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今年9月21日、岸田首相は、長崎「被爆体験者」訴訟の原告のうち15人を「被爆者」と認めた長崎地裁の判決(9月9日)に対して、なんと〝控訴〝すると表明しました。他方、〝救済策〝として医療費の助成を≪被爆者と同等≫とする、という欺瞞的な政治的「解決策」を示したのです。

当然にも原告側は、長崎地裁が「被爆者」と認めた15人をも切り捨てる・国による〝控訴〝について、「(合理的な)解決にならない!」と猛反発しました。原告団長の岩永さんは、記者会見の場で救済策について、「そんなものいりません」ときっぱりと切り捨てました。平均年齢85才を超える現在まで20年以上、法廷の内外で闘い続けてきた長崎の「被爆体験者」たち。その闘いの根っこにあるのは、「被爆者」と認められることです。

国に「被爆者」と認めさせるということは、米国による原爆投下後に、「死の灰」や「黒い雨」、チリなどの放射性微粒子を含んだ降下物が降り注いだ環境で何も知らずに生活していたために、その後亡くなったり、今もなお生きている限り病気に苦しんでいる――そのような現実を無かったことにさせない、ということです。原爆による放射線に直接当たろうが、放射性微粒子を含んだ降下物を浴びようが、どこに居ようが、原爆により被爆したという事実に何ら変わりはないではないか、差別するな、ということを国に突きつけているのです。

そのことは、しかし、米国の核の傘の下にあり「核抑止力」を必要とする日本政府にとっては、絶対に認めたくないことに違いありません。

8月9日に首相が「被爆体験者」と交わした「合理的な解決策を調整する」という〝約束〝は、「被爆体験者」たちの「被爆者」と認めてくれるのではないかという希望を、はかなくも打ち砕きました。

けれど、「被爆体験者」たちは決して諦めません。団長の岩永さんは、記者会見で、次のように語っていました。「死ぬまで闘います。」「私が欲しいのは、内部被曝を否定できないという判決文。その判決を勝ち取り、内部被爆の怖さを国内外に広め、『核兵器廃絶』に向けて少しでも役に立てればと思っています。」この岩永さんのことばは、「核兵器廃絶」への思い、「福島第一原発事故による内部被曝」に抗議している人々を勇気づけています。

わたしは、彼らの闘いに学びながら、この「被爆体験者」訴訟の深層を探っていきたいと考えています。

**目 次**

1 被爆体験者」との〝約束〝――その政治的な解決の欺瞞

2 国に屈服した長崎県長崎市

3 広島高裁判決の意味するもの

イ 「被爆体験者」たちが希望をもった広島高裁判決

ロ 「内閣総理大臣談話」の持つ意味

ハ 「被爆者」認定の「新基準」の反動性

国が無視する「内部被曝」の現実

4 今も引き継がれるファーレル准将の声明

◎「被爆体験者」から学び、ともに闘おう!

1 「被爆体験者」との〝約束〝――その政治的な解決の欺瞞

岸田首相は今年の8月9日、長崎市での平和祈念式典参列後に「被爆体験者」と面会しました。当日首相と握手を交わした第二次全国被爆体験者協議会・岩永千代子会長は、首相の手を握りながら「内部被曝をぜひ世界に発信して、核の被害が二度と起こらないように…」と言いました。それには応えずに首相は、「早急に課題を合理的に解決できるよう」に努めると約束しました。

その1ヵ月後の9月9日、長崎地裁は、原告44人のうち「黒い雨」にあったと認められるとした15人を「被爆者」と認定しました。

▽爆心地から半径12キロ以内に住んでいた人を対象に行われた過去の調査で、雨が降ったという証言が相当数あったこと

▽当時の風の向きや強さなどをふまえ、「被爆者と認められる地域に指定されていない今の長崎市の東側の一部でも、いわゆる『黒い雨』が降った事実が認められ、この地域では、原爆由来の放射性物質が降った相当程度の可能性がある」と指摘したのです。

しかし、一方で、この地域以外に住んでいた原告については、「放射性物質が降った事実や可能性は認められない」として訴えを退けました。

この長崎地裁の判決で注目すべきことは、2021年の広島高裁判決後に制定され・2022年4月から運用された・「被爆者」認定の「新基準」を適用した判決である、ということです。すなわち、**放射線によって健康被害を受ける可能性が否定できなければ、被爆者と認めるという判断** をした広島高裁の判決内容を否定することを目した「新基準」に従って、「被爆者と認めるには、合理的な根拠や一定の科学的根拠が必要である」としたのです。そのために、原告29人の訴えは退かれたのです。
さて、この長崎地裁判決後の9月21日、岸田首相は、司法判断の根拠に対する考え方が、「被爆体験者」が敗訴確定した最高裁判決と今回の長崎地裁の判決内容とは異なるとして、「上級審の判断を仰ぐべく、控訴せざるを得ない」と表明し、そのことを当日面会した長崎県知事と長崎市長に伝えました。

2016年、長崎地裁年間積算被ばく線量が25ミリシーベルト以上の場合は健康被害が出る可能性があるという独自の判断を示し、原告のうち10人を、初めて「被爆体験者」を「被爆者」と認めました。しかし、2019年福岡高裁は、「年間100ミリシーベルト以下の低線量被曝によって健康被害が生じる可能性があるとする科学的知見は確立していない」として長崎地裁判決を取り消し、原告全員の訴えを退け、最高裁判決が確定しました。

つまり、首相は、せっかく最高裁で「被爆体験者」たちの訴えを却下し、「被爆者」認定をしなかったのにもかかわらず、それで終わりかと思ったら、長崎地裁が原告の一部・15人を「被爆者」と認定したことに怒り、**最高裁で「被爆体験者」は完全敗訴しただろうにと**一蹴し、法的決着をもって再度全員の訴えを退けようとしているのです。

一方で、首相は、原告のみならず全ての「被爆体験者」とされる約6300人への医療費助成を《被爆者と同等》とする方針を示しました。「被爆体験者」に課せられていた・「被爆体験者」支援の要件である精神科への受診は撤廃とするなど、「被爆体験者」が受けられる支援は大きく広がることをアピールしました。つまり、この問題をこれで終わりにしようと、〔金を払ってやるから、もう騒ぐな〕とでも言っているかのようです。

そもそも8月9日の面会時のことをよく思い出してみれば、当日も岸田首相は、〔「被爆体験者」を「被爆者」と認定する〕とは、ひと言も言いませんでした。首相の「合理的な解決」という「被爆体験者」との〝約束〝の果たし方は、最初から決まっていたのです。国の書いたシナリオどおりの酷い話です。

現地では「皆に支援が行き渡る」と評価する声が上がる一方で、訴訟で「被爆者」認定を求めてきた原告からは「同じ原爆に遭っているのになぜ被爆者としないのか」との批判が相次ぎました。もっともな言い分です!

