白血病から回復し家に帰ってきた母親を、宇宙MMOに没頭していた息子が「手伝って」と誘った。PvPで暴れまわる息子とそれを資金面で支える母の『EVE Online』物語 (original) (raw)
※【『EVE Online』プレイヤー取材記】は、宇宙MMO『EVE Online』の歴戦プレイヤーである藤田祥平氏が、同作をプレイするさまざまなプレイヤーたちに取材する連載企画です。
2013年1月27日、ひとりのプレイヤーのクリックミスにより発生した戦争「Asakai会戦」は、CFCとHBC/N3連合軍の双方に、あわせて7000億インターステラークレジットの損害をもたらした。
おなじころ、ゲームの内外に広く聞こえたこの戦争の裏側で、ひとりの女性が白血病の診断を受けた。長い入院生活と絶え間ない投薬治療の苦しみを耐えていくことになる彼女は、この時点では、『EVE Online』の宇宙とはまったく関わりがない。
関わりがあるのは、彼女が愛する息子のほうだ。あのすばらしいAsakaiの混乱、星雲のあいだに瞬く星々の輝き、鋼鉄の翼を広げて戦う宇宙戦艦。ネットニュースで見かけて、すぐにゲームをインストールした。ラップトップだけしか持っていなかったから、どうしてもゲーミングPCが必要だった。
母親が入院したあと、家族揃っての食事の機会が少なくなった。そのかわり、食事代が渡されていた。彼はそれを削って、一年かけて、金を貯めた。使い道はもちろん、新品のコンピュータだった。
五年前に現実世界で会ったときの彼は、ほっそりとした小柄で、朴訥な瞳にふしぎな微笑みをたたえた青年だった。われわれはたしか、新宿のどこかでウイスキーをがぶ飲みしたはずだ。そのときで太り始めていたというくらいだから、当時は骨に皮だったに違いない。インタビューの最中、彼の母親が、「この人をひとりにすると食事のことなんか放っておいてしまうから」と、愛をこめて批難したくらいだ。
しかしわたしとしては、こんなふうに解釈したい──滅多に母親の見舞いに行かずに『EVE Online』にふけっていた彼は、きびしい投薬によってどんどん痩せていく彼女の苦しみを、無自覚に分かち持っていたのだ。というのも、結果的に、彼が『EVE Online』をプレイしはじめたおかげで、現在の彼らの幸福な生活がもたらされたのだから。
※この記事は、『EVE Online』をもっと多くの方に遊んでほしいCCP Gamesさんと、電ファミニコゲーマー編集部のタイアップ連載企画です。執筆は同作の歴戦プレイヤーである藤田祥平氏が担当しています。
目次
- 白血病から回復し家に帰還した母親
- 『EVE Online』に没頭する息子からの「手伝ってくれない?」
- PvPで暴れまわる息子たちをゲーム内「母の財力」で支える
- PvP関連の情報を流す息子と、それを見て商材を決する母
白血病から回復し家に帰還した母親
尊敬すべきわれわれの姉さん、Sweet Cap氏が生まれたのは、昭和三十年──1955年のことである。
成人したのち、とある企業に勤め、出荷管理の担当者となった。当時もまだまだ現役だったテレタイプの技術を学び、本社への注文や、顧客からの受注を管理した。その仕事のおかげで、英字配列のキーボードにも慣れることができた。さまざまな出会いと別れがあり、結婚し、子をもうけた。しかし、この部分は本題ではない。
本題は、もうすぐ還暦を迎えようかという年の頃だった彼女が、2013年ごろに白血病の診断を受けたこと。そして一年以上にわたる長く厳しい闘病生活のすえにめでたく寛解し、退院して、久しぶりに我が家に戻ってきたときのことである。
女手のない家に特有の、あの空気である。冷蔵庫に入れられたスーパーの惣菜や、わずかに埃っぽい戸棚から漂ってくる、どことなく捨て鉢な雰囲気を、彼女は感じた。まずは掃除からだと準備をしかけたが、身体がふらついた。無理もなかった。ここ一年ずっと寝たきりで、体中の筋肉がまったく落ちていたのである。
筋肉量を戻すための地道なリハビリの日々が始まったが、それにも限度があった。白血病の後遺症で免疫系が弱まっているから、外に出て気を晴らすこともためらわれた。自然と、居間のソファに腰掛けて、ぼうっとしていることが多くなった。
『EVE Online』に没頭する息子からの「手伝ってくれない?」
一方そのころ、大学に通い始めた息子のほうは、ますます『EVE Online』のとりこになっていった。汲み尽くせぬほどに湧き出てくるコンテンツ、プレイヤーの数だけ存在するストーリーライン。いくら時間を投じても尽きることのない楽しみに、在宅中はずっとコンピュータにかじりついていた。
ある日のこと、どうにかして生産ラインの拡充を行えないかと考えながら、彼は居間に入った。そこでソファに腰掛けて、所在なさげにぼうっとしている母親の姿を見て、天啓のようなアイデアが浮かんだ。
「母さん、もしよかったらさ」と彼は言った。
Night Capくん:
おれのやってるゲーム、手伝ってくれない?
