平成コメ騒動(コメ不足)に関する社説・コラム2024年8月29・31日・9月2・12・13・14・19日・11月4日) (original) (raw)

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東京新聞

コメ政策 長引く価格高騰の負担は重い(2024年11月4日『読売新聞』-「社説」)

コメの価格高騰が長引き、国民の不満が高まっている。農林水産省は、価格を安定させる政策がうまくいっていない理由を検証し、今後のコメ政策に生かしてもらいたい。

農水省は、今夏にコメの品不足が広がった問題について、検証結果を公表した。

7月までは集荷や小売りの品不足は目立たなかった。8月に南海トラフ地震の臨時情報が出たために消費者の買いだめが広がり、購入量が前年同期比で2~4割増えて品不足が深刻化したという。

さらに2023年産米から24年産米に切り替わる端境期は、在庫が少なくなりがちで、供給量の不足が品薄に拍車をかけた。

農水省は、店頭での品不足に関する実情の把握や、消費者や流通業者への情報発信が遅れ、消費者の不安を招いたと総括した。

今後の対策としては、JAなどの集荷業者や小売りなどに、集荷量や販売量、在庫量の実態調査を徹底し、きめ細かく情報を発信し、買いだめを防ぐという。

迅速な情報発信は重要だが、それだけで十分と言えるのか。コメの品不足は和らいだが、肝心の価格高騰は収まっていない。

全国の先行指標である10月の東京都区部消費者物価指数で、生鮮食品を除く食料全体は前年同月比3・8%の上昇だったが、コメ類は62・3%も値上がりした。

コメの価格が、5キロ・グラム入りで前年より1000円以上高い3000円超となる地域もある。

コメ政策の基本は価格の安定にある。物価高は国民の最大の関心事だ。特に主食であるコメの値上がりが生活を直撃しており、国民が不満を抱くのは当然である。

24年産米の作況は平年を上回ったが、JAグループが生産者に前払いする概算金は、主要産地で前年より2~4割上昇している。店頭価格にも影響するだろう。

肥料や燃料費などの生産コストが上昇しているため、コメ農家の経営を考えれば、一定の値上げは必要なのだろう。だが、今のような水準の高値が続けば、米離れを招き、結果として農家が苦しむことになるのではないか。

コメ政策の再考も必要になる。政府は需要の減少を見込み、価格を安定させるためにと、麦や大豆、飼料用米などへの転作に補助金を出し、生産を抑制している。

実質的な減反政策と指摘される需給計画は、今回のような不測の事態にうまく対応できないことを浮き彫りにした。再発を防ぐ柔軟なあり方も探ってほしい。


【コメ概算金】適正価格検討すべきだ(2024年9月19日『福島民報』-「論説」)

JA全農福島は、2024(令和6)年産米を生産者から販売受託する際の仮払金の目安となる概算金を前年より3割程度増額する。3年連続の上昇となるが、生産者からは高止まりするコストを賄えても、利益を得る水準には達していないとの声が上がる。持続可能な稲作の実現に向けて、引き続き、米価の適正化を進める必要がある。

県内主要銘柄の概算金は、前年比で1俵(60キロ)当たり4000~4300円引き上げられた。最高値の会津コシヒカリは前年の1万2800円に4000円上乗せされ、16800円となった。コメの品薄感が続き、新米への需要が高まっている上、原油高による資材費高騰など生産現場の現状を踏まえて判断したという。増額幅は過去30年間で最大となり、農家にとっては大きな励みになるはずだ。

農林水産省の農業物価指数によると、2024年産米の生産コストは、肥料や燃料などが2020年から約3割、農薬が1割上昇している。最近は人件費も伸び続けている。概算金が上積みされただけで農家経営が安定するわけではないだろう。営農継続には米価水準のさらなる底上げが求められ、価格に生産コストを適切に転嫁できる仕組みの構築も課題になる。

一方、コメ政策は転換期を迎えつつあると言えそうだ。コメ離れなどを背景に米価は、長らく低迷していた。昨夏の猛暑に伴う生育不良で流通量が減り、外食産業の需要の高まりもあって、今は値上がりに転じている。国による生産調整だけでは、需要と供給のバランスを十分に保てないのではないか。米価を安定させるには、まずは中長期的な視点で稲作の将来像を描かなくてはならない。

米価の上昇は、消費者にとっては家計の負担増につながる側面もある。値上がりを受け、買い控えが進むと再びコメ余りが生じる恐れがある。こうした悪循環を生まないためにも、消費拡大や地産地消の機運を一層高める施策を検討する余地がある。県民や国民の理解を得る取り組みも欠かせない。