原告団長の岩永さんは、首相が打ち出した≪被爆者と同等≫の医療費助成についても「論外です。医療費の助成などのお金がほしいのではなく、被爆者だと認めてほしかった。この苦しみが原爆によるものだと認めて欲しい」(下線は筆者)と語気を強めていました。さらに岩永さんは、国による長崎地裁が「被爆者」と認めた15人をも切り捨てる〝控訴〝について、「『合理的な解決』とはまったく不釣り合いだ」と批判し、こちらも〝控訴する〝と、さらに闘う姿勢を貫いています。

📝 被爆体験者」の証言は認めず! という厚生労働省の姿勢

被爆体験者」につて、厚労省は、科学的根拠が乏しいのにもかかわらず「放射線の影響はない」という考え方で、被爆体験による心的外傷後ストレス障害PTSD)などの精神疾患や関連症状、※胃がんや大腸がんなど7種類のがん(2023年4月より)を医療費助成の対象としています。※7種類のがんへの「医療費補助」は、精神疾患に伴って発症し、医療費補助の対象になっている「合併症」と「発がん性」の関連を研究する事業の一環で、研究協力への対価として医療費を支払うというものです。つまり、放射能の影響により発症したがんへの救済、ということではないのです。

さて、武見厚労相は9日の長崎地裁判決を不服とし控訴する理由の一つとして、長埼地裁判決が一部地域=旧3村に黒い雨が降ったと事実認定したことをめぐり、訴訟で採用された証拠は「バイアス(偏見)が介在している可能性が否定できない」として先行訴訟では採用されなかった点をあげました。

原爆投下直後のいわゆる「黒い雨」をめぐっては、国は、広島では被爆地域の外にいた人でも、「黒い雨」を浴びた可能性が否定できない場合などは被爆者と認定する基準を設けていますが、長崎では、よく調べもせずに客観的な記録がないなどとして雨が降ったことを否定する見解を示しています。
これについて、厚労省は、昨年7月に長崎原爆死没者追悼平和記念館が所蔵するデータ化された被曝体験記を調査し、放射性物質を含む「黒い雨」や「死の灰」などについて調べていましたが、抽出した3744件のうち雨に関する41件、飛散物に関する記述159件を確認しました。

しかし、この内容を評価した防疫学、放射線疫学などの御用学者たちは、「それぞれの思いを記述したもので、データとしては信頼性に乏しい」とか「被爆体験から執筆までに記憶が修正された可能性がある」などと、とんでもないことを言っています。厚労省は、この御用学者たちのでたらめな「意見」を踏まえ、「降雨などを客観的事実としてとらえることはできなかった」と結論付けたのです。

しかし、今でも、土壌にはプルトニウムからの生成物が残っており、放射線を出し続けています。

厚労省の結論づけたことから透けて見えるのは、被爆体験者の実体験――「黒く墨のような雨が口の中に入った」、「晴天で明るかった空がおぼろ月夜のようになった後、黒い雨が降り出した」、「灰の降った井戸水を飲んだ」、「灰の付いた野菜を食べた」、「灰を集めて肥料にした」……などなどの「被爆体験者の証言など認めず」という厚労省の一貫した姿勢です。それは、被爆地選出の権力者=岸田首相の姿勢そのものなのです。

2 国に屈服した長崎県長崎市

21日をさかのぼる19日午後、原告たちは、長崎市役所の廊下でアポなし会見を行いました。大石知事と鈴木市長が面会に応じない上、判決後の国と県・市の協議内容が知らされないなどとして、県市への抗議文を発表しました。そして、原告団長の岩永さんは、「すでにたくさんの人が亡くなっています」と涙ながらに全面救済を訴えました。この時、大石知事は、「われわれもできることを全力でやっていく」と応じていました。

9月18日、大石知事と鈴木市長は控訴を断念したい意向をオンラインで面会し、国に表明していましたが、3日後の21日に首相公邸で岸田首相および武見厚生労働相と面会し、〝控訴〝の方針を伝えられると、屈伏して受け入れてしまいました。そして、控訴期限の9月24日、原告の「被爆体験者」たちに、「控訴」したことを陳謝しながら釈明しました。

長崎市・鈴木市長:
「我々水面下で色々当たらせていただきました。それでも壁は厚かったです。」

☞第二次全国被爆体験者協議会 岩永千代子会長:
「国が固執しているのは放射性微粒子による内部被曝を認めないことだと思う。(内部被曝の被害を)遺棄しようとしているのではないかと思います。」

岩永さんは、御用科学者らが導き出した(放射線影響研究所などの)「見解」にとらわれず、実際の証言に向き合って放射性微粒子の人体影響を検証して欲しいと訴えており、「もし被爆者と認められなくても、内部被曝を検証する道が開ければそれは勝ちだと思う」と力強く、しかし、苦渋に満ちた発言をしていました。

3 広島高裁判決の意味するもの

イ 「被爆体験者」たちが希望をもった広島高裁判決

精神疾患に限定された援護措置と、援護対象区域の人為的で機械的な線引き

の不合理に抗う「被爆体験者」たち。「黒い雨」訴訟の広島高裁判決は、長崎「被爆体験者」にとっても、転機になると思われました。「内部被曝を明らかにしてくれたと思いましたよ。雨に打たれようが打たれまいが、被爆者だと判断してくれた。だから、私たちも当然認められると思ったんです」、と岩永さんは広島高裁で「黒い雨」訴訟原告団が全面勝訴した2021年当時を振り返っていました。

ロ 「内閣総理大臣談話」の持つ意味

広島高裁判決受け入れの際に、菅元首相は、「内閣総理大臣談話」(※2021年7月27日閣議決定)を発表しています。そこでは、「今回の判決には、原子爆弾の健康影響に関する過去の裁判例と整合しない点があるなど、重大な法律上の問題点があり、政府としては本来であれば受け入れ難いものです。」と「被爆者」認定申請が広がらないように釘を刺し、今回は特別なのだと念押しをしています。そのうえで、政府は、「とりわけ、『黒い雨』や飲食物の摂取による内部被曝の健康影響を、科学的な線量推計によらず、広く認めるべきとした点については、これまでの被爆者援護制度の考え方と相容れないものであり、政府としては容認できるものではありません。」と、「黒い雨」のみならず「死の灰」やチリなど原爆による放射線降下物は認めない、という一貫した姿勢を崩してはいないことを強調しています。

2021年当時は、新型コロナウイルスの感染が急拡大する中で、東京五輪パラリンピックを開催したことで、直近の世論調査のほとんどで内閣支持率が最低を記録していました。「黒い雨」訴訟で高齢化した原告をさらに苦しめる対応を取れば、世論の反発がさらに強まりかねないということで、上告断念は、秋までに行われる衆院選に向けてマイナス材料を増やすことは避けたいという当時の菅首相の判断があったとみられます。

ハ 「被爆者」認定の「新基準」の反動性

当時の菅首相は控訴を断念し、広島高裁判決を受け入れ、広島で「黒い雨」が降ったとされる地域にいた人を「被爆者」と認定する《新基準》を2022年度から運用していますが、けして原爆による被爆(特に内部被曝)を認めたわけではありません。

広島高裁判決を受け入れた菅元首相は、原告全員に手帳を交付し、「原告と同じような事情にあった人も救済する」と表明。2022年4月から「新基準」による救済制度が始まりましたが、この制度にも問題があるのです。

新制度は、①広島の「黒い雨」に遭い、その状況が「黒い雨」訴訟の原告と同じような事情にあったこと ②障害を伴う一定の疾病にかかっていること――を「被爆者」認定の要件としました。この新制度では、広島でも「被爆者」と認定されずに切り捨てられる人たちが多くでました。そして、「被爆者」と認定されるためには、上記①および②を、原爆の被害に遭った高齢の人たちが科学的証拠をもって自ら証明しなくてはならないのです。

なお、「新基準」の適用は広島に限定されました。長崎「被爆体験者」は最高裁で敗訴していることに加えて、「黒い雨が降ったことを示す客観的資料がない」とされ、「新基準」の対象外となり、厚労省との協議継続となったのです。

しかし、長崎地裁判決においては、この「新基準」を適用したものとなっているのです。

「新基準」に基ずく制度は、放射線によって健康被害を受ける可能性が否定できなければ、被爆者と認める判断をした・広島高裁判決を〝先例〝とすることを妨げ、原爆による被害をことさら小さくしたいという政府の思惑を孕んでいるのではないでしょうか。

国が無視する「内部被曝」の現実

被爆体験者訴訟」の原告団長を務める岩永さんは、放射性微粒子がもたらす内部被曝が無視され調査もされていないことに一貫して抗議を続けており、自分たちの体験・証言を元に原爆がもたらす被害の可能性の一つとして、「内部被曝」について調査・研究を進めることを求めてきました。

