光る君へと日本史①刀伊の入寇とは? (original) (raw)
元寇の250年前に海外勢力が日本に侵攻してきた事があった?!
時代的に大河ドラマ「光る君へ」と近いので刀伊の入寇についてまとめてみたいと思います。
日本に衝撃をもたらした刀伊の入寇
読売新聞オンラインより
平安時代中期の1019年3月末。正体不明の集団が対馬、壱岐を襲い、これを討伐しようとした壱岐守(いきのかみ)藤原理忠(まさただ)や人民など多くが殺害される事件が起きました。
1019遠い国から と覚えましょう。
大河ドラマ『光る君へ』の作者紫式部が存命だったとされる平安時代中期の終わり頃のことです。
4月7日になると筑前(福岡県北西部)の沿岸部に襲来、4月9日には九州の中心都市であった大宰府が置かれていた博多を襲ったという、脅威のスピード感でした。
藤原隆家とは?
ここで謎の勢力に立ち向かった人物がいました。
それが、藤原隆家(たかいえ)や大倉種材(おおくらのたねき)らが率いる博多の守備群です。
光る君へのキャストで藤原隆家の系図を作ってみました。藤原道長の兄、藤原道隆の息子ですね。清少納言が仕えた藤原定子は一条天皇の妃になります。
藤原隆家は見事に撃退し、会場に逃れた船団は4/13に肥前松浦郡を荒らし日本から去っていきました。
この謎の勢力による襲撃を「刀伊(とい)の入寇」と呼びます。
謎の勢力の正体
世界史の窓より
当時の日本政府は謎の海外勢力は朝鮮半島の高麗によるものだと考えました。しかし捕虜になった高麗人の証言より、高麗人が「刀伊(とい)」と呼ぶ集団によるものだと判明したのです。
刀伊とは朝鮮の言葉で夷狄(いてき)全体を意味しましたが、今回はロシア沿海地方、中国東北地方に居住した「女真(じょしん)」によるものだと考えられています。
※夷狄:中華思想で漢民族ではない、漢民族に従わない野蛮な種族との蔑称。
「光る君へ」でロバート秋山が演じる藤原実資(さねすけ)が記した『小右記事』には刀伊の入寇に関する記事があります。
1019年(寛仁三年)の六月二十九日の記事には対馬では346人が捕らえられ、134人が殺害され、銀山が焼かれた。壱岐では239人が略取、国守を含む149人が殺害、無事だったものはわずか35人に過ぎなかった。筑前では695人が捕われ、180人が殺され、肥前の松浦郡でも大きな被害を受けた。と記されています。
女真族とは?
中国語スクリプトより
女真族とは何者なのかといえば、金国や清国を建てた民族です。清国は19世紀に欧米の侵略を受けて20世紀初頭に滅び、始皇帝から始まる2000年の中華世界最後の王朝となりました。
ラストエンペラー溥儀は有名ですね。
女真族は関東軍による満州国建国など日本の歴史とも関係が深い民族ですが、平安時代にも関係があったとは驚きでした。
刀伊の入寇について詳しく知る事ができます。
●栄華を極めた藤原道長の最期は壮絶だった?
●中臣氏の祖先神である天児屋根と武甕槌神についてまとめてみた!