退屈そうだったからさ、と彼は照れ隠しを言った。しかし、わたしにはわかる。彼は彼女の無聊を慰めたかったのだ。死んでいてもおかしくなかった大病のあとの、存在することの悲しみを埋めてやりたかったのだ。
そして彼は母の手を引き、操縦室に入り、コックピットに彼女を座らせて、操縦桿を握らせたのである。
母親にはゲームをプレイする力があることを、彼は知っていた。彼は小学生のころ、『ポケットモンスター』シリーズをプレイしていた。やっとの事で念願のポケモンを手に入れた。どうしても明日の対戦までにレベル上げを間に合わせたかったのだが、スイミングスクールに行かなければならない。そこで彼は、行きの電車の車内で、付き添いに来ていた母親に、レベル上げの作法を教えた。
泳ぎに泳いだ二時間後、教室がはけてロビーに戻ってみると、母が一心不乱にNintendo DSを操作していた。彼が声をかけると、彼女はふと顔を上げて、時計を見た。「あら、もうこんなに時間が経ったの」。
十年以上の時を越えて、これらの瞬間が繋がったのだと思われた。あのときと同様に、しかしこんどはもっと複雑なゲームを、息子は母に教え始めた。
彼は教えた──アステロイドベルトに採掘船を横付けにし、掘り出した鉱石を宇宙ステーションに運んで精錬し、成果物を商都へと運び、相場を見極めて売却するんだ。
彼女がなんなくこの手順を飲み込むのを見て、膨大な種類の原材料の組み合わせからなる宇宙船の製造や、巨大な勢力どうしの戦争によって大きく変動する相場を見込んだ投機など、彼自身もまだ理解していない、ゲームの深い側面を語ってみた。
彼女はふんふんと頷いていたが、その日を境に、大学から帰ってくると、彼女が『EVE Online』を触っているところを見るようになった。
PvPで暴れまわる息子たちをゲーム内「母の財力」で支える
わたしのゲームプレイに彼女の影が暗躍しはじめるようになったのも、このころからだ。
わたしの経験から言えば、このゲームでの金策は、ゲーム自体が前もって設定した対環境型のそれに、まったく留まらない。当時のわたしは、ほかのプレイヤーが主宰した穏当なミッション攻略イベントに自爆テロを仕掛けたり、日系PvP勢力をまとめて海外勢に殴り込みをかけたり、初心者を100人ほど集めてタイタン級のジャンプ・ポータルで銀河の彼方へ吹き飛ばしたりと、若さに任せて馬鹿なことばかりやっていた。
祭りを企画し、実行し、タイタンまで動かして多くのひとを楽しませているのだから、さぞかし金持ちなのだろうと思われていたが、わたしはいつも素寒貧だった。わたしのプレイスタイルは艦隊司令官というより、道化師だったのだ。
しかしどういうわけか、わたしが何かを思いつき、ほかの人を巻き込んで企画が動き始める段階で、いつもどこからか、目玉が飛び出るほど大量のお金が、わたしの銀行口座に振り込まれてくるのだった。そして振込人の名義欄には、いつも彼女の名前があった。
そのキャラクターの姓は、わたしの友人である息子のキャラクターの姓と同じだったから、かなり長い間、そのお金は彼がわたしに贈ってくれたのだと思っていた。しかしあるとき、礼をあらためて彼に伝えると、意外な答えが返ってきたのである。
Night Capくん:
おれ、お金なんて送ってないよ。
「ふむ?」。わたしは困惑した。
──それじゃあ、この名義人は誰だ?
