東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.4 (original) (raw)

東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.4

東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.4[バックナンバー]

悪口で声帯を酷使

索引「声 / 再演 / 上演時間」

2024年1月10日 18:00 9

辞典とは、言葉や漢字を集め、一定の順序に並べ、その読み方・意味・語源・用例などを解説した書(「広辞苑」より)。1960年代に小劇場と呼ばれる演劇シーンが立ち上がってから約半世紀超、小劇場を愛する演劇人や観客たちが独自の文化を形成してきた。「東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典」では、小劇場で使用されるさまざまな演劇用語を、岸田國士戯曲賞受賞作家の東葛スポーツ金山寿甲が新たな角度で解釈。2024年の幕開けを飾る今回は、「声」「再演」「上演時間」について解説する。

まえがき

演劇には演劇用語がある。医学には医学用語があり、数学には数学用語があり、哲学には哲学用語があるのと同様である。そして、医学を怪しむためには医学用語を、数学をせんさくするためには数学用語を、哲学をもてあそぶためには哲学用語を知っておいた方がいいように、演劇とおつきあいするためには演劇用語を知っておいた方がいい。

……というまえがきから始まるのは2003年に出版された別役実著「うらよみ演劇用語辞典」です。小劇場には小劇場用語があります。小劇場とおつきあいするためには小劇場用語を知っておいた方がいいですし、知っておいていただくことで望まないおつきあいをしなくても済むのかと思います。

索引「声 / 再演 / 上演時間」

・声(こえ)

「俳優が声を枯らすのは感情で伝えていないから。喉を使って台詞を発しているだけで感情から湧き出したものじゃないから。感情のままに伝えようとすれば声が枯れるはずはないの。その証拠に、赤ん坊はあんなに大声で泣いたり喚いたりしても声が枯れないでしょ?」と、とある大女優が新橋演舞場かどこかの楽屋で仰ったという都市伝説にも近い逸話が、楽屋楽屋を伝わり僕の耳にまで届きました。随分と医学的な見地が置き去りにされているようにも思いますが、大女優が仰ったと聞くと納得してしまいます。

レコーディングエンジニアのニラジ・カジャンチさんという、その世界ではトップオブトップの方がYouTubeで話していたのですが、日本語と英語の両方で歌うバイリンガルのシンガーと仕事をする際に、日本語で歌うときは歌っているとき以外のコミュニケーションを全て英語で行い、英語で歌うときは歌っているとき以外を全て日本語で行うのだそうです。日本語で歌い世間話も日本語で行うとなると、同じ領域の声帯を酷使してしまい声が枯れてしまうのだそうです。このニラジさんの方法により、バイリンガルのシンガーたちは喉に必要以上の負担をかけることなくレコーディングを行えたのだそうです。

僕が主宰する東葛スポーツでは、舞台上でよそ様の演劇の悪口を散々言うのですが、楽屋に帰っても同じようにずっと悪口を言っています。同じ領域の声帯を酷使してしまっているので、東葛スポーツに出演している役者さんは一様に声が枯れています。

・再演(さいえん)

再演とはテレビにおける再放送と同じで、過去に上演した演劇を再上演することを指します。僕個人的な思いとしては、自身の過去作を再度上演するということに全く関心がなく、今後行うこともないかと思うのですが、再演ということについて深く考えることとなる出来事がありました。

昨年10月に息子と2人で北海道旅行に行ったときのことです。登別駅でタクシーに乗り込むと息子が「このタクシー乗ったことある」と言うので、僕が「?」と考えていると、運転手さんに「やっぱりそうですよね。前に乗せましたよ」と言われ記憶が蘇りました。実は昨年5月にも息子と2人で登別を訪れており、その際にも登別駅でこの運転手さんのタクシーに乗ったのでした。「小さい町でタクシーの台数も少ないから」と運転手さんは話していましたが、5月のときにホテルで呼んでもらったタクシーもこの運転手さんだったのです。昨年5月と10月に登別で乗ったタクシー3回(この時点で)、全てこの運転手さんでした(ご縁だと感じ、帰りもお願いしようと思ったのですが、新千歳空港までのロングのお客さんの先約があり、叶いませんでした)。

ところで、「なんで半年のうちに2回も登別に行ってるの?」とお思いのことでしょう。息子が登別にある登別伊達時代村というテーマパークが大好きだからです。時代村内には芝居小屋があり、5月と10月の旅行でいずれも訪れたのですが、ここで観た女ねずみ小僧の演目の、判で押したような再演ぶりには大変驚かされました。外国人観光客に向けたアドリブ調のやり取りまで、VTRを観ているように徹底したもので、客席にいる僕と息子を含め5カ月前にタイムスリップしたような気持ちになりました。そして、タクシーに始まりこの旅行そのものが、僕たち親子を演者とした“登別劇場”の再演だったのではないかという不思議な気持ちになりました。

・上演時間(じょうえんじかん)

小劇場のお客さまは上演時間に大変シビアです。上演時間を事前に告知しないようものならすぐに問い合わせが参ります。上演時間を知ったうえで観劇するというのは、作品と向き合ううえでいかがなものなのでしょう。終盤のいい場面でも「あと20分あるからもうひと展開あるぞ」などと要らぬタイムキーピングをしてしまいます。上演時間自体がネタバレ要素を孕み、純粋な観劇体験の妨げにもなり得るのです。

にもかかわらず、なぜ小劇場のお客さまは執拗に上演時間を知りたがるのでしょう。“ハシゴ”です。小劇場演劇を年間150本以上ご覧になるコアなお客さまにとって、週末は観劇数を稼げる絶好の機会です。1日1公演観ているようではとても追いつきません。土日で3~4公演はノルマ、猛者ともなれば5公演という“固め見”をします。あの公演とこの公演をどうハシゴして観劇パズルを完成させるか。KAAT神奈川芸術劇場の終演時刻が16時半で18時開演のこまばアゴラ劇場、間に合うのか間に合わないのか。それはもう西村京太郎トラベルミステリーです。

さて、上演する側において、上演時間というのはどのように決められているかご存知でしょうか。東葛スポーツの場合は僕の排尿の間隔です。小劇場演劇では人件費削減の観点から持ち場を兼務している場合が多く、作・演出を担当する僕は映像のオペレーションも兼務しています。僕の排尿の間隔が年々短くなっており、セーフティタイムとしてお出しできる時間は80分です。よって僕が主宰している東葛スポーツの上演時間は最長80分ということになります。今後もし80分を超える上演時間を提示していたら、それは頻尿のいい薬を見つけたか、オムツを履いているかのどちらかだとお察しください。

金山寿甲 プロフィール

脚本家・演出家。演劇ユニット・東葛スポーツ主宰。ラップやサンプリングなどヒップホップからの影響と、俳優が本人役で出演するなどリアルとフィクションが交錯する作風が特徴。2023年、「パチンコ(上)」で第67回岸田國士戯曲賞を受賞した。1月25日から29日にかけて東京・シアター1010 稽古場1にて、新作公演「相続税¥102006200」を上演予定。

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