昭和100年に考える、「ビー・バップ・ハイスクール」と不良映画史 (original) (raw)
「ビーバップ」はなぜ“昭和の不良”の象徴になったのか?
2025年12月19日 17:00 12
映画「ビー・バップ・ハイスクール」が、1作目の劇場公開から40周年を迎えた。「ビーバップ」以前にも以後にも、不良映画は数多く存在する。しかし現在、多くの人々が“昭和の不良”と聞いてイメージするのは、「ビーバップ」に登場する不良の姿ではないか、と唱えるのが、ヤンキーマンガ研究の第一人者であるライター・森田真功だ。ではなぜ「ビーバップ≒昭和の不良」たりえるのか。昭和100年を機に、さまざまな不良映画と比較をしながら考察してもらった。
文 / 森田真功
目次
- 「ビーバップ」以前の不良映画は、番長こそが不良の象徴だった
- 「ビーバップ」が導き出した不良のイメージには、硬派と軟派がミックスされている
- 反体制的なテーマも、反社会的なテーマも背負っていない
- 学ランを着た不良映画としての必然性が際立つ1作目
- 「ビーバップ」の功績は、「昭和」の魅力を雄弁に語り続けていること
- PrimeVideoチャンネル「東映オンデマンド」にて「ビー・バップ・ハイスクール」全6作品配信中
「ビーバップ」以前の不良映画は、番長こそが不良の象徴だった
今年、2025年の12月、映画「ビー・バップ・ハイスクール」が公開40周年を迎えた。きうちかずひろによる原作は不良マンガの金字塔だが、その実写化である劇場版も大成功を収めた。結果、不良映画の金字塔になったといえるのである。平成をまたいで令和へと至った今日、“昭和の不良”と聞いて多くの人々がイメージするのは、おそらく「ビー・バップ・ハイスクール」に描かれている不良たちの姿であろう。さらにいえば、そのイメージは実際に「ビー・バップ・ハイスクール」を体験していない若い世代にも継承されているように感じられる。この意味で“昭和の不良”と「ビー・バップ・ハイスクール」は切っても切り離せない関係にある。
ところで、ご存知だろうか。昭和100年という提言がある。1926年の12月25日にスタートした昭和がもし現代にまで続いていたら、2025年の今年がちょうど100年目の年にあたるという。先般、「2025年新語・流行語大賞」の一つにも「戦後80年 / 昭和100年」 としてノミネートされている。来年、2026年を昭和100年に置く場合もあるけれど、このへんは昭和元年がたった1週間しか存在しなかったことや年数をいかにカウントするかなどの事情が関係しているのかもしれない。いずれにせよ、昭和100年という節目と映画「ビー・バップ・ハイスクール」の公開40周年という節目とが、おりよく重なっていることに驚かされてしまう。なんて偶然なんだろう。
もしも昭和100年という提言を土台にして考えるなら、後半に入ってからの40年間、「昭和の不良」のイメージは「ビー・バップ・ハイスクール」における不良たちの姿を雛型にしながら継承されてきた。もちろん、「ビー・バップ・ハイスクール」以前にも不良を題材にした映画はたくさんあった。ここでは映画史を深く掘り下げたり、細かく噛み砕いたり、広く目を配ったりはできないが、「不良番長」シリーズ(主演:梅宮辰夫 / 1968年~1972年)や「非情学園ワル」シリーズ(主演:谷隼人 / 1973年~1974年)、「男組」シリーズ(1作目主演:星正人、2作目「男組・少年刑務所」主演:舘ひろし / 1975年~1976年)などが、1980年代の「ビー・バップ・ハイスクール」に直近な有名どころとして挙げられる。
たとえば「不良番長」あたりはそのタイトルに明らかだが、上記の作品では「番長」と呼ぶに相応しい存在こそが不良の象徴であり中枢であった。世間の目からはアウトローに映る一方、権力に屈しない心の強さがあり、ならず者をまとめ上げるリーダー・シップがあり、逆境を跳ね返してみせるだけの腕力がある。反体制的なテーマとヴァイオレンスの美学とを地でいくかのような主人公が学ラン(学生服)を着ている。正しく「番長」らしいスケールの大きさが物語そのものの方向性を担っていたのである。こうした系統の作品が1970年代頃には多く作られた。当時の不良映画にとっては、いわばメインストリームだった。