岩永さんたち「被爆体験者」は、原爆によって生成された放射性微粒子が体内に入って「内部被曝」を引き起こした可能性を認めてほしいと訴えており、鼻血・脱毛・下痢の症状が出て、腹が膨れて死んだ人もいると自らの体験を伝えてきました。

しかし、日本政府が長崎地裁判決に対して〝控訴〝し、改めて否定したことは、人為的・機械的に線引きした被爆地域の外まで拡散した原爆の放射性微粒子による被爆の可能性です。政府は、戦後一貫して原爆から二次的に発生した放射線の健康影響について「無視できる」という立場をとり続けています。つまり、「内部被曝」を認めない、ということです。

原爆の「残留放射線」の人体影響については、日米共同研究機関である放射線影響研究所が、推定被曝線量などに基づき「無視できる程度に少なかった」とする「『残留放射線』に関する放影研の見解」を発表しています。ましてや、「内部被曝」のことについては、論じていません。

これは戦後一貫した原爆の「残留放射線」に対する政府の考えでもあり、今回の政治判断(=岸田首相が「被爆体験者」たちと約束した「合理的な解決」)もこの見解に基づいたものであるといえます。

4 今も引き継がれるファーレル准将の声明

日本政府は、基本的には初期放射線しか影響がないのだ、という立場です。放射性降下物による被曝と、その放射性物質を体内に取り込んだことによる「内部被曝」を認めたら、影響が膨大すぎるからでしょう。放射線量を推計して、影響が出る範囲はこれだけ、という風に数字で示して限定したいのです。それが崩れると、影響が及んだ範囲が際限なく広がってしまうからです。

敗戦直後の1945年9月6日、来日していた「米・原子爆弾災害調査団」の一行が東京で記者会見を行い、団長のトーマス・ファーレル准将が「広島・長崎には原爆症で死ぬべきものは死んでしまったから、放射能の影響で苦しんでいるものは皆無である」と発言した時から、米国は被爆の影響を小さく見せたいという姿勢で一貫しています。要するに、「きれいな爆弾」でないと使えないからです。軍人以外の一般市民を無差別に殺傷し、生き残った人たちも放射能内部被曝の影響が生涯続く恐ろしい・非人道的な兵器だとわかれば、国際法違反となります。このことは、米国の核戦略にも影響してくる話で、独自の核開発を行っている日本も追従していると言わざるを得ません。日本の御用学者たちは、低線量被曝は問題ではない、「内部被曝」は認めない、という立場にたって、日本政府を擁護しています。

◎「被爆体験者」から学び、ともに闘おう!

自分たちを「被爆者」=米国が投下した原爆の被害者、と国に認定させるということは、自らが戦争の犠牲者であり、戦争を起こした権力者たちへの〝アンチ〝の意志を表す行為である、と思います。声高に〝反戦〝を叫ばずとも、原爆の犠牲になった人たちは、自らが核兵器の非人道性を、一生涯続く被爆の苦しみを身をもって晒しているのだからです。

昨年の広島G7サミットで、あらためて「核抑止力」が確認されてしまいましたが、原爆は、「必要悪」などではありません。国を守るためには、核兵器は〝抑止力〝として必要なのだ、といって維持されている社会そのものが変わらない限り、戦争も核兵器もなくならないとわたしは思います。

原爆の被害者である・生き証人たちは、死を迎えるまで日々苦しみを抱えながら、「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・フクシマ」を、自らの身体で訴えているようにわたしには思えます。

わたしたちは、栄光と自衛のためには核を持ち、核の傘の下に入るということの意味を立ち止まって考える必要があると思います。犠牲になるのは、労働者やその家族、未来ある若者や子どもたちです。権力を持つ者たちは、戦争による痛みも悲しみも知らないし、原爆による一生涯の苦しみも知ろうとはしません。

なお、今後、「内部被曝」等についても学んだことをブログに載せていきたいと思います。

(2024.09.28)

79年前、長崎で米国が投下した水爆の被害に遭いながらも、国の引いた援護区域外に居たため、被爆者とは認定されない・「被爆体験者」44人(うち4人死亡)が原告となり、長崎県長崎市被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟の判決が、9月9日長崎地裁でありました。

被爆体験者」とは?

1945年8月9日、米国が長崎市に投下した原爆の被害に遭ったにもかかわらず、日本政府が線引きした「被爆地域」の外で被害に遭ったため、被爆者と認定されなかった人たちのことを言います。そもそも原爆の被害者である人たちに対して、「体験者」などと国が名付けたのは、何とも恥知らずなことです。

また、「被爆地域」の線引きは、放射性物質の降下範囲などの科学的調査によるものではなく、当時の行政区域を中心に決められたものにすぎません。国は原爆の影響を認める半径5キロメートルを基本に当時の長崎市を「被爆地域」に指定しました。「被爆体験者」はその周辺、爆心地から12キロメートル圏内の被爆未指定地域にいた人たちのことで、原爆の影響はないとされてしまっています。

2021年に確定した広島高裁判決では、被爆地域の外で「黒い雨」に含まれた放射性微粒子による内部被ばくの可能性を認めたものでした。判決を受け入れた国は、新たな基準を作り、遠くは爆心地から40キロまで「黒い雨」が降った地域にいた6000人以上を被爆者と認めました。しかし、それは、広島に限ったことでした。

そして、今回の長崎地裁の判決においても、「黒い雨」など原爆由来の放射性降下物が降ったと認められる一部のエリアを除く場所に居た人たちは、「被爆者」として認められませんでした。

被爆体験者」を分断する長崎地裁の認定

長崎地裁は、旧古賀村・旧矢上村・旧戸石村放射性物質を含む「黒い雨」が降った可能性があるとして、この地域に住んでいた原告15人については、被爆者援護法に基づく被爆者と認定しました。

しかし、残る29人の訴えに対しては、長崎市東部の多くの地域で観測された「灰」などは「放射性降下物質」とされず、原告のうち3分の2の29人の訴えは退かれてしまいました。17年も訴え続けているのに、なんとも悔しい限りです。この原告を分断する判決は、許せません。

今回の判決は、「黒い雨」を重視する一方で、「被爆体験者」たちが訴えてきた「灰」や「チリ」などの放射性降下物による被害を全く認めませんでした。「原爆投下後に降った灰が放射性物質であったか否かは定かではなく、的確な証拠もない」としています。なんと呆れた判決なことか! 1945年8月9日・原爆投下後に降り注いだ「灰」や「チリ」は、どうして落ちてきたというのでしょうか。まさか2016年に広島を訪問したオバマ元大統領をまねて、〝空から落ちてきた〝というように、ファンタジーのごとく米国の人類最悪の罪を自然現象のように言いくるめたいのでしょうか。ふざけるな!

長崎の「被爆体験者」たちは、原爆投下後に放射性物質を含む「灰」が浮いた水を飲んだり、大気中の放射性降下物を吸い込んだり、食べるものがない中で「灰」が降った野菜などを食べたりしたとしてガンなどを発病していますが、「被爆者」と認定されることなく、救済の「対象外」とされているのです。

「黒い雨と放射性降下物は実は同じなんですよ。上空で長崎乾燥してたので(ママ、※「長崎は乾燥していたので」?)、蒸発して放射性微粒子の状態で降ったというだけ」、と被爆体験者訴訟原告代理人の中鋪弁護士は主張していますが、全くその通りだと思います。

長崎の「被爆体験者」は、被爆者ではないのか!?

