東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.10 (original) (raw)
東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.10[バックナンバー]
金山寿甲が見たニューヨークの“SHOWGEKIJO”、そして「ハミルトン」 vs. 東葛スポーツ
索引「前のめり / SHOWGEKIJO / ニューヨーク」
2024年8月15日 19:00 2
辞典とは、言葉や漢字を集め、一定の順序に並べ、その読み方・意味・語源・用例などを解説した書(「広辞苑」より)。1960年代に小劇場と呼ばれる演劇シーンが立ち上がってから約半世紀超、小劇場を愛する演劇人や観客たちが独自の文化を形成してきた。「東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典」では、小劇場で使用されるさまざまな演劇用語を、岸田國士戯曲賞受賞作家の東葛スポーツ・金山寿甲が新たな角度で解釈する。
東葛スポーツは結成初期、「ニューヨーク ニューヨーク」と題した“ヒップホップミュージカル”を上演した。そんな金山が、このたびアメリカ・ニューヨークに上陸。オフブロードウェイを拠点に活動する俳優・劇作家アシル・リーとの新作ワークインプログレス公演に向けて、ニューヨークを訪れた金山がニューヨークの“SHOWGEKIJO”にまつわる用語を解説する。
まえがき
演劇には演劇用語がある。医学には医学用語があり、数学には数学用語があり、哲学には哲学用語があるのと同様である。そして、医学を怪しむためには医学用語を、数学をせんさくするためには数学用語を、哲学をもてあそぶためには哲学用語を知っておいた方がいいように、演劇とおつきあいするためには演劇用語を知っておいた方がいい。
……というまえがきから始まるのは2003年に出版された別役実著「うらよみ演劇用語辞典」です。小劇場には小劇場用語があります。小劇場とおつきあいするためには小劇場用語を知っておいた方がいいですし、知っておいていただくことで望まないおつきあいをしなくても済むのかと思います。
索引「前のめり / SHOWGEKIJO / ニューヨーク」
・前のめり
劇場の場内アナウンスで最近聞くフレーズとして、「前のめりでのご鑑賞は、後方のお客様にご迷惑となりますのでご遠慮下さい。」というものがあります。実際問題として、前席のお客さんが前のめりになると、その後ろの席から舞台が見えづらくなるということはあるにはあるそうです。実はこの数ヶ月の間(現在進行形)、僕は若干前のめりになっています。というのも、背中の粉瘤(ふんりゅう)から膿が吹き出しているからです。粉瘤(別名:アテローム、表皮嚢腫<ひょうひのうしゅ>)とは、皮膚に袋状の構造物ができてしまい、その袋の中に角質や皮脂がたまって徐々に大きくなっていく良性の皮下腫瘍です(※兵庫医科大学病院の公式サイトを参照)。
5年前に発症した当初、皮膚科で治療を施したのですが、どうやら同じ箇所に根っこが残っていたらしく再燃してしまったのです。痛みとともに腫れ上がってきて、放っておいたら腫れた部分の頂上が破れ、膿のような皮脂のような汚い汁が溢れ出てきました。数年前に受けた治療のあまりの痛さに怯え、僕は未だに病院に行くのを拒み続けています。粉瘤は背中のちょうど真ん中に位置し、自分でガーゼをつけるのが困難な場所にあります。よって、妻にガーゼの交換をしてもらっています(夫婦喧嘩をしたときなどはとても頼みづらいです)。
さて、僕はいま、ニューヨーク在住のアーティストであるアシル・リーさんとの共同企画として行う演劇公演の制作のため、ニューヨークに滞在しています。