「ビーバップ」が導き出した不良のイメージには、硬派と軟派がミックスされている
1970年代の不良映画におけるメインストリームが「番長」によって象徴されているとしたら、それを上書きし、オールドスクールの彼方へ追いやったのが何を隠そう1985年に公開された「ビー・バップ・ハイスクール」である。何が新しかったのか。「ビー・バップ・ハイスクール」のどこがニュースクールだったのか。
学ランを着た不良映画としては「不良番長」シリーズから「ビー・バップ・ハイスクール」までは地続きである。しかし、時代背景は当然のこと、ルックスも異なれば、物語そのものの方向性も完全に違っている。リーゼント、ソリコミ、長ラン、短ラン、ボンタン、「ビー・バップ・ハイスクール」にとって学ランをベースにした自己アピールは、必ずしも苛烈な生き様を体現しているのではない。もちろん、応援団のように質実剛健な態度を誇示しているわけでもない。文字通りのファッションであって、あくまでもオシャレなのだ。実際、「ビー・バップ・ハイスクール」の主人公であるトオル(中間徹)とヒロシ(加藤浩志)は、どちらがオシャレなのかを競い合ったりもする。
トオルとヒロシの目指しているかっこよさとは、一つにケンカが強くならなければならないというものである。それともう一つに女性からモテなければならないというものがある。前者はともかく、後者は1970年代の不良映画では美徳とならないことがほとんどであった。そんなのは硬派じゃないぜ、と受け入れ難かったのだろう。反面、ルックスを含め、「ビー・バップ・ハイスクール」が導き出した不良のイメージには、硬派と軟派のテーマがごしゃごしゃにミックスされている。1980年代は、ラブコメの時代でもあった。トオルとヒロシの間にヒロインである泉今日子を挟んだ三角関係の構図は、原作よりも実写化で色濃くされた要素だ。
確かに、実際の不良をエキストラに採用したという物騒なエピソードは有名であるし、出演者がとにかく体を張ったというド派手なアクション・シーンの連発はエキサイティングである。これらが映画「ビー・バップ・ハイスクール」の魅力をもう片方から支えているのは間違いない。でも、ケンカばかりじゃ疲れちゃうよ、みたいな抜けの良さが、ヴァイオレンスにいきすぎない軽さ、そして、明るさをもたらしている。これは以前の不良映画には乏しかったものであり、「ビー・バップ・ハイスクール」がニュースクールになりえた理由の一個になっていると思う。
反体制的なテーマも、反社会的なテーマも背負っていない
時代背景の話を少ししたい。1960年代以降、高校への進学率は加速的に上昇していく。大学への進学率もそれに比例して右肩上がりとなっていく。進学率が上昇曲線を描き続けている真っ只中、1980年代に出てきたのが「ビー・バップ・ハイスクール」である。トオルとヒロシが通う私立愛徳高校では、偏差値によって生徒のクラスが分けられている(学力カースト制度)という設定は、確実に当時の学歴社会を踏まえている。トオルとヒロシは不良だけれど、学校や社会からドロップ・アウトした人間ではない。勉強ができないという意味では落ちこぼれてはいる。それでも学校や社会の中で日常を送ることの楽しさをちゃんと探り当てている。落ちこぼれならではの矜持をひょうひょうと示してみせたところに「ビー・バップ・ハイスクール」の(当時の段階では真新しくあった)特異性を見つけられるのだ。
不良の身でありながら、1960年代や1970年代の不良映画によくある反体制的なテーマを背負っていないし、1990年代から今日にかけての不良映画によくある反社会的なテーマも背負っていない。現代ではどこかユーモラスである“昭和の不良”のイメージと「ビー・バップ・ハイスクール」とが密接に繋がっている最大の理由は、ここなのではないか。
