人の論文を読んでいますが、レヴィナスの『全体性と無限』の「多元性」を扱っています。正直難しいです。一回目読んで、わからない、無理、と思いました。
レヴィナスは他者論の第一人者と言われていて、関心はあるのですが、『存在の彼方へ』を読み始めてすぐにギブアップしました。発想の根幹が全然分からない。思想家の著書は部分部分に共感するところがあっても全体像を捉え切れないのには慣れていますが、レヴィナスは部分的な共感も出来ませんでした。全くのお手上げ状態。
ただ論文の「はじめに」の部分で、レヴィナスが「理性」の本質を根本から問い直すべきと説いている、ということには共感しました。理性は個別性・多様性を抹消し、一つに統合しようとする全体性の暴力であり不正であるという考え方には、同意します。だからこそ、そこから逃れる道を多元性に見い出したと言うのです。しかしこの「多元性」という語は概念自体の展開がなく、レヴィナスがどのような意味を込めていたのかは検討を要する、ということのようです。
諦めないでもう少し粘って読んでみます。何かは分かるかもしれないことを期待して。
10月26日に見た「能面展」から。レヴィナスは「顔」を重視していました。
晴れて気持ちのいい一日でした。14時から佐川文庫木城館で、大津良夫さんによる講演会がありました。大津さんは佐川一信さんより15歳下で、佐川さんが市長に就任した時には水戸市役所の若手職員でした。企画課に所属していた大津さんは佐川市長の下で、水戸市第3次総合計画策定に関わり「都市景観」の項目作成に中心的役割を果たしました。
話を聞いていて、仕事はハードだったことが伝わってきました。第2部で流された芸術館開館式での吉田秀和さんの挨拶の映像の中で、「労働基準法というものを僕はよく知らないのですが、それに照らしたら違反だらけの業務をみんながやってこの開館に漕ぎつけました」というような言葉がありました。吉田さんはそれを肯定するわけでも否定するわけでもなく、淡々と語られていました。佐川さんの専門が労働法というのも、何とも皮肉な感もありますが、ただ創造的仕事というものは法的規制の枠を超えて行きます。
大津さんにとってはやりがいのある仕事だったことがよく伝わってきました。それは、佐川さんが理念を掲げてそれを実現するために苦闘したから。ただ、それが現実の場ではすべての人にとって必ずしも望ましいもの、目指すべきものとは思えなかったのも事実だったでしょう。100人いれば100通りの人生があります。政治における理念の重要性は、立場の違いを超えさせるものは何かに関わっています。
大津さんの話を聞きながら、佐川さんが格闘した厚みのある現実を垣間見た思いがしました。佐川さんは自らの理念を実現させることを夢見た政治家であり、自らの理念に忠実であろうと行動した政治家でした。彼の出発点の理念は「自主管理社会」でした。『ミネルヴァの梟が飛び立つ日自主管理社会への模索』(毎日新聞社、1982年)は、1980年の水戸市長選敗北後に書かれています。自分の立場を検証し、改めて提示するために書かれたもののようです。彼は実践に繋がらない冷たい評論に陥ることを拒否しました。
私は自ら形成した認識を自らの実践で検証したいと考えているからである。(『ミネルバの梟』はしがき)
佐川一信さんの遺した図書館、芸術館、備前堀の再生、七ッ洞公園などの目に見える業績の根底にある理念を、今一度捉え直しておきたいと思っています。
2024年11月9日木城館にて
昨日と打って変わって曇りがちの一日でした。11月は寒くなっていく季節ですが、銀杏などが色づいて晴れていると気持ちのよい一日が過ごせます。しかし今日の曇りは、冬の訪れの先触れみたいで、寒々しさを感じさせられました。
さて、多くの人を含む相互依存関係の問題は、共有地の悲劇を考えると分かり易いですが、地球温暖化問題はまさにこの問題と言えます。これは限定的交換の互恵的な利他主義が双方に得という分かり易さがない、一般交換の問題です。一般交換とは自分が利益を与える相手と、自分に利益を与える相手が必ずしも一致しない状況です。問題は、直接見返りが期待できない場合の親切を可能にするものは何か、ということです。このような状況は間接互恵性と命名されています。