コメは食料安全保障の柱であり、国を挙げて守らなくてはならない。地域経済にも大きな影響を及ぼす。政府主導で活発な議論が交わされるよう期待したい。(角田守良)

【コメ不足】原因把握し政策検証を(2024年9月14日『高知新聞』-「社説」)

この夏、全国的にコメが品薄になり、「令和のコメ騒動」と呼ばれる事態が起きた。確かに需要は低落傾向のコメだが、主食としての依存度は依然高く、供給不足や値上がりが消費者に与える影響は大きい。政府は状況を正確につかみ、これまでのコメ政策を検証する必要がある。

コメ不足は、供給、需要両面の要因が重なって生じたとみられる。

供給面では、2023年の猛暑が挙がる。高温でコメの一部に濁りや亀裂が入る障害が発生し、流通量が減った。

一方、需要面では、物価高で値上がりしたパンや麺類と比べて値頃感が強まったほか、インバウンド(訪日客)による外食も回復。コメの在庫量が過去最少に落ち込む中、台風の到来や南海トラフ地震臨時情報によるまとめ買いもあり、都市部を中心に店頭で入手できなくなるケースが多発した。

品薄感は春ごろから指摘され、政府は一貫して「全体では十分な在庫を確保している」と説明してきた。さらに、24年産の新米が出回れば品薄感は解消されると見込む。

しかし一時的とはいえ、主食が手に入らない状況を招いたことは重く受け止める必要がある。「在庫はある」とのアナウンスも結果的に外れた。因果関係には不透明さも残る。まずはしっかりとした分析が不可欠だ。

背景の一つに、生産調整を長く続けてきたコメ政策があることは否定できないだろう。

日本の主食用米の需要は、食生活の変化や人口減少を受けて毎年約10万トンずつ減少。政府は米価の下落を防ぐため、飼料用米や麦への転作を促すなどしてきた。この結果、00年に900万トン超だった生産量は23年は669万トンに減った。

生産体制が硬直化し、今回のような需要の変化に適応する柔軟性が失われている可能性がある。だとすれば、今後のコメの需給見通しを改めて精査するべきではないか。

自給率100%のコメは食料安全保障の観点から極めて重要な品目である。その前提の下、気候変動や災害で高まっている栽培リスク、インバウンドを含めた海外需要の伸び、さらに、生産者の減少、耕作放棄地の増加などといった視点を加味し、政策を再構築することが求められる。

政府が放出に応じなかった備蓄米の扱いも再考するべきだ。

今回の品薄でコメの価格も上昇している。7月の全国消費者物価指数では2割近く上がった。

本県では店頭に商品がなくなるケースは限られたが、値段の上昇は例に漏れず、24年産米の買い付け価格も、最大で昨年比4割増しの水準となっている。米価は全国的に高止まりが続くとみられる。

生産者にはプラスだろう。米作経営が好転し、持続可能性が高まるのも歓迎すべき話だが、極端な値上がりは消費者の家計を圧迫するほか、かえってコメ離れを招く恐れもある。米価の動向にも注意を払っていく必要がある。

新米の価格高騰 安定供給へ政策点検を(2024年9月13日『東京新聞』-「社説」)

2024年産の新米が出回り始め、全国的に問題となったコメの品薄状態は、順次解消に向かうとみられる。ただ、新米への引き合いは強く、店頭価格は高騰している。肥料や資材といった生産コスト上昇分の価格転嫁は必要だが、明らかに高すぎる事例もみられ、コメ離れが加速する恐れもある。今後も同様の混乱が繰り返されないよう、国は抜本的な対策に取り組む必要がある。

23年産米が品薄になったのは、昨夏の猛暑による高温障害で流通量が減ったことや、コロナ禍が明けて訪日客を含む外食需要が急回復したといった、さまざまな要因が指摘されている。新米に切り替わる端境期前に、南海トラフ地震の臨時情報が出て消費者が買いだめに走ったことも一因とされる。

コメ不足の傾向は今春ごろから指摘されていたが、農林水産省の対応は後手に回った。品薄が明らかになってからも「在庫は十分に確保されている」と繰り返し、政府備蓄米の放出を求める声にも応じなかった。スーパーの棚からコメが消え、購入制限が続く状況に直面した消費者の多くは、国に不信感を抱いただろう。

農水省は、卸売業者などに円滑な流通に取り組むよう、2回にわたって要請した。坂本哲志農相は「新米の円滑な流通が進めば一定の価格水準に落ち着く」との見通しを示したが、今後もある程度の高値は避けられそうにない。