長崎に原爆が投下されてから79年の2024年8月9日。毎年この日に行われている、被爆者団体から総理大臣への要望の席に、被爆者とは認められていない・国から「被爆体験者」と呼ばれている人たちが初めて出席しました。

その席で、岸田総理は、「政府として早急に課題を合理的に解決できるよう指示をいたします」と期待を持たせることを言っただけで、「被爆者と認める」とは言いませんでした。

総理のいう「合理的な解決」がどういうことなのかははっきりしませんが、今回の長崎地裁の判決内容に示されている、とわたしは思います。

★**被爆80年を前に、被爆地域および被爆者の拡大を押さえ込みたい日本政府**

昨年のG7広島サミットで打ち出された「広島ビジョン」においては、核兵器の削減の継続を謳う一方で、米英仏が保有する核兵器については特別扱いし、「核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、戦争及び威圧を防止すべき」ものと核兵器を持ち続けることを正当化しています。そして、被爆地「広島」の地名を冠した文書で正当化することは「核兵器は絶対悪」と訴えてきた被爆者や被爆地の思いを踏みにじるものですが、それが日本政府の進む道なのです。

そのようなG7の一員を担う米国の核の傘の下にいる日本政府にとって、被爆地域および被爆者が拡大してはまずいのです。

長崎地裁判決は「黒い雨」を重視する一方で、「被爆体験者」たちが訴えてきた「灰」や「チリ」などの放射性降下物による被害を認めませんでした。「原爆投下後に降った灰が放射性物質であったか否かは定かではなく、的確な証拠もない」としています。では、いったい何だったのでしょう。

今回の長崎地裁の判決が「灰」による被爆を認めなかったのは、米国が設定した危険水域外で操業していた第五福竜丸が、水爆によって広範囲に放射能を帯びた「死の灰」が降り注ぎ被曝した問題の政治的な決着(※米国政府は、事件の翌年の1955年、200万ドルの見舞金を支払うことで、この問題の解決を迫り、日本政府はそれを受け入れました)でお茶を濁した日米の無責任で不誠実な対応にまで遡ることを阻止する必要を感じたからではないでしょうか。長崎では、米国による水爆投下により、この「死の灰」が多量に降り注がれ被爆した人たちが、いまだに被爆者と認定されずに苦しんでいる現実があります。

米国を気遣う・日本政府の意向に忠実な長崎地裁は、できるだけ被爆被害を少なく見せたいのではないか、と思います。また、広島市教育委員会は、日本政府の意向を汲んで、水爆実験の被爆被害の酷さを忘れさせたいがために、昨年のG7の直前に『ひろしま平和ノート』から「第五福竜丸」の記述を削除したのではないでしょうか。

岸田総理のいう「合理的な解決」とは、「被爆体験者」たちに対しての少しばかりの救済措置はとるが、安全保障上の日米関係に亀裂を呼び起こすような原爆の恐ろしさを想起させる事象は、平和教育や平和行政から消し去る、という「解決」方法ではないでしょうか。故に、「原爆投下後に降った灰が放射性物質であったか否かは定かではなく、的確な証拠もない」などという長崎地裁判決が、まことしやかに出されてくるのです。

つまり、日本政府は、米国による核兵器の被害を極力押し隠そうとしている、といえます。そして、原爆投下による被爆被害者が年々高齢化して亡くなっていくことを好機とし、核アレルギーを失くし、G7の一員として、〝核抑止力〝を安全保障の前面に押し出すことを狙っているのではないか、とわたしは思います。

(2024.09.11)

★★★大川原化工機国賠訴訟の「判決」に記載のない裁判所の罪

CALL4のサイトに第1審の『判決要旨』(A4、9ページ)が公開されているので、参考にしました。全文ではないので、詳細は分かりませんが、わたしが一番知りたかったことは、コンパクトにまとめられていました。以下、引用します。

「亡相嶋の慰謝料については、体調に異変があった際、直ちに医療機関を受診できないなどの制約を受けるだけでなく、勾留執行停止という不安定な立場の中で治療を余儀なくされていていたことも考慮した。」

「また、原告〇〇〇らの慰謝料については、夫であり父である亡相嶋との最期を平穏に過ごすという機会を被告らの違法行為により奪われたことも考慮した。」(※以上、『判決要旨』p.9より)

この「判決理由」は、いったい何なのだ! 原告たちの悲しみや苦痛を逆なでし、まるで愚弄するかのような上からの言い様に思えます。相嶋さんを「直ちに医療機関を受診できないなどの制約を受ける」状態にしたのは、進行性の胃癌を発症したことがわかっていても8回もの保釈申請を却下し続けた令状担当の裁判官の所業ではないか! 「勾留執行停止という不安定な立場の中で治療を余儀なくされていた」のは、裁量保釈もせずに「勾留執行停止」のみを認めた同裁判官の所業ゆえではないのか! そして、そのことを〝上層部〝は、「経済安保」を背景にして、許可しているのです。保釈申請の却下にしろ、勾留執行停止にしろ、それは、裁判官個人の判断にとどまらず、組織の判断になっているのです。

相嶋さんの遺族が「夫であり父である亡相嶋との最期を平穏に過ごすという機会」を「奪われた」のは、被告(警視庁公安部および東京地検)らの違法行為によるものと、「判決」は、保釈申請を却下し続けた東京地裁の過失に対する責任回避をするために、相嶋さんを被告のまま死に追いやったすべての責任を、被告である警視庁公安部および東京地検に押し付けています。

本来逮捕の対象などではなく、外為法違反などしていない無実の人を社長や島田さんとともに1年近くも勾留し、自白を強要し、勾留中に発症した癌の適切な治療を受けさせないで、被告のまま死に追いやったことへの人間的な自責の念を持ち合わせていないのが、警視庁公安部および東京地検であり、そして東京地裁であることがよくわかります。「人質司法」においては、そのために人が死のうが関係ない、ということなのでしょう。酷すぎます!

📝国賠訴訟判決直後の記者会見の場で、相嶋さんの長男は、次のように怒りを顕わにして述べていました。

「癌とわかったあとの人生の過ごし方が、非常に(父の)尊厳を踏みにじられた。おそらくわたしたち人間の中では、最悪な形での最期を迎えてしまった。最期を平穏に過ごすことができなかった最大の要因は、保釈を認めなかった裁判官だと思う。」**********

★★「起訴の取り消し」に深く触れない「判決」

警視庁公安部も東京地検東京地裁も、「起訴の取り消し」ということの重大さに気付いていないかのようにふるまっています。刑事裁判がなくなったから、はい終わり、では済まないのです。公安警察が警視総監のお墨付きをもらって会社役員3人を逮捕し、起訴担当の検事が、起訴ができる証拠がないのにもかかわらず、そもそも経産省の省令の「殺菌」の解釈が国際ルールと違っていても、「経済安保」を背景に、「犯罪」を捏造し、起訴を行ったのです。その後、別の公判担当の検事が「立証できない」として「起訴の取り消し」を申請した時、一時は、上層部もヒヤッとしたことでしょう。けれど、公判担当の検事による前代未聞の「起訴の取り消し」申請を上司が決裁したのは、ある思惑があったからではないか、とわたしは考えるのです。当時、「経済安保法」制定のための動きがあり、「大川原化工機事件」が、経済界の不満を抑えるために十分な働きを果たせた、と国家安全保障会議NSC)あたりが考えていたからなのではないか、とわたしは思うのです。2020年4月1日、NSCの事務局である国家安全保障局(NSS)内に経済分野を専門とする「経済班」が発足しました。大川原社長ら3人の役員が逮捕されてから、1ヵ月も立たない頃です。この「経済班」は、経済産業省出身の審議官と総務、外務、財務、警察の各省庁出身の参事官ら約20人体制で、民間の先端技術を軍事力に生かす中国の軍民融合政策をにらみ、経済と外交・安全保障が絡む問題の司令塔となります。

起訴は断念したとしても、「大川原化工機事件」は、中国への輸出規制に不満を抱く経済界に、中国なんかに輸出をする企業はとんでもないことになるぞ、という国家意志を拒否するとどんな目に遭うかということを現実に示して見せた、という効果があったのではないか、とわたしはと思うのです。

逮捕と起訴は「国賠法上違法」と判断! しかし……「捏造」および「経産省の省令のあいまいさが公安部の独自解釈を許したこと」には触れず!

