2024年上半期の新作映画ベスト10 (original) (raw)

最近は映画に刺激を受けることもなくなったな……とおもっていたのですが、今日トッド・ヘインズの『メイ・ディセンバー』を観て、こんなギリギリのプロットを画の力だけでこれほどまでに押し通せるものなのかと感動し、少し前まで出す気もなかった上半期のベストを並べる気になりました。いい映画というのは、映画の原義について考えさせてくれるものですね。

1.『ゴッドランド/GODLAND』(フリーヌル・パルマソン監督、アイスランド

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上司から「アイスランドに教会建てろ」って言われたデンマーク人の牧師が、湿板写真の機材をえっちらおっちらかつぎながらマジでなんもない大地に教会を作ろうとする。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『フィツカラルド』の風格を具えていますが、もうすこし世知辛い。この世知辛さがいいんですね。画面も当時の写真の規格に合わせたような窮屈な画角になっていて、そんな世界で馬や人が不毛の地に呑まれて死んでいく。特定のだれかやなにかの悪意に苛まされるわけではなく、強いて言えばアイスランドという途方もない空白が人間を叩きのめしていく。牧師はずっと「デンマークに帰りたい帰りたい」としかぼやかない。
世にも最悪な「走る馬(マイブリッジの)」オマージュが出てくるんですよね。*1写真の映画(なにせ「この映画はアイスランドで発見された七葉の写真を着想とした」というウソ字幕が出る)でもあるし、アンチシネマでもある。信仰も科学も生命も文化も、すべてここでは無力なんだ。

2.『アイアンクロー』(ショーン・ダーキン監督、米)

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プロレス一家もの。といっても『ファイティング・ファミリー』みたいにハッピーな感じではぜんぜんなくて、ほとんどホラーじみた陰惨な悲劇を淡々と描いていく実録バイオピック。
あまり撮り方の巧い映画ではないんだけれど、題材がどストライクです。強権的な父親の下でプロレスエリートとして育てられる三人の兄弟たち。幼い頃は無邪気に戯れていたかれらが成長するにつれて才能の格差や父親からの期待の差なんかでボロボロになっていく。ブラザーフッドの崩壊はつねにうつくしい。この映画もまた例外ではありません。

3.『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』(フィリッポウ兄弟監督、オーストラリア)

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去年公開だけど今年観たので。
ジェイムズ・ワン以降といっていいのか、「異界」としてのあの世とつながる映画はいくらも出てきたけれど、この映画はそのつながり方の描写が群を抜いている。

4.『夜明けのすべて』(三宅唱監督、日本)

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フラジャイルな主人公のモノローグで映画がはじまったときは逃げ出したくなったんですけれど、そこで見切らなくてよかった。モノとことばの往復がていねいな映画。救われる気概のあるひとたちが救われていく。映画にしかつけないうつくしいうそです。

5.『ゴジラ×コング 新たなる帝国』(アダム・ヴィンガード監督、米)

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近年ではマイケル・ベイの『アンビュランス』なんかもそうだけれど、「映画ってこれでいいんだ」と開き直らせてくれる作品に弱い。ひたすら前に向かって疾走しつづける映画は、停止ボタンのない映画館でしか存在できない。それってすごいことですよ。

6.『美しき仕事』(クレール・ドゥニ監督、仏)

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1999年の作品の日本初上映。初めてドゥニ作品を観たのは『ハイ・ライフ』で、こんな退屈極まる映画を撮る監督なら今後二度と観なくてもいいかとおもっていたのですけれども、予告編がたまらなく魅力的だったので本作を観に行きました。大正解。フランス外国人部隊の男たちがひたすら肉体と醜い嫉妬心をぶつけあう(ときにはマッパで)映画です。
太陽と肌を佳く撮る作品も少なくなりつつあります。

7.『恋するプリテンダー』(ウィル・グラック監督、米)

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『マイ・エレメント』もそうだったけれど、最近はクラシックモダンなロマコメの波が来ている。自分のなかだけで。世間的にはクラシカルなロマコメはあんまり求められてない風向きなので、出たときに貪るのが吉かも。あとエンドロールが最高。マジで。

8.『チャレンジャーズ』(ルカ・グァダニーノ監督、米)

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ときおり正気じゃないカットの挟まる感情と時間のラリー。あんまりノッてないときのグァダニーノに近いんだけど、役者のパワフルさでどうにかしている。

9.『システム・クラッシャー』(ノラ・フィングシャイト監督、ドイツ)

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救いたくてもけっして救えないハズレものを救うにはどうすればよいのか→どうにもなんねえよね、というあられもない現実をなお希望があるかのように見せかけられるのが映画の美点。

10.『落下の解剖学』(ジュスティーヌ・トリエ監督、仏)

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最後のひと枠は『リンダはチキンが食べたい!』でもよかったんですが、イヌがよかったので『落下の解剖学』に軍配があがりました。適度なコンシャスさと適度なアートハウスっぽさに少々のポップさを加えた仕上がりはいかにもカンヌ好みだけど、そのバランスであまりいやらしくはないところもいい。去年のアカデミー作品賞ノミニーのなかではいちばんかな、とおもっていたんですが、最近観た『ホールドオーバーズ』に鞍替えしました。
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