JAグループが24年産米を出荷した生産者に前払いする「概算金」は、生産コストの上昇や需要の高まりを受け、新潟などの主要産地で前年比2割以上の増額提示が相次いだ。これを受けて、スーパーなどの店頭価格は5キロの新米が3千円を超えるなど、多くの店舗で値上がりしている。4日に農水省が生産者や流通関係者を交えて開いた会議では、前年の2倍近くに高騰した事例も紹介され、買い控えを懸念する声が上がった。

国は混乱を繰り返さないため、作柄などのデータから不測の事態を早めに察知し、需給変動に機敏に対応する態勢を整えるべきだ。

国はコメの需要減が続く前提で生産量を調整してきたが、ほぼ輸入に依存する小麦などと違い、自給率がほぼ100%で、主食では最大の4割を占めるコメを軽視すべきではない。安定供給を保つため、これまでの政策を再点検し、幅広く議論したい。

コメの品薄と価格高騰 供給基盤のもろさ直視を(2024年9月12日『毎日新聞』-「社説」)

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8月下旬、スーパー「アキダイ関町本店」で残っていた米は玄米2キロ1袋のみだった=東京都練馬区で2024年8月22日午後0時29分、福田智沙撮影

想定外の需要変動に対応する余力を失いつつあるのではないか。主食の供給基盤を点検する必要がある。

8月から小売店でコメの不足が顕著となった。新米が出回り始めて品薄は解消されつつあるが、需給逼迫(ひっぱく)の影響が尾を引き、肥料価格の上昇も重なって米価が高騰している。

猛暑の影響で品質の良い商品が減る一方、訪日外国人数の回復に伴い外食向けの需要が増えた。そこに南海トラフ地震臨時情報を受けた買いだめが発生し、供給が追いつかなくなったという。

ただ、冷夏による不作で輸入を迫られた1993年の「コメ騒動」と異なり、作況は平年並みだった。訪日客による消費増は需要全体の0・4%程度とみられる。買いだめも一時的なものだ。

農林水産省は、在庫全体でみると大きな不足はなかったと説明する。だが、業務用は確保できていても、小売り向けが払底したとの見方がある。6月ごろから在庫の減少を懸念する声もあった。流通の状況をきめ細かくチェックし、対策を講じておくべきだった。

進む稲刈り。新米の出荷で品薄の解消が期待される。

そもそも、米価維持を優先する農政によって供給力が低下している。生産量を割り当てる減反を廃止した後も、飼料米などに補助金を出すことで主食米の生産を抑制する施策が続く。作付面積はこの10年で2割近く減った。

気候変動への備えも万全とはいえない。暑さに強い品種の作付けは約15%にとどまる。米どころの新潟県では昨年、通常なら80%台のコシヒカリの1等米比率が約5%に落ち込み、衝撃が広がった。

稲作農家は高齢化が進み、60歳以上が約9割を占める。意欲のある担い手への農地集約を加速させなければ、生産は先細りする。

コストの転嫁は必要だが、適正価格からかけ離れれば消費者のコメ離れを招く。供給不足が慢性化し、米価を押し上げる事態は避けなければならない。需給の均衡に重きを置いて生産を抑えてきた農政のゆがみを正す必要がある。

従来の路線を踏襲するだけでは、経営力を備えた農家は育たない。農地の集約を進めて効率的に生産し、輸出や加工、外食で需要を開拓する。そうした活力ある産業への転換を急ぐ時だ。

コメ価格上昇 安定した供給が不可欠だ(2024年9月12日『新潟日報』-「社説」)

全国的に今夏はコメの品薄感が広がり、価格が上昇した。2024年産の新米が出始めて品薄は解消しつつあるが、新米価格も23年産より高騰している。

コメは日本人の主食であり、数少ない自給率100%の食料だ。食卓を守るために政府には価格と供給の安定を図ってもらいたい。

23年産米から切り替わるタイミングでコメの需給が逼迫(ひっぱく)し、品薄状態が続いた。

背景には年間を通じて在庫量が少ない端境期に、南海トラフ地震臨時情報や大型台風の影響による買いだめ需要が発生したことのほか、インバウンド(訪日客)増加により需要が伸びたことがある。

