東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.2 (original) (raw)

東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.2

東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.2[バックナンバー]

3500円以上する演劇は“非小劇場演劇”

索引「3500円の壁 / チラシ / 折り込み」

2023年10月25日 18:00 19

辞典とは、言葉や漢字を集め、一定の順序に並べ、その読み方・意味・語源・用例などを解説した書(「広辞苑」より)。1960年代に小劇場と呼ばれる演劇シーンが立ち上がってから約半世紀超、小劇場を愛する演劇人や観客たちが独自の文化を形成してきた。「東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典」では、小劇場で使用されるさまざまな演劇用語を、岸田國士戯曲賞受賞作家の東葛スポーツ金山寿甲が新たな角度で解釈。今回は「3500円の壁」「チラシ」「折り込み」について解説する。

まえがき

演劇には演劇用語がある。医学には医学用語があり、数学には数学用語があり、哲学には哲学用語があるのと同様である。そして、医学を怪しむためには医学用語を、数学をせんさくするためには数学用語を、哲学をもてあそぶためには哲学用語を知っておいた方がいいように、演劇とおつきあいするためには演劇用語を知っておいた方がいい。

……というまえがきから始まるのは2003年に出版された別役実著「うらよみ演劇用語辞典」です。小劇場には小劇場用語があります。小劇場とおつきあいするためには小劇場用語を知っておいた方がいいですし、知っておいていただくことで望まないおつきあいをしなくても済むのかと思います。

索引「3500円の壁 / チラシ / 折り込み」

・3500円の壁(さんぜんごひゃくえんのかべ)

パートタイム労働者の皆さまに103万の壁、106万の壁、130万の壁という年収の壁があるように、小劇場にも3500円の壁というチケット代の壁があります。と僕は頑なに思っています。僕は前売り3500円以上する演劇を小劇場演劇だと思っていません(無料や投げ銭なども)。だいぶ前ですが、某芸能事務所の前代表とお話しした際、僕が「演劇は儲かりませんからね」と軽口を叩くと、その方が「演劇は儲かるぞ。だって1万円だって言えば1万円になるんだから。演劇の値段は自分で決められるんだよ」と仰っていました。僕は自分の演劇を前売り3500円と決めています。3500円で観られる面白い演劇を目指しています。なので経費で足が出た分は自分で被ります。そこを工夫で解決できなかった(したくなかった)自分の問題ですので、お客さんのチケット代に乗せて徴収する気はありません。ただ、自分で観に行く場合は全く逆で、芸能人が出てくる1万円以上する演劇を絶対的に観ます。

・チラシ(ちらし)

ペーパーレス化が進む世の中において、時代に逆行し大量の紙を消費し続けている小劇場界のチラシ文化。今も尚、なぜ宣伝手段の王道がチラシなのかというと、顧客層に確実にリーチできるからです。小劇場のお客さまは、小劇場の客席にしかいないのです。小劇場演劇のお客さまは以下の3種類に分けられます。

(1)年間100本以上ご覧になるジャンキー層。

(2)人気劇団やそこから派生する公演には足を運ぶライト層。

(3)評判のいい公演だけを観に行く失敗したくない層。

僕はこの(1)(2)(3)のお客さまの総数を、都内近郊で5000人と見積もっています。小劇場はこの5000人に支えられ、そしてこの5000人の取り合いをしているに過ぎないのです。余談ですが、僕が主宰する東葛スポーツでは、数年前からチラシを廃止致しました。

・折り込み(おりこみ)

チラシですが、チラシには足が生えていて劇場の客席まで自分で歩いて行ってくれるというものではありません。折り込みという儀式にも近い工程を経てお客さまのお手元まで届きます。折り込みには、(1)折り込み(2)一斉折り込み(3)折り込み代行という3つのパターンがあります。まず(1)が通常パターンで、劇場で行う折り込みです。折り込みの束にひたすら自分の公演のチラシを折り込んでいきます。動員800人の公演であれば800の折り込み束に折り込みます。公演を主催する劇団に予約を取り、指定された時間内(30分程度)に行います。折り込みのルールとして、必ず束の一番後ろに自分のチラシを折り込みます。お客さんは前から順番にチラシを見ていくので、予約の順番が遅いと後ろになってしまい自分が折り込んだチラシに到達する前に上演が開始してしまう恐れが生じます。こまばアゴラ劇場での思い出ですが、折り込んでいるとカレーのいい匂いが漂ってきたりします。事務仕事をされている青年団の皆さまが召し上がるためのものだと思うのですが、「よかったらカレーいかがですか?」と声をかけられたら何と言って断れば失礼にあたらないのかとヒヤヒヤしてしまうのです(他人の作るカレーが苦手なもので)。実際に声をかけられたことはありません。

(2)の一斉折り込みは集団で行う折り込みのことで、これが一番厄介です。各公演のチラシがずらりと積んであり、順番に1枚ずつ取っていくと一つのチラシ束が完成するというやり方です。それを数人でグルグルと回りながらシステマティックに行うのですが、当然ながら作業の速度に個人差が出てきます。これを本職にした方がいいんじゃないの?と思わせるような、妙にチラシ束を作るのが速い人がいたりして、遅い人のケツを追い回しプレッシャーをかけたりします。遅い人は慌てるので1枚ずつのところを2枚取ってしまったりします。たまにチラシ束に同じチラシが2枚入っているのはそのせいです。出演役者がこの折り込み作業を兼務することも多いのですが、定説として「折り込みが速い役者の芝居はつまらない」というものがあります。

(3)はビジネスライクにお金で解決するというパターンで、この全ての作業を業者に代行していただきます。詳しくはネクストさんのホームページをご覧下さい。

しかし、1枚1枚に念を込めながら何千何百枚ものチラシを折り込んだ経験が確実に今につながっていると思います。二度とやりたくないですが。

金山寿甲 プロフィール

脚本家・演出家。演劇ユニット・東葛スポーツ主宰。ラップやサンプリングなどヒップホップからの影響と、俳優が本人役で出演するなどリアルとフィクションが交錯する作風が特徴。2023年、「パチンコ(上)」で第67回岸田國士戯曲賞を受賞した。

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