大川原化工機国賠訴訟の判決(2023年12月27日)が、逮捕の違法性に加え、起訴の違法性も認めた、と大きく報じられた。また、国(検察)と都(警視庁公安部)に対する賠償命令額が異例に高い、とも。多くのメディアは、かつて、2020年3月11日に大川原化工機の社長ら3人の役員が逮捕された際に、警視庁公安部が流した情報を鵜呑みにして、まるで3人を犯人扱いして報道したことには頬被りして、「判決」内容を評価する報道をしています。

けれど、「国賠法上違法」という判決の理由は、いったいどのようなものなのでしょうか?

▲警視庁公安部による3人の逮捕については「必要な捜査を尽くさなかった」、ということが「国賠法上違法」の理由になっています。「必要な捜査」というのは、亡くなった相嶋さんや複数の従業員が指摘していたとおり、再度温度測定を行う、ということです。そうすれば、問題にされた「噴霧乾燥器の測定口の箇所対象となる細菌を殺菌する温度に至らないことは容易に明らかにできた」からです。その確認は、外為法違反の嫌疑の有無を見極める上で、当然にも「必要な捜査」だったということです。実験をしていれば殺菌できないことは容易に明らかになったのに、これをせずに逮捕したことは「国賠法上違法」、と東京地裁は判断したのです。

東京地検の起訴をした検察官に対しても、起訴前に同様の報告を受けており、この供述を踏まえて再度の温度測定を行っていれば、「本件各噴霧乾燥器の一部の箇所の細菌を死滅させるに至らないことは容易に把握できた」と指摘しています。勾留請求や起訴は、「検察官が必要な捜査を尽くすことなく行われたものであり」、「国賠法上違法」である、と判断しました。

しかし、逮捕・起訴・勾留が違法であるという東京地裁の判断は、警視庁公安部も検察も「必要な捜査を尽くさなかった」ということが「国賠法上違法」である、ということなのです。それだけです。ナント! 判決は、〝捜査不足〝ということの問題、と限定してしまっているように思います。

公安部や検察の「国賠法上違法」の理由を〝捜査不足〝に限定している、ということは、そこまでは下級裁判所である東京地裁が「違法」とすることを最高裁も許している、ということではないでしょうか。しかし、ほかのことは、「違法」とはしないことを〝忖度〝しているのではないでしょうか。

☞昨2023年6月30日の証人尋問の際に「捏造ですね」と捜査担当の警部補が仰天発言をしましたが、「判決」は、そのことにはまったく触れていません。警視庁公安部、検察、裁判所らが謝罪をしないのは、そのことを認めたくないからでしょう。認めたら、彼らの威信や信頼性はぶっ飛んでしまうからです。

☞また、「判決理由」では、生物化学兵器の拡散を防止することを目的とするオーストラリア・グループにおける国際的に合意された「殺菌」の定義を経産省が明確にせず、あいまいにしたことにつけ入り、公安部が〝独自解釈〝(捜査関係解釈)をして立件しようとしたことについては、東京地裁は「国賠法上違法ということはできない」としています。

そして、検察が、この公安部の〝独自解釈〝を採用し、勾留請求および延長請求、起訴をしたことについても同様に「国賠法上違法ということはできない」としています。

☞さらに、「噴霧乾燥器の最低温度箇所の特定についても、粉体実験をしなかったことについても」「国賠法上違法ということはできない」と、法文解釈の問題にすり替えているのです。

以上のことを考えるに、これら「国賠法上違法ということはできない」としていることは、イ)事件は「捏造」であるということの否定と、ロ)経産省の問題――すなわち、国際上合意されたルールを誤訳し、「殺菌」の定義を明らかにしないで通知した省令の不備を突かれて公安部の〝独自解釈〝を許し、それを根拠にした大川原化工機のガサ入れや逮捕を許す原因をつくったことなど――を不問に伏すことを狙ったためではないか、とわたしは思います。

しかし、この一連の事態に対する東京地裁の判断は、「保釈申請を却下」し続けた裁判所の行為そのものを不問に伏すことを狙っているのではないか、とわたしは思います。

追記

島田さんに対する取り調べの違法性について

▲元役員の島田さんに対して、公安部の警部補が、「本件要件ハの『殺菌』の解釈をあえて誤解させた上、本件各噴霧乾燥器が本件要件ハの『殺菌』できる性能を持っていることを認める趣旨の供述調書に署名押印仕向けた」とし、「偽計を用いた取り調べである」として、「国賠法上違法」であると認めました。

▲そして、同公安部の警部補は、島田さんの弁解録取書を作成するにあたり、島田さんの指摘に沿って修正したかのように装い、島田さんが発言していない内容を記載した弁解録取書を作成し、署名指印させました。これを、「判決理由」では、島田さんを「欺罔」した、と指弾し、このような供述証書の作成は「国賠法上違法」である、としました。

しかし、このような違法な取り調べは氷山の一角にすぎず、今回のような供述調書のでっち上げを可能にする「人質司法」なども、日常的に行われていることだ、とわたしは思います。

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「大川原化工機冤罪事件」の概要については、当ブログ「大川原化工機事件――『事件』は捏造された!」(2024.06.23.)を参照してください。

初公判の4日前に〝起訴取り消し〝 ★★★

生物兵器生産に転用可能な噴霧乾燥機を中国に輸出したとして、大川原化工機の社長ら幹部3人が外為法違反で逮捕・起訴され、1年近く勾留されました。その後、初公判の直前になって起訴を行った人とは別の検察官が〝起訴取り消し〝を申し立てました。裁判所は公訴棄却の決定を行い、これによって、刑事裁判は打ち切りとなりました。

ほぼ100%に近い有罪率を誇る検察が、1年近くの勾留中に3人から公安の作成したストーリーに合う有利な「自白」も取れず、「法規制に該当することの立証が困難と判断された」、という理由で〝起訴取り消し〝を行ったのです。もちろん弁解間がましい謝罪のことばなどありません。

冗談じゃないよ! 無実の3人があらゆる悪辣な方法を駆使されて「自白を強要」され、自白しなければ保釈を認められないという・いわゆる「人質司法」の罠に突き落とされていました。3人のうち相嶋さんは、進行性の胃がんが見つかったのにもかかわらず保釈が却下され続け、無実を証明する公判に立つこともなく亡くなりました。公安部の捜査員・検察官・裁判官たちは、取り返しのつかないことをしでかしたのです。許せない!!

問題にされた噴霧乾燥機の設計者である相嶋さんが『被疑者ノート』に書いた「〝すべて黙秘する。負けるな!〝」の文字が放映されたのを見て、わたしは悔しくて、唇を嚙みながら拳を皮膚に食い込むまで握りしめました。

検察官が〝起訴取り消し〝を伝達した日(2021年7月30日)は、公判前整理手続きによって、弁護側からの証拠開示請求に対して検察官が公安部と経産省とのやり取りを記した大量の捜査メモを、東京地裁に提出する期限日でした。公開されては相当まずいことが書かれていたことは、容易に見抜けます。

これは、「捏造」とか「人質司法」とかの表現では収まりきらない、権力犯罪そのものであるとわたしは思います。この犯罪には、警視庁公安部、東京地検東京地裁経産省などすべてが関わっています。「法規制に該当することの立証が困難と判断された」、だからもう終わったのだ、と平然と済まされる問題ではないのです。

国家損害賠償訴訟を提起!

公訴棄却から約1カ月後の2021年9月8日、大川原社長・島田さん・相嶋さんの遺族たちは、東京都と国に対し、警視庁公安部による逮捕、検察官による起訴などが違法であるとして、保釈請求が通らなかったことの真相解明と名誉回復を求めて損害賠償請求訴訟を提起しました。

証人尋問での証言

⦿**経産省の役人の発言**

公判中の証人尋問では、警察では内部事情を明かす証言が出た一方で、経産省の役人2人は、警察との間で見解の相違(経産省の担当が、当初の打ち合わせで、何度も「大川原化工機の製品は規制の対象ではない」と公安部の捜査員に伝えたこと)があった経緯も否定していたそうです。自己保身も甚だしい!