トオルとヒロシは「番長」ではない。傍目には「番長」に見られているかもしれないが、「番長」になりたくはない。「番長」は、ださい。「番長」が古臭いものとなり、一般的に不良が「ツッパリ」と呼ばれていた時代の不良だ。今日では不良を総じて「ヤンキー」と称したりもする。が、「ヤンキー」が汎用化されるのは「ビー・バップ・ハイスクール」よりもう少し後の時代になってからである。
厳密なカテゴライズがあるわけではないけれど、「ツッパリ」をモチーフにしていたのが「ビー・バップ・ハイスクール」だとしたら、「暴走族」をモチーフとしたのが「湘南爆走族」(主演:江口洋介 / 1987年)である。「ビー・バップ・ハイスクール」が学ランを着た不良映画だとするなら、「湘南爆走族」は特攻服やスカジャンを着た不良映画だといえる。不良映画における「暴走族」の系譜もまた「湘南爆走族」以前にまで遡れる。一方、「東京リベンジャーズ」シリーズ(主演:北村匠海 / 2021年~2023年)や「OUT」(主演:倉悠貴 / 2023年)など、近年も脈々と続いている。現代の不良映画である「東京リベンジャーズ」や「OUT」には、先述したように反社会的なテーマや「半グレ」の存在が見え隠れしている。これは「ビー・バップ・ハイスクール」と同様「湘南爆走族」の頃にはなかったものだ。
学ランを着た不良映画としての必然性が際立つ1作目
ここまで挙げてきた作品の大半がそうであるように、今も昔も不良マンガの実写化は不良映画にとっての大きな柱だが、なかでもやはり「ビー・バップ・ハイスクール」をマイルストーンのごとく評したくなるのは、そのヒットがいくつもの影響と派生とを生んでいったためである。
代表格は「今日から俺は!!」シリーズ(主演:三橋貴志、中倉健太郎 / 1993年~1997年)だろう。そもそもはVシネマからはじまった作品だが、1994年には劇場版も公開された。「ビー・バップ・ハイスクール」を彷彿とさせるバディものであり、ラブコメがあり、学ランを着た不良映画の系譜に連なる。特筆すべきは、平成を舞台に「番長」も「ツッパリ」も「ヤンキー」と呼ばれる不良へと統合されている点だ。後年、TVドラマから劇場版に発展した「今日から俺は!!」シリーズ(主演:賀来賢人、伊藤健太郎 / 2018年~2020年)も存在しているけれど、それとは別の「今日から俺は!!」である。とはいえ、どちらが「ビー・バップ・ハイスクール」のフォロワーもしくはパロディとしての機能性が高いかというと、2018年以降の側だろう。要するに、時代を下ってから出てきたシリーズの方が「昭和の不良」というイメージに引っ張られているのだった。それだけ“昭和の不良”というイメージの訴求力は強い。
複数のシリーズが存在するのは「今日から俺は!!」だけではない。人気の高い不良マンガは繰り返し実写化される傾向がある。近年でも田中宏のマンガ「BADBOYS」が「BADBOYS -THE MOVIE-」(主演:豆原一成 / 2025年)として3度目の実写映画化を果たしている。そもそも「ビー・バップ・ハイスクール」でさえ、1985年の第1作、続く「高校与太郎哀歌」(1986年)、「高校与太郎行進曲」(1987年)、「高校与太郎狂騒曲」(1987年)、「高校与太郎音頭」(1988年)、「高校与太郎完結篇」(1988年)と6本の作品を経て、見事なフィニッシュを収めたのち、それとは別のシリーズが次々と作られている。原作者のきうちかずひろ自身が監督を務めた劇場版(1994年)のほか、Vシネマ版第1期(1996年~1997年)、Vシネマ版第2期(1997年~1998年)、TVドラマ版(2004年、2005年)などである。