「ああ」。彼は笑った。
Night Capくん:
それ、おれの母さんだよ。
そのときはじめて、わたしは彼の母親が『EVE Online』をプレイしていることを知ったのである。
わたしも把握していないどこかの時点で、彼女は息子から、わたしの企画を伝え聞いていたのだ。そして密かにそれらに賛同し、協力金を送ってくれていたのだ──大艦隊ひとつを、まるまるまかなえてしまうほどのお金を。
だから彼女の発言は謙遜にちがいないとわたしは踏んでいるのだが、どのようにしてこれだけの資産を持っているのか、どんな規模の商売をやっているのかと、わたしはインタビューの半ばに聞いた。すると、「何も特別なことはやっていないと思います。わからないことばかりだから、教えてもらってばかりなの」という答えが返ってきた。
それでも突っ込んだところを聞くと、ゲーム内最大の商都であるJitaにはもちろん、各地域の商業ハブに相場チェック用のキャラクターを置き、生産、交易、投機など、幅広くやっているようだった。
わたし自身のプレイスタイルはPvPコンテンツに偏向しているので、そうしたPvE寄りの要素についての技術を聞くことは、新しい発見ばかりで、非常に楽しかった。いや、PvEとは言え、マーケットのほとんどがプレイヤードリブンである本作においては、ある物品ひとつを売りに出すにも、商売敵の動向を窺って動かなければならない。話を聞いていて確信したが、これもまたPvPのひとつの形なのだ。
PvP関連の情報を流す息子と、それを見て商材を決する母
しかし、その細かなところは仕事上の秘密であろうし、あまり公にするべきではないだろう。だからわたしは、わたしが受けた印象のほうを話しておこう。
奇妙なことだが、インタビューの最中、わたしはどこかのご婦人のお宅に招かれて、歓談を楽しんでいるような気分になった。飲み物はもちろん、酒ではなく、紅茶で……しかし交わされている話題は『EVE Online』のことなのだ。どうも現実感がなかったが、話すことは山ほどあった。
システムによる税金徴収の仕様が変わったために、市場全体に出回っている物品の数が以前の半分くらいに留まっていること。それでもゲーム最大の商都、Jitaの価格競争は収まる気配がなく、ほとんど原価割れしている値付けばかりだと思われるので、もうすこし競争相手の少ない太陽系に新しく店を開こうかと考えていること……。
このゲームのマーケットはほんとうに生き物めいていて、どこかで戦争があれば特定のモジュールの価値が跳ね上がる。事前にプレイヤーに知らされていなかった変更のあとでは、物品の価格がまったく読めなくなる。「これ、どうして高くなったの?」と商売仲間に聞くと、遠いどこかの宙域で行われている奇妙な出荷制限についての情報が入ってくる……。
彼女に総資産額を尋ねると、正確に数えることはできないが、現金だけで1500億ISKにのぼるとのことだった。
「だけど最近は出て行くばかりなのよ」と、彼女は息子を見やりながら言った。
Sweet Capさん:
この人が使ってばかりだから。
「まったく」と、わたしは言った。
──おまえ、ほんとにお母さんに感謝しないといけないぞ。
そう、息子のほうは最近、公式が提供している決闘形式のPvPコンテンツに熱を上げている。ひたすらに勝利をもとめて、いつも賞金を上回る額のドーピング剤をキャラクターに注入して挑むせいで、一日につごう40億ISKが泡と消えていくそうだ。
それも、はじめのうちはお伺いを立てていたが、近頃は母親が眠っている間に、親子経営の会社の口座からこっそり現金を抜いていくというのだから、手に負えないものがある。
一昨年前の年末に開かれた、FFA形式のPvPイベントの結果。堂々の一位。
しかし彼にしても、決闘形式のPvPコンテンツにおける「メタ」の艦船や、モジュールの情報を母親に流し、彼女はそれらを商材に選んで儲けているのだから、実情は持ちつ持たれつといったところだろうか。いや、それでも借りは息子のほうについていると思われるのだが……。
Night Capくん:
最近は、いちおう金策もやってるんだけどね。いい加減にしなさいって叱られちゃってさ。
どら息子は笑いながら言った。
Night Capくん:
しかし金策も、中々楽しいものだね。EVEのなかでまじめに働いたのは、三年ぶりくらいかな。
Night Cap氏の週間キル成績の最高実績。一週間で799隻もの船を撃墜した。
雑談や思い出話に花が咲き、われわれは会話を楽しんだが、その枝葉はあまりに専門的すぎるし、身内めいたものなので、省く。
ただひとつ、わたしはインタビューの終わりに、踏み込んだ質問をした──。