この多くの人を含む相互依存関係を、ロビン・ドウズという人が社会的ジレンマとして定義しています。①各個人は、その状況で協力か非協力を選ぶことができる。②各個人にとっては、非協力を選ぶ方が有利な結果を得られる。③しかし全員が非協力を選んだ場合の結果は、全員が協力を選んだ場合の結果よりも悪い。(亀田、村田『複雑さに挑む社会心理学』有斐閣アルマより要約)
さらにこの状況では、非協力者を罰しよう自分が非協力に転じる(応報戦略)と、ほかの善良な協力者にも影響が出てしまいます。ピンポイントで自分の非協力で相手を攻撃できない。さらに、自分が返り討ちに合うリスクや誰かに罰を与えることを依頼するなら、そのコストがかかります。ここでは2次的ジレンマが生じています。
最初のジレンマは、社会的ジレンマ状況で協力するか非協力かです。2次のジレンマとは、非協力者を罰するか罰しないかです。
この問題に解決法はあるのか。囚人のジレンマのような解決策(応報戦略)は出されていません。しかし、解決に向けてのいくつかの方向性は出ているようです。
1つ目は、利得構造を変えることです。協力すると単純に損をするのでなく、見返りがあるようにする。例えば、資源ごみの回収にポイントを付けることなど。2つ目は、はじめの協力率を上げておくと、協力率が限界質量を超えやすいということです。
限界質量というのは、もともとは物理学の用語です。ある種の質量が一定の量を超えると質的変化をするときのそのギリギリの量のことです。臨界値とか閾値とも言われます。ある社会現象の拡大・収束の分かれ目を限界質量と言います。例えば、流行現象は刺激に対して実際に行動する人の割合が、この限界質量を超えると生じます。
反応者比率の理論値は直線になりますが、累積割合で表される実測値はこの直線と交わって超えて行きます。この交わったところが、臨界値です。自他の行動はお互いに影響関係にあると同時に、ある一定量が社会現象の拡大・収束に関わっているという考え方です。
3つ目は、他のメンバーへの信頼感を高める。4つ目が利己主義的利他主義を身に付ける。これは、協力しないことが自分の得にならないことの経験から来ます。協力しないと結局問題が解決しないような状況(相互依存性)の経験から、利己主義的利他主義が発揮されます。5つ目はコミュニケーションをとること(大橋恵編著『集団心理学』サイエンス社より要約)。
相互依存性の認識は、ただ頭で理解しただけでは不十分なのでしょう。実際に、シェリフのサマーキャンプ実験のようなもので共同問題解決を経験することで、相互依存性の認識から集団間協力が可能になるようです。
2024年11月4日 Hiたっち仲良しまつり(しおかぜみなとグラウンド)
以前勤めていた放課後等デイ・サービスの研修会で、今の子どもたちは季節感を捉えきれていないという話になったことがあります。桜と春は結び付きそうですが、栗と秋が結びつかない、という例から。栗はスーパーに行けば、一年中手に入ります。キュウリも別に夏でなくても買えるし。
発達障害の枠に当てはまる子どもたちが増えています。でも、発達障害という言葉は分かるようで分かりません。ただ、普通に勉強が分からないとか勉強が嫌いという子たちと、理解の質の違いを感じています。問題が分からないという子に、設問の意味や文章の意味を丁寧に説明していくと、ああそういうことですかという瞬間がきます。放デイの子どもたちだと、こういうやり方では理解を引き出すことができませんでした。もっと別の所での躓きがあります。その結果、文字が追えないとか、普通に思考力はあるのに、文字情報から内容理解へと結びつかないとか。
計算に関しても、間違うのではなく、根本的に数の概念が入っていない感じがしました。「100円から50円引いたら残りは幾ら」が小学校高学年になって分からない。筆算をすると出来ます。手続きとして数を扱うことはある程度できますが、おそらく数字と量が繋がらない。これは、逆に教え方が分からない領域です。私も兆を超える大きい数や小数点以下ゼロが3つくらいになると、ピンときません。数字と実際の量がどのくらい結びつくかは、経験なのかもしれません。しかし、日常的に扱う量が数字と結びつかないとなると、単に経験の問題ではない気がします。