1985年の「ビー・バップ・ハイスクール」を皮切りとした最初のシリーズが、正しく「昭和の不良」を切り取った昭和の時代の不良映画だったのに対し、1990年以降のシリーズは、どれも平成の最中に発表されている。不良を「ツッパリ」ではなく「ヤンキー」と呼ぶことが定着していった時代の作品だといえる。制作陣の意図もあるのだろうが、おのずとカラーが違ってくる。原作が一緒なのだから方向性に大きな差異はないだろう、ということに案外なっていかない。観比べてみるのも楽しい。が、学ランを着た不良映画という必然性に関しては、最初のシリーズ、とりわけ第1作の「ビー・バップ・ハイスクール」が際立っている。後年になればなるほど、学園生活の賑やかさをどう描くかよりも丁々発止の抗争劇をいかにエスカレートさせるかが重要視されてくるのだ。
もちろん、丁々発止の抗争劇は不良映画に決して欠かせないファクターではある。2000年代以降、学ランを着た不良映画としては、「クローズZERO」シリーズ(主演:小栗旬 / 2007年~2009年)「クローズEXPLODE(エクスプロード)」シリーズ(主演:東出昌大 / 2014年)及び「HiGH&LOW THE WORST」シリーズ(主演:川村壱馬 / 2019年~2022年)が、エスカレートするバトルとアクションとを主軸にヒットを飛ばしている。「HiGH&LOW THE WORST」は「HiGH&LOW」というシリーズと不良マンガのコラボレーションで、そのためか学園生活はかなり荒んでおり、反社会的なテーマや「半グレ」との対決を余儀なくされている。令和の時代の不良映画として「東京リベンジャーズ」の横に並べてみるなら、はっきり「ヤクザ」と名指されない反社会的な人間は外せない存在なのだろう。
「ビーバップ」の功績は、「昭和」の魅力を雄弁に語り続けていること
学ランを着た不良映画の系譜は今も「WIND BREAKER/ウィンドブレイカー」(主演:水上恒司 / 2025年)へと続いている。が、「WIND BREAKER」の学ランなどはもはや自警団のユニフォームみたいなものである。「番長」の頃の学ランとも「ツッパリ」の頃の学ランとも意味合いが変わってきているように感じられる。学ラン学ランと話を進めているものの、ここ最近では学ランを制服に定めている学校は減っているという。そのような今日性を反映しているものとして「Gメン」(主演:岸優太 / 2023年)が挙げられる。外観はブレザーだが、中身はしっかり「ビー・バップ・ハイスクール」と地続きの学ランを着た不良映画となっている。余談になるけれど、少女マンガを原作とした映画に出てくる不良のほとんどはブレザー派である。時代は変わるし、流行は移り変わる。
1989年は昭和64年(昭和最後の年)と平成元年(平成最初の年)を含意している。そう考えると、昭和60年(1985年)から昭和63年(1988年)にかけて発表された「ビー・バップ・ハイスクール」の最初のシリーズは、どちらかというと平成の時代に近い不良映画にあたるはずである。しかしながら不思議なことに「ビー・バップ・ハイスクール」の中に生き生きと描かれている不良の姿を目にするたび、これが“昭和の不良”だぞ、と思わされてしまう。
今年が昭和100年だという提言がある。おそらく「昭和」のレガシーが微塵も残っていなかったなら、こうした提言は出てこない。同じく今年、「ビー・バップ・ハイスクール」が40周年を迎えた。この40年間の大部分は、つまり本来の昭和が終わってから流れていった時間でもある。廃れたものもある。失われたものもある。反面、廃れたり失われたりしたことで、かえって価値を高めていったものもある。たとえば“昭和の不良”が、そうであろう。40周年を迎えたことであらためて「ビー・バップ・ハイスクール」が振り返られる機会は増えていくに違いない。そこではたと気づかされる場面があるかもしれない。「ビー・バップ・ハイスクール」が残した功績を一つ加えるなら、それは不良映画の姿を借りながら「昭和」の魅力を雄弁に語り続けていたことでもあった。
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