大川原化工機の社長ら3人は、外為法違反で逮捕・起訴されましたが、もし本当に違反をしたのならば、経産省は事業者に資料を提出させて事後審査をやり、違反の事実が判明した場合は指導・処分をおこない、そうでない場合にも再発防止策を策定させることが必要なのです。しかし、そんなことは経産省はやっていないのです。つまり、「外為法違反」などないので、なにもやっていない、ということが暴露されたわけです。

⦿2 人の警部補からの爆弾発言

直接捜査に参加していた2人の警部補らからは、警察での内部事情を明かす証言が出ました。濱崎警部補は「まぁ、捏造ですね」、と証言。また、「立件しなければいけないような客観的な事実はなかった」、とそもそも「事件」などなかった、ということを意味する証言をしました。

同じく捜査に当たった時友警部補は、「従業員が『温度が低くなる』と言っている。もう一度測ったほうがいいのでは」と宮園警部(その後、警視に昇進)に進言したが、宮園警部が「事件を潰す気か」と聞き入れなかったことを法廷で証言しています。

注目すべきは、報道では、「捏造ですね」がデカ写しにされていますが、この2人の証言には、検察官が公開したがらなかった「捜査メモ」の内容が含まれていたことを高田弁護士が語っています。

⦿起訴を行った塚部検事の証言

「起訴の判断に間違いがあったと思っていないので、謝罪の気持ちはありません」と言い切りました。

自らが公安部の言いなりに起訴をした結果、優秀な技術をもつ大川原化工機が倒産寸前にまで追い込まれ、信念を曲げずに無実を訴え続けた3人の幹部、そしてそのうちの技術者で顧問だった人を死に追い込んだそのことに何の責任も微塵の後悔もない、なんと傲慢な言いぐさでしょうか!

しかし、塚部検事は、ひとりで勝手に起訴・拘留を決定したわけではなく、直属の上司の決裁をもらって実行しています。そのことは、そこに高度な技術諸形態である「噴霧乾燥機」を経済安保の「適性国」である中国に輸出したとして大川原化工機を何としてでも外為法違反で有罪にするということが、国家意志としてあったのではないかと思うのです。

ゆえに、起訴された会社が倒産寸前に追い込まれようと、起訴された会社幹部たちの中で死者が出ようとも、何の問題でもないのです。「国家意志」なのですから、それが〝正義〝なのですから。(つづく)

📝 はじめに――冤罪事件の概要

「大川原化工機事件」とは、まさに警視庁公安部と東京地検によって捏造された「冤罪事件」といえます。

社長ら3人の逮捕前の事前捜査

問題となったのは、大川原化工機が製造する「噴霧乾燥機(スプレードライヤ)」で、液体を高温のヒーターで乾燥させ瞬時に粉に加工するものであり、粉末コーヒーや粉ミルクなどの生産に使われるものです。大川原化工機は中国など海外にも販路を広げて、「噴霧乾燥機」のリーディングカンパニーとして国内トップシェアメーカーでした。

警視庁公安部(外事一課第五係)は2017年5月ごろから捜査を開始し、2018年10月、「噴霧乾燥機」は生物兵器の製造に転用可能であるとして、国の許可を得ずに中国に輸出したとする外為法違反容疑で、関係先を一斉に家宅捜索。大川原化工機の社員約50人が、延べ291回もの任意聴取を受けました。

3人の逮捕とその理由

2020年3月11日、生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥機(RL-5型)を経済産業省許可を得ずに、2016年6月2日にドイツ大手化学メーカーの中国子会社に輸出したことが外為法上の輸出管理規制に違反するとして、大川原化工機の社長ら3人が警視庁公安部に逮捕されました。その後、社長ら3人は、3月31日、外為法違反(不正輸出)として起訴されました。さらに、別の噴霧乾燥機(L−8i型)の大川原化工機株式会社の韓国子会社への輸出について、2020年5月26日に大川原社長ら3名の再逮捕および勾留請求がなされ、同年6月15日追起訴されました。

国際ルールの制定を受け、日本においては政省令が2013年に改正され(2013年10月15日施行)、噴霧乾燥機が規制対象に加えられました。省令(貨物等省令2条の22項5号の2)において定められた噴霧乾燥器の規制要件は、イ~ハの3条件です。これら3つの要件にすべて当てはまるときは、経産省の許可が必要となります。

問題にされたのは、このうちの「ハ」の条件です。

☞ハ 定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの

これは、扉を開けたり装置を移動したりせずに内部の滅菌・殺菌ができるもの、という条件のことです。

このことについて、高田弁護士は、次のように説明しています。

「定置した状態で内部の滅殺菌をすることができる噴霧乾燥器のみが規制対象とされるのは、定置した状態、すなわち装置を分解せずにそのままの状態で、内部の滅殺菌をすることができなければ、病原性微生物が製造者や外気に拡散して人が被爆する危険があり、生物化学兵器の製造用に安全に使用することができないからである。噴霧乾燥機による乾燥工程の際、製造された粉体の大部分は製品回収用のポットで回収されるが、装置内部に付着ないし堆積した粉体は回収されずに残る。細菌等の粉体を安全に繰り返し製造するには、製造された粉体のうち製品として回収されない全ての粉体に含まれる細菌等を、曝露させることなく殺滅することができなければならない。
そのため「定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの」のみが規制の対象とされているのである。

以上の趣旨からすると、『定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの』とは、粉体が洩れないように、分解せずに装置内部のすべての箇所を滅菌又は殺菌された状態にすることができるもの、を意味すると解される。」

さて、社員たちは、「噴霧乾燥器機」が国の輸出規制対象に当たらないことを証明するために、72回もの実験を繰り返しました。炭疽菌(たんそきん)などを製造するには、機械を扱う人が細菌に感染しないよう、内部の菌を熱で全て死滅させなければなりません。しかし、温度が上がりきらず菌が生き残る箇所があることが実験の結果、検証されました。乾燥室内およびサイクロンへのダクト部内に、内部温度等を測定する計器を挿入するための「測定口」と呼ばれる突起部位が存在し、非常に熱風が通りにくい構造であるため温度が特に上がりにくいデッドポイントになっているのです。つまり、「噴霧乾燥器機」が輸出禁止の条件には当てはまらない、ということが実験で証明されたのです。「噴霧乾燥器機」の設計者で、勾留中に亡くなった元相談役の相嶋さんも、2019年1月24日、任意の取調べを受けた際、「マンホール、覗き窓、温度計座、差圧計座および導圧管等極端に温度の低い箇所があるため、完全な殺菌はできない」、と供述していたとのことです。

このことは、しかし、実験するまでもなく、温度が上がらない箇所があることは、この業界では常識なのです。

無実を訴え続けた3人

2021年2月5日に保釈されるまでの間社長ら3人は一貫して無実を訴え、約1年間拘留され続けました。その間弁護人により5回(相嶋さんについては、7回)の保釈請求がなされたが、いずれも裁判所により却下されました。その理由は、いつも「罪証隠滅のおそれ」でした。技術者で元顧問の相嶋さんは拘留中に癌が発覚したのにもかかわらず、保釈請求が却下され続け「裁量保釈」も認められず、入院して適切な治療を受けることができませんでした。やっと「勾留執行停止」になり入院した時はすでに手遅れで、末期でした。3人の勾留から約9ヵ月たった2020年12月28日、いったん保釈が許可されましたが、5時間後に覆され、最終的に保釈が認められた2021年2月4日の3日後に、「被告」のまま無念の死をとげました。社長の大川原さんと元取締役の島田さんは、保釈条件に相嶋さんとの接触禁止があったため、相嶋さんの最期に立ち会うことができませんでした。

相嶋さんは、妻との面会時に、病気で苦しんでいるのに適切な治療が受けられず、日に日に弱っていく姿を目の当たりにした妻が、「ウソでもいいから『やりました』といって出てきたら?」と言ったことに対して、無言で返しました。弁護士から差し入れられた相嶋さんの「被疑者ノート」には、〝専門医にかかりたい〝〝すべて黙秘する。負けるな!〝と書かれていました。相嶋さんは、無実であることを訴え続け、信念を貫いた、不屈の人だったと思います。

初公判直前の「起訴取り消し」??

