王書の世界(6) (original) (raw)

ラピスラズリ (Hannes Grobe)

メソポタミアは豊かな穀物生産を実現した。播種で対比すると、西ユーラシアの数十倍あるいは数百倍の収穫量があったとの記述もある。それは自然条件に恵まれたからでなく、むしろ「肥沃な三日月地帯」にくらべ劣悪な平野部の湿地環境を灌漑農業地帯につくり替える計画的な営みがあったからだった。それが文明を生んだ。

しかし穀物だけたくさんあっても、どうにもならない。それを交換される価値に変え他の地域の物品を取得して、はじめて富になる。イラン高原やアフガーニスターンの山地は、農業生産には適さないが鉱山鉱物資源に富んでいた。こうして交易がはじまり、経済ネットワークが出来上がっていった。

アフガーニスターンの代表的な鉱物であるラピスラズリは、すでに紀元前四、五千年前のメソポタミア遺跡で発掘されている。カーブルの北東、パーキスターンに接するバダフシャーン州Sar-e-Sangが古代唯一の産地だった。

現イラン最東部のシャフレ・スーフテは前四千年紀にすでに原エラムカンダハール地方、クェッタ地方、現トルクメニスターン南部と交流があった。前インダス文明期のハラッパー文化ともつながりがあった。