──2013年のデータだが、このゲームのプレイヤーベースに、女性(女の子、となぜかわたしは言ってしまった)は、四パーセントしかいない。あなたは古稀を控えた淑女だが、このように乱暴で男臭いハードSFのゲームをプレイし、楽しんでいる。あなたがこのゲームから感じている面白さの正体は、いったい何だろうか。
「まあ。女の子ねえ」と言って、彼女は笑った。「それにしては、ちょっと古ぼけちゃってるかもしれないけれど」。「すみません」と、わたしは笑いながら、顔を赤らめた。
「半分は習慣になっているのもあるけれど」と、彼女は前置きをしてから言った。
Sweet Capさん:
このゲームをプレイしていると、どうしてもわからないことが出てくるの。そういうときは、昔からのお友達に尋ねるのね。すると、みなさんね、とても親切に教えてくれるのよ。とても良い方ばかりなの。きっとそれが楽しいのね。
「あとは、ぼけ防止だろ?」と、息子が冗談めかして言った。
母親は笑いながら答えた。
Sweet Capさん:
そうそう。このあいだお父さんに、たまに外に出て遊ばないと、ぼけちゃうよって言われたんだけど。こう言い返してやったわ──わたし、いつも若い男の子たちに囲まれてるから、大丈夫よって。
わたしたちが悪巧みをして高級な船を乗り回し、やれPvPだと言って大騒ぎをやらかしているとき、わたしはいつも星々の瞬く星雲のかなたに、彼女の存在を感じる。彼女がこの銀河系のどこかにいて、わたしたちの馬鹿な行いを、微笑みながら眺めている気がするのだ。
なんということもない帝国軍強襲フリゲート、Retributionのように見えるが、右翼の小さなキルマークに注目。この怪物は、Night Cap氏の操船によって撃墜数44を達成した。
デスクがふたつ続きで配され、ふたつのコンピュータが置かれた、一般家庭というよりは事務所のような一室が、われわれの現実世界のどこかにある。それぞれのコンピュータの前に親子が腰掛け、ネットの向こう側にいる誰かにむかって話しかけている。その話題は、とてもニッチなSF-MMOのこと。あるいは息子の友人を交えた、親子の日常的な世間話である。
いずれも、世間のひとにその良さを伝えることは難しい。
しかしながら、こうした交流が生まれ得ること自体は、『EVE Online』の──いや、オンラインゲームがもたらす素晴らしい希望であると、わたしは思うのだ。
だから、この場を借りて私的な礼を申し上げるのも、悪い考えではないと思う。
──あの時は20億ISKもいただいて、本当に助かりました。姉さん、ありがとう。
(取材協力 Night Capくん / Sweet Capさん)
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■連載企画 『EVE Online』 転生(完結)
第一回:「9割のプレイヤーが離脱する過酷な宇宙MMO」で企業連合の元会長が初心者に転生しようとしたら速攻身バレして艦隊司令官になった件
第二回:数が圧倒的正義の宇宙戦争が繰り広げられるMMOで「七機のサムライ同士が御前試合のように死狂う銀河一武道会」に参戦した件
第三回:PR企画の展開にどんづまって酒に酔っ払い前世の貯金を使って宇宙艦隊戦を始めてみたら帝国軍と国連軍に挟撃されて全滅してしまった件
■連載企画 『EVE Online』 プレイヤー取材記
第一回:現実世界の過労でうつ病をわずらった「元社長」が、宇宙MMOの世界でふたたび企業の経営者を二度も務めた話。58歳のプレイヤーになぜゲームをプレイし続けるのかを聞いてみた
第二回:なぜその男は「小規模PvP」で“強さ”を求め続けるのか? 小勢で強くなっても無価値な宇宙MMOで戦い続ける孤狼のプレイヤーに、ひりつくほどの現場に身を起き続ける理由を聞いた
第三回:宇宙MMOで憧れの巨大戦艦「タイタン級」を動かすまで、彼は“6年”の月日を費やした。歴史の大戦争で夢見た若手プレイヤーに日本円で数十万円の戦艦に搭乗するまでを聞いてみた
第四回:1500名のプレイヤーアカウントを束ねてきた日経企業連合の会長は、日経勢力による銀河宙域の支配を夢見る。宇宙MMO『EVE Online』プレイヤーに聞く歴史と外交
第五回:白血病から回復し家に帰ってきた母親を、宇宙MMOに没頭していた息子が「手伝って」と誘った。PvPで暴れまわる息子とそれを資金面で支える母の『EVE Online』物語
文
編集
ニュースから企画まで幅広く執筆予定の編集部デスク。ペーペーのフリーライター時代からゲーム情報サイト「AUTOMATON」の二代目編集長を経て電ファミニコゲーマーにたどり着く。「インディーとか洋ゲーばっかりやってるんでしょ?」とよく言われるが、和ゲーもソシャゲもレトロも楽しくたしなむ雑食派。
Twitter:@ishigenn