さまよえる前日鳥 (original) (raw)

中原尚哉訳

創元SF文庫

シリーズの番外編や前日譚ともいうべき中編一編と短編二編を収録。

シリーズ第一作の感想はこちら。

suzynomad.hatenablog.com

前作の感想はこちら。

suzynomad.hatenablog.com

「逃亡テレメトリー」

マーダーボットがプリザベーションに腰を落ち着け始めた頃の語。滅多に大事件の起きないプリザベーションのステーションで他殺体が発見される。メンサー博士の希望で、マーダーボットはステーション警備局の捜査に協力することに。中編のSFミステリ。

「義務」

マーダーボットがプリザベーション隊に会う前の話。既に統制モジュールはハッキングしていて「暴走」状態、『サンクチュアリームーンの盛衰』を視聴しながら採掘施設の警備をしている。とても短いけれど、警備ユニットや労働者の置かれた状況、マーダーボットのキャラクターなどがよく分かる。

「ホーム」

いつもの弊機一人称ではなく、三人称且つメンサー博士の視点で書かれた短編。時系列は『出口戦略の無謀』の直後。前作『ネットワーク・エフェクト』でも少し描かれたメンサー博士のPTSDに苦しむ様子や、マーダーボット受け入れの土壌を作ろうと悩む様子が描かれる。

このシリーズは、マーダーボットが他の人間やボット達とどう関係を築いていくかということが注目ポイントの一つだと思うのだが、本書は短いながらもその辺りがしっかり描かれている。今やマーダーボットとメンサーは、お互いを深く理解しリスペクトしている。個人的にはマーダーボットがラッティやグラシンといい関係を築いている様子なのが嬉しい。彼らのスピンオフを書いて欲しいくらい。ラッティとグラシンの対照的な性格が話を生き生きさせている。

マーダーボットは、ボットが人間を模倣した言動をすることを嫌がる。人間は大切だし(何しろドラマや劇を作ってくれる)、人間を守る仕事は好きだし、人間の友人もいるけれど、自分は人間ではない。本当なら人間に迎合した行動をする必要もない。『出口戦略の無謀』の中で、ボットや構成機械は人間になりたがっていると思われていると聞いた時、そんなのは馬鹿げたことだとマーダーボットは言う。みな自分自身でいいし、他の何者にもなる必要はない。

シリーズを読んでいてもう一つ感じるのは、現在の移民問題のこと。プリザベーションのように移民・難民で作られた国が、今や移民に非寛容だったり。多様な人々が交わる中で他者とどのように関わっていけばいいのか、偏見や思い込みからどうやって脱すればいいのかを考える。

これにて今夏のSF企画は終了。モタモタしているうちに10月になってしまったよ…。

何と本シリーズの最新作『システム・クラッシュ』(中原尚哉訳、創元SF文庫)が今月出るらしい。しかも長編。読みたい…!