王書の世界(8) (original) (raw)
アヴェスタ、ヴェーダ共通の神ミスラ(前4世紀サーサーン朝) (dynamosquito)
歴史を神話から語ることは、皇国史観でこりた日本ではあまり流行らない。外国ではそうでもなくて、歴史教科書の冒頭を聖書から始める国もある。
英国考古学者ウィーラーはインダス文明発掘の功労者だが、発掘物を神話で説明しようとしたので「アーリヤ侵入説」のような後代まで影響するイデオロギーが生まれてしまった。学界の範囲ならまだいいが、インドでは南北対立を補強する言説の根拠になっている。
「アヴェスタは前千年紀以前にさかのぼるとされ」と(5)で書いたが、これはリグ・ヴェーダが、紀元前1500年から1000年のあいだに成立したといわれるからだ。アヴェスタ語ヴェーダ語、またそれぞれの宗教世界は似ているので、それくらいのところでということになった。
ではヴェーダはいつ出来たのかと突きつめると、実のところは何もわかっていない。古代史は証拠が少ないので、憶測に憶測をかさねることになる。邪馬台国の迷路につきあわないために確証だけで語ろうとすると、虫食いだらけの歴史になる。
インド・イラン語話者たちはどちらも記録を残していないので、参照可能な文献と考古学資料が充実した中東資料から復元することになる。ヒッタイトの首都ハットゥシャシュで発見されたアッカド語の楔形文字粘土板のうち、ヒッタイトとミタンニの条約文書にあげられた多くの神々のなかにミトラ、ヴァルナ、インドラの名があった。この文書は紀元前14世紀のものだから、このころにはヴェーダの神々が誓約の対象として存在していたことになる。インドラはアヴェスタでは悪神なので、ミタンニの支配者はヴェーダ系の宗教を受容していたことがわかる。そこでヴェーダ教の成立は紀元前1300年代までさかのぼれるとされた。そしてそれ以外には、何も確証はない。そのついでに、アヴェスタの年代も同じころとされるようになった。
アヴェスタの最古層であるガーサーでは、牛とハオマ(ヴェーダのソーマ)が神聖視され牛の牧草地がよきものとして語られる。馬と馬車も登場する。これらはリグ・ヴェーダの世界と共通する。だから両者は、近い関係にある遊牧民の宗教として出発したのだろう。そしてたがいの善神と悪神が逆転しているから、宗派闘争のようなものがあってたもとを分かつにいたったのだろうと推測されている。(もう推測の世界に入っている)