さらに、驚くべきことに、東京地検は、初公判の4日前の2021年7月30日、突如として、各噴霧乾燥機について「法規制に該当することの立証が困難と判断された」との理由から「起訴取り消し」を行いました。大河原化工機の「噴霧乾燥機」には熱風を吹き込んでも温度が上がり切らない箇所があり、それでは細菌が死滅しないため生物兵器の製造に使えないということが認められ、それが起訴の取り下げにつながった、ということです。

しかし、この「起訴取り消し」を行った当日は、公判前整理手続(※)によって、弁護側からの証拠開示請求に対して検察官が公安部と経産省とのやり取りを記した大量の捜査メモを、東京地裁に提出する期限日でした。裁判で、公開されては困ることが書かれていたのでしょううね。弁護団は、黒塗りでも構わない、と言ったそうなのですが……。

〔※裁判官検察官弁護人が初公判前に協議し、証拠や争点を絞り込んで審理計画を立てる。公開、非公開の規定はないが、慣例として大半が非公開。この制度の下では、争点整理に際しては十分に当事者が証拠の開示を受ける必要があることから、検察官および弁護人に一定の証拠開示義務が定められ、裁判所による証拠開示に関する裁定制度が設けられた。〕

この東京地検による「起訴取り消し」を受け、東京地裁は8月2日に公訴棄却を決定しました。まったく、許せない話です。

大川原化工機側が東京都と国を訴えた!

2021年9月8日、大川原化工機の社長、元取締役の島田さんや元顧問の相嶋さんの遺族らは、警視庁公安部による大川原氏らの逮捕、および検察官による起訴等が違法であるとして、東京都(警視庁)および国(東京地検)に対して、総額約5億6500万円の損賠賠償請求訴訟を提起しました。

国賠訴訟で現役捜査員が「捏造」を証言!

2023年1月から始まった裁判では、警視庁の関係者は捜査の正当性を主張することに終始。しかし、6月30日、高田弁護士によると、「本件は経産省がしっかりと解釈運用を決めていなかったという問題が根本にあるものの、公安部がそれに乗じて事件をでっちあげたと言われても否めないのでは?」という質問に答えて、濵崎警部補が、組織の捜査を「まあ、捏造ですね」と断言した、というのです。また、時友警部補は、「捜査幹部がマイナス証拠を全て取り上げない姿勢があった」、と証言しました。

その一方で、青ざめたであろう・彼らの上司の宮園警視(当時は警部)は「当時は着手すべき事件だった」、と捜査を正当化しました。

高田弁護士は、「起訴取り消し」を行った経緯について質問しました。それについては、「殺菌性能を証明できない。乳酸粉末菌の実験で殺菌できなかったから」という理由と、「法令解釈を裁判官に説明できない。メモ(捜査メモ)を読むと意図的にねじ曲げたと判断される」、ということだといいます。

▼**東京地裁の判決で、警視庁の逮捕、**東京地検の起訴を違法を認める!

2023年12月27日、上記訴訟の判決が東京地裁でありました。判決は、「必要な捜査を尽くさなかった」として、警視庁の逮捕、東京地検の起訴を違法と認め、都と国に計約1億6千万円の賠償を命じました。

以下に、NHKの報道内容を引用します。

「27日の判決で東京地方裁判所の桃崎剛裁判長は、警視庁公安部が大川原化工機の製品を輸出規制の対象と判断したことについて、『製品を熟知している会社の幹部らの聴取結果に基づき製品の温度測定などをしていれば、規制の要件を満たさないことを明らかにできた。会社らに犯罪の疑いがあるとした判断は、根拠が欠けていた』として違法な捜査だったと指摘しました。
逮捕された1人への取り調べについても、調書の修正を依頼されたのに、捜査員が修正したふりをして署名させたと認定し、違法だと指摘しました。
また検察についても、起訴の前に会社側の指摘について報告を受けていたことを挙げ、『必要な捜査を尽くすことなく起訴をした』として、違法だったと指摘しました。
勾留中にがんが見つかり、亡くなった相嶋静夫さんにも触れ、『体調に異変があった際に直ちに医療機関を受診できず、不安定な立場で治療を余儀なくされた。家族は、夫であり父である相嶋さんとの最期を平穏に過ごすという機会を、捜査機関の違法行為によって奪われた』と、被害の大きさについて指摘しました。
そのうえで、会社が信用回復のために行った営業上の労力なども踏まえ、東京都と国にあわせて1億6200万円余りの賠償を命じました。」

国と都が控訴、原告側も控訴!

この判決を不服として、国と東京都は1月10日に控訴しました。

一方、原告側も「捜査の悪質性について踏み込んだ認定がされなかった」として、同日、控訴しました。

判決では、「事件」が捏造である、とは認めませんでした。大川原化工機側は《日本が準拠する国際基準(オーストラリア・グループ=生物化学兵器転用を防止する国際取り決め)の殺菌の定義は「薬液による消毒」と決めている。問題にされた噴霧乾燥機はその機能がない》としましたが、判決ではその主張には触れませんでした。

※以上、マスコミ報道などをもとに、「捏造事件」の概要をまとめました。今後、冤罪を作らせないためにも、この「事件」をじっくりと考察していきたいと思います。

「警察が事件を捏造」した大川原化工機冤罪事件!

本日、国家賠償訴訟の控訴審始まる!

大川原化工機(株)は、生物兵器製造に転用できる装置を無許可で中国などへ輸出したとして、社長ら3人が約1年の勾留後、2020年3月起訴されました。しかし、その後、東京地検は起訴が取り消しました(2021年7月)が、社長らは、そのことを知らずに被疑者のまま長期拘留の末病死した、技術者で元顧問・相嶋さんの無念をも胸に、損害賠償を求めて国と都を国家賠償請求を起こしました(2021年9月)。昨年12月27、東京地方裁判所は、被告の国と東京都に対して約1億6200万円の支払いを命じる判決を出しました。

この判決を不服として、2024年1月10日、被告の国と東京都、原告の大川原社らは双方ともに控訴しました。

この控訴審の第1回口頭弁論が、本日、東京高等裁判所で開かれました。

産経新聞はウェブ上で、「社長側は、警視庁公安部が立件目的で輸出規制を所管する経済産業省に見解を曲げさせたとし、捜査の悪質性に関する1審の認定は不十分だと指摘した。国や都は当時の捜査は適法だったとして社長側の控訴棄却を求めた。」と伝えています。

この大川原化工機冤罪事件は、NHKクローズアップ現代でも取り上げられましたが、担当弁護士のアドバイスを受け、1年近くの勾留の間、終始黙秘を貫いた3人の役員たちは立派だと思います。そして、まともな医療行為を受けられずに保釈申請を蹴られてガン治療が遅れ、死亡した相嶋さんへの蛮行は、家族ではなくとも悔しくてなりません。

それにしても、司法の闇は、戦前のように恐ろしいものがあることを、この事件は顕わにしている、と思います。そして、この3人の逮捕・起訴の背景には、「特別安保保護法」とリンクする「経済安保推進法」および「重要経済安保保護法」の成立があるのだ、ということを忘れてはならないと思います。後日、大川原化工機冤罪事件については、じっくり考察していくつもりです。