せっかくのニューヨークということで、ブロードウェイにミュージカルを観に行きました。それもヒップホップミュージカル「ハミルトン」を。上演が始まり、しばらくして気がつくと、僕は座席の背もたれにどっしりと背中を沈めながら鑑賞していました。ニューヨークに妻は帯同しておりません。つまり、NOガーゼ状態です(今回の制作・運営を担当し、ニューヨークにも同行してくださっているprecogの黄木さんに、背中の粉瘤のガーゼのお世話までしていただくわけにはいきません)。もし、ブロードウェイのリチャードロジャースシアターのD列19番シートの背もたれにシミがついていたら、それは僕の仕業です。欧米の劇場では、「前のめりでのご鑑賞は~」などという野暮な場内アナウンスはないそうですが、僕がつけたシミによって今後、「粉瘤をお持ちのお客様は、前のめりでのご鑑賞をお願い致します」というアナウンスが普及するかもしれません。
ただ、ひとつ言い訳をさせて下さい。「ハミルトン」が僕を前のめりにさせてくれなかったんです。確かに素晴らしいミュージカルではありました。しかし、言うほどヒップホップだとは思えませんでした。これだったら、東葛スポーツのほうがヒップホップだなって(※あくまで個人の感想です)。
・SHOWGEKIJO
番外編として、滞在しているニューヨークの小劇場についてリポートします。ニューヨークでは、“小劇場”のそれにあたるものをオフブロードウェイだったり、オフオフブロードウェイと言うそうです。そして、「ニューヨークの小劇場を見せてください」という僕のリクエストを受けてアシルさんが案内してくださったのが、8thアベニューW36ストリートにあるザタンクという劇場でした。
これが紛れもないほどに小劇場で、気の良さそうな受付の人に20ドルを支払うと(チケット発券はなく、受付の人がお客さんの顔を覚えるタイプの顔認証システム)、ちょっとしたロビースペースに案内されます。開場時間になるとさっきの受付の人がやってきて、前説を入れてから扉を開けて会場に入る。「ここはスズナリか?」と思うような舞台に、出演者の知り合いとおぼしきお客さんたちがまばらに座る客席。その空間の中で1時間半という、思っていた以上にたっぷり目に披露された朗読劇(英語がわからない僕は、時折起こる笑い声でてっきりコメディだと思っていたのですが、結構ヘビーな内容の作品だったらしいです)。翌日アシルさんから「今はシーズンじゃないから、いいのやってなくてごめんなさい」と言われ、ニューヨークの演劇にはシーズンがあるのかということも知ることができました。
兎にも角にも、ザタンクは紛れもないSHOWGEKIJOでした。今度はアシルさんに東京の小劇場を体験してもらおうと考えているのですが、8月14日~17日の期間に上演されているオススメの小劇場演劇がありましたら是非教えてください。
・ニューヨーク
滞在中に使用したスタジオは、ニューヨーカーが行き交うマンハッタンの中心部にあり、僕が主宰する東葛スポーツが普段稽古場として使っている亀有地区センター和室とはえらい違いでした。気さくな亀有おじさんが出迎えてくれる地区センターの入り口とは違い、いかついセキュリティの人にパスポートを提示して入場します。隣の部屋からドンドンと聞こえる音は、亀有地区センターであれば建て付けの悪い襖を叩く音なのに対し、ニューヨークではダンスのステップを踏む音。ロバート・デ・ニーロをはじめ、ニューヨーク出身の多くの名優たちがオーディションやリハーサルに明け暮れたであろう(勝手な想像で書いてます)スタジオCとスタジオDの予約ボードに、Kanayamaの名を刻めたことを光栄に思います。
いま、閑散としたJFK国際空港でこの原稿を書いています。このあと夜中の2時45分出発の飛行機で日本に帰ります。時差の関係で原稿が締切から5日遅れましたことを、ナタリーの興野さんに対しこの場をお借りしてお詫び申し上げます。
余談ですが、メンズビオレのボディシートはニューヨークから持って出ないほうがいいです。手荷物検査で引っかかり、バッグの中身を全部ひっくり返されましたから。
金山寿甲 プロフィール
脚本家・演出家。演劇ユニット・東葛スポーツ主宰。ラップやサンプリングなどヒップホップからの影響と、俳優が本人役で出演するなどリアルとフィクションが交錯する作風が特徴。2023年、「パチンコ(上)」で第67回岸田國士戯曲賞を受賞した。