発達障害という問題を抱えている子どもたちにどう教えていくかは、まだまだ、わからないことが多い領域です。
2023年3月25日 佐川文庫の桜
2022年9月26日 田んぼの彼岸花
第50回の衆院総選挙(9日解散、27日選挙)が終わり、自民・公明両党の与党は215議席で過半数(233)を獲得できませんでした。立憲民主党は躍進して、改選前の98議席から148議席へと増加。
民主党は2009年8月30日の第45回衆院総選挙で自民党に圧勝(308議席対115議席)し政権与党に着きましたが、わずか3年で終焉。今回の立憲民主党の議席数は、148なので、まあ自民党にお灸をすえたという感じでしょうか。有権者側も自民党の裏金問題にはあきれ果てましたが、さてでは野党でどこに政権を託したらいいかと考えた時、めぼしい投票先がなかった感があります。
今回の裏金問題他にも統一教会問題もあり、どちらもうやむや感が残っています。長期政権の腐敗は避けられない。今回政治をめぐるお金の問題に、ペンの力(ジャーナリズム)と法律で立ち向かったという構図でしょうか。
今回の裏金問題は、政治資金パーティー収入をめぐる問題でした。政治資金としては政党助成金がまずあります。これは国民一人当たり年間250円負担で総額約300億円が、議員数と過去2回の衆参両院の選挙の得票数で割り当てられます。2016年の場合、自由民主党は約172億円配分されています。その他の政治資金として、寄付や政治資金パーティー券の場合、政治資金報告書への記載義務があります。報告書には、寄付の場合は一か所から5万円以上、パーティ券の場合は20万円以上の場合、氏名住所を記載しなければなりません。寄付に関しては政治家個人にはできません。この政治資金報告書は3年間閲覧できます。
問題の発覚は、2022年11月に『しんぶん 赤旗』が自民党の5派閥の政治資金パーティー券購入の不記載をスクープしたことから始まりました。このときコメントを求められた、神戸学院大学教授の上脇博之さん(憲法)が、政治資金報告書を閲覧して独自の調査結果から、政治資金規正法違反の告発状を東京地検に提出します。彼が書き続けた告発状のことを、2023年11月2日に読売新聞が報道(会員限定記事)、次に11月18日にNHKが報道して、派閥の裏金づくりの問題が全国的に知られるようになりました。
裏金問題では、議員側がノルマを超えた分をキックバックされたり、議員側が中抜きするなど、関係者の証言から明らかにされました。記載しないお金の流れは、本当に危うい。当事者たちは、みんなでやれば怖くない麻痺状態だったのでしょう。ただし、知られたらまずいことは分かっていた。岸田派では、使途不明金は2018年からの3年間で3000万円とされますが、議員個人へのキックバックはなかったとされています。一番多かったのは安倍派で、5年間で約5億円のキックバックがあり、これは派閥側から政治資金収支報告書に記載しないよう指示があったと言われます。
今回の選挙では、この問題への新総裁石破茂さんの姿勢が批判を受けたわけです。かつダメ押しが、公認の有無にかかわらず候補者の党支部に2000万円を支給したことでした。この感覚のずれ、「開いた口が塞がらない」。何にも考えずにマニュアルで動いている感がします。
9月7日の「再読あの言葉」(『東京新聞』)に、1992年地球サミット「伝説のスピーチ」の要旨が載っていました。セヴァン・スズキさんが12歳の時に国連の地球サミットで行ったものです。
子どもですが知っています。戦争に費やすお金で環境や貧困問題を解決し、平和条約が結べたら地球はどんな素晴らしい場所になるかを。
何にどうお金を使うのか。力を持つものはその力を維持することにお金を使いたがりますが、日本規模・地球規模・宇宙規模で考えてお金を使わないと人類は滅びます。そう、マクロではみんな分かっているのです。にもかかわらずミクロ(マイクロ)になるや色々言い訳しながら、自分や自分たちにだけ都合よく動いてしまう。これも社会的ジレンマです。
2024.10.27「第4回 能面展」