2024年5月10日、「特定秘密保護法」(2014年12月施行)が監視対象とする国の安全保障に関する機密情報(防衛、外交、スパイ・テロ防止の4分野に限定)の保全対象を経済安全保障分野にまで広げる「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」(※以下、「経済安保情報保護法」とします)が、参議院本会議で自民・公明・立憲民主・国民民主党日本維新の会の賛成をもって、可決・成立しました。

☞この法案は、政府が基幹インフラや重要物資のサプライチェーン(供給網)などに関し、漏れると安全保障上、支障がある機密情報を重要経済安保情報に指定。その取り扱いを、国が適性を認めた人のみが情報を扱う「セキュリティー・クリアランス(SC=適性評価)」制度を導入し、漏えいした場合、最長5年の拘禁刑などを科すもの。「特定秘密保護法」と一体運用され、より機密性の高い情報は同法の指定対象(最高、懲役10年)となる、というものです。そして、機密漏えいに刑罰を設けながら、何が機密情報の対象となるのかの情報を事前に明かさない、という仕組みになっている代物です。

国会審議では個人の性的関係も調査対象になることが、高市経済安全保障担当大臣が質問に答える形で明らかにしました。

親類や友人の政治傾向まで探られかねないという強権的な手法はプライバシーの侵害どころではありません。これこそ、「新たな戦前」である、といえます。「SC=適性評価」は任意となっていますが、これを拒否することによる人事上の不利益を禁じる法的保障は法には明記されず、事実上の強制となります。

故に、そのことは〔身辺調査の対象になった人たちのプライバシーが侵される〕という問題ではもはや済まされず、国策に従順に従わないのならば、職場などからも排除し、生活の糧すら奪っていく、強権的な内容をはらんでいる、といえます。

☞さて、連日、マスメディア総体を動員し大宣伝を行い、自民党派閥裏金事件に国民の目を釘付けにさせたそのスキに、「特定秘密保護法」の適用対象(=監視対象)を一挙に拡大する意味合いをもつ悪法がまんまと成立してしまったのです。多くの市民団体がこの法案の成立に危機を表明し反対してきましたが、「連合」指導部は、「法整備の必要性には理解を示せる」として反対運動を組織してきませんでした。そのうえ、「本制度を健全に運用する上で最も重要なのは、附帯決議にあるとおり、労使間の適切なコミュニケーション」であるとし、労働者を上記のような不利益から守れる、と開き直っている始末です。

☞そもそも「SC=適正評価」制度は、2022年5月に成立した「経済安保推進法」に盛り込もうとしましたが、反対の声が大きく、審議が難航しました。「経済安保推進法」自体が中国・ロシアとの経済活動を排除するために民間企業の動きを国が監視する法律で、批判が根強かったからです。そのため、当時の政府は、同法案の必要性に理解を示しながらも、企業の経済活動に国の関与が強まるとして追及姿勢だった立憲民主党、国民民主党日本維新の会を修正協議(※1)で抱き込み、「経済安保推進法」本体を急ぎ成立させ、「SC=適正評価」制度の部分は先延ばしにしたのです。そして、昨年2月に有識者会議を設置し、法案提出時期を窺っていた、というわけです。そして、政府は、自民党派閥裏金問題に国民の目が釘付けにされていたそのスキに、5党(自民・公明・立憲民主・国民民主党日本維新の会)の協力により、「経済安保情報保護法」を可決・成立させたのです。

※1修正協議の結果は、付帯決議として「事業者の自主性を尊重」などの文言が盛り込まれました。付帯決議には、法的拘束力はありません。

「経済安保」をかかげた 「経済安保情報保護法」の背景にあるものは何か?

高市経済安保相は、常々、主要国の多くがすでに同様の制度を持っており、国際共同研究や技術開発の入札等で、日本企業が不利にならないためにも、国際水準に合わせた情報保全制度の整備が急務だと訴えていました。

経団連日本商工会議所は、「軍事転用可能な民生技術の獲得競争が激化するとともに、国家を背景としたサイバー攻撃の頻度が増す中、経済・技術分野においてもセキュリティ・クリアランス制度を創設することなどにより、わが国の情報保全を強化する必要がある。また、セキュリティ・クリアランスは、企業が国際共同研究開発等に参加する機会を拡大することにも資することから、わが国の戦略的優位性・不可欠性の維持・確保にもつながり得る。」と基本的に歓迎する立場です。しかし、「経済界としては、既存制度と併せて企業ニーズの受け皿として有効に機能することを確保する観点から、必要に応じて意見していく所存である。」と釘をさしています。

高市経済安保相は、「(「特定秘密保護法」を成立させた)安倍総理からの宿題」と公言し、「適性評価」の導入を目指してきましたが、その究極の目標は米国など同盟国との軍事情報を共有し、国際的な兵器ビジネスに本格参入する方向へと向かっているように思われます。

この「経済安保情報保護法」で浮き彫りになってくるのは、国が罰則付きで監視する〝特定秘密〝を「軍事・防衛関連」だけではなく、インフラや生活関連物資にまで拡大し、こうした情報もいずれは機密資格を持つ有資格者以外には秘密にしてしまう、という内容です。ちなみに「経済安保推進法」に基づき安定供給を図る「特定重要物資」としては、これまで12分野(抗菌性物質製剤、肥料、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機の部品、半導体、蓄電池、クラウドプログラム、天然ガス、重要鉱物及び船舶の部品、先端電子部品)を政令で指定しています。また、「経済安保推進法」に則って国が企業を審査(サイバー攻撃対策等)する「基幹インフラ」対象には、すでに210事業者(東京電力ホールディングスやNTTドコモ日本郵便JR東日本三菱UFJ銀行等)を指定しています。5月17日、「基幹インフラ制度」の運用が開始し、こうした事業者を含めて、「適正評価」という名の身辺調査を求められる対象が大幅に広がるのは必至だと思います。

しかし、「経済安保推進法」や「経済安保情報保護法」の背景にあるものは、いったい何なのでしょうか?

岸田首相が、この4月の日米首脳会談に手土産としたのは、「経済安保情報保護法」の衆議院で可決した事実です。NHKは、4月11日、「アメリカを訪れている岸田総理大臣はバイデン大統領と会談し、自衛隊アメリカ軍の指揮・統制の向上など、防衛協力を深めるとともに、経済安全保障や宇宙など幅広い分野での連携強化を確認しました。また地域情勢をめぐり、中国の力と威圧による行動に強く反対していくことで一致しました。」と伝えています。岸田首相の持参した手土産が、実に功を奏しています。

☞ところで、世界市場で劣勢に立たされている米国は、中国系のITを米国経済から排除するために、ファーウェイ、ZTE、ハイクビジョン、ダーファ・テクノロジー、ハイテラの5社を指定し、第1弾の規制として、2019年に政府調達においてこの5社の利用を禁止し、納入させないこととしました。そして、翌2020年には、第2弾の規制として、5社とその関連企業の製品を使う企業が米国政府と取引することを禁止しました。この第2弾の規制開始の数日前に、米国のクラック国務次官はテレビ会議で日本を代表する通信企業6社―NTT、KDDIソフトバンク楽天富士通―を呼び出して、「企業の諜報活動を支援している中国に対抗し、われわれは協力し合って、信頼できるネットワークを構築しなければならない」と訴え、第5世代移動通信システム(5G)のネットワークから排除することを強く求めたといいます(ダイヤモンドオンライン 2024.09.28)。

政府は、このようなことは、全く国民に知らせようとはしませんが、「経済安保推進法」や「経済安保情報保護法」の背景には、米国の軍事戦略とリンクした経済戦略があり、米国の先端技術を世界で打ち勝つためのものにする、そのために日本に協力を求めている、ということがあるのだと思います。そして、これらの法案の成立の背景には、米国と中国・ロシアとの対抗的・軍事的角逐の激化があるのだ、ということを見逃してはならないと思います。

(2024.05.31)