23年産米は猛暑で品質が低下し、特にブランド力の高い本県産コシヒカリの1等米比率は、4・7%(24年3月末現在)と過去最低水準に落ち込んだ。

このため精米の歩留まりが悪化したことも品薄につながった。

昨年に続き今年も猛暑となったが、農家らの努力もあり、本県の24年産米の直近の作柄概況は「平年並み」となっている。

わせ品種のこしいぶきは早くも一部の店頭では品薄だというが、主力のコシなど他品種が本格的に店頭に並ぶのはこれからだ。

消費者には、安心して冷静な対応をしてもらいたい。

気になるのは、コメの価格だ。

JA全農県本部が県内の地域農協(JA)に示した24年産米の仮渡し金(1等米、60キロ当たり)は、一般コシが1万7000円、岩船コシ、佐渡コシは1万7300円で、23年産の当初額に比べていずれも3100円上がった。

生産コストが高止まりする中、昨年不作に苦しんだ農家には、一服感があるのではないか。

一方、消費者にとっては家計の負担が増す不安がある。生産者と消費者の双方に納得感のある価格になることが望ましい。

JA関係者には、米価が上がった翌年の作付けが過剰となり、米価が下落するのではないかと懸念する声がある。当面は需給バランスを把握し、的確に見通していくことが官民ともに課題になる。

これまでのコメ政策は、主食用米の需要減退への対応に力点を置いてきた。主眼は、作りすぎによる値崩れを防ぐことにあった。

だが近年、気候は劇的に変化している。地球温暖化などで世界的に作物が不足する事態が起きることを想定した政策も欠かせない。

食料安全保障の観点からは、コメの備蓄のみならず、輸出拡大を図っていくことで、万一、国内で需要が跳ね上がった時の備えにする考え方もあるだろう。

今回、コメの品薄への対応として、政府備蓄米の放出を求める意見があったが、実施されなかった。大幅に価格が上昇した際の柔軟な活用については、今後も議論を深めていく必要がある。

コメの品不足 政策見つめ直す機会に(2024年9月2日『北海道新聞』-「社説」)

スーパーなどで主食用米の品薄や値上がりが続いている。

昨夏の猛暑の影響で高品質のコメの流通量が減ったことや、訪日客を含むコロナ後の需要回復などが要因とされる。

元々在庫が少ない端境期に南海トラフ地震の臨時情報が発出され、買いだめの動きがあったことも拍車をかけたようだ。

今月中旬ごろから本州産、下旬から道内産の新米が出回るという。冷静に対応したい。

ただ今回は現行のコメ政策が生産調整に偏重するあまり、気候変動などのリスクに弱いことが露呈した。このままでは同様の事態が再び生じかねない。

ホクレンをはじめJAグループは、2024年産の主食用米を出荷した生産者に支払う概算金を引き上げている。店頭での高値は続く可能性が高い。

政府は需給を注視して必要な対策を講じるとともに、政策を見つめ直す機会とすべきだ。

6月末時点の主食用米の民間在庫量(速報値)は156万トンで、統計のある1999年以降で過去最低だった。

需給の逼迫(ひっぱく)から7月の全国消費者物価指数でコメ類は前年同月比17・2%上がり、20年ぶりの上昇率となっている。

農林水産省は国内全体でみれば在庫量は確保されていると説明するが、店頭の空の棚を目の当たりにして消費者が不安を感じるのは当然だろう。

24年産米の生育はおおむね順調という。政府は丁寧な情報発信に努めてもらいたい。

主食用米の需要は、人口減少や高齢化を背景に年10万トン程度減り続けてきた。

だがロシアによるウクライナ侵攻や円安の影響で小麦の輸入価格が上昇したこともあり、今年6月までの1年間は10年ぶりに増加に転じた。

政府は補助金を出して転作を促し、需給と価格の安定を図ってきた。コメ需要の回復が今後も続くのなら、生産調整のあり方を見直す必要がある。

国の備蓄米放出は手続きに時間を要する。食料安全保障の観点からも、非常時の供給体制を点検することが肝要だ。

道立総合研究機構上川農試(上川管内比布町)は、暑さに強い「高温耐性米」の開発に向けた栽培実験を6月に始めた。

道産米はこれまで耐冷性と食味の良さを両立した品種が開発されてきたが、高温耐性米は初めての取り組みとなる。

道外の品種を参考に、道内に適した品種の開発を目指すという。「ななつぼし」や「ゆめぴりか」などに続く全国ブランドの誕生を期待したい。

コメ不足対策は中期的視点で(2024年8月31日『日本経済新聞』-「社説」)

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品薄になったスーパーのコメ売り場。値ごろ感から購入が増えた影響もある(8月下旬、都内)

スーパーなどでコメが品薄になり、消費者の間に動揺が広がっている。新米が出回ればコメ不足は解消される見通しだが、混乱が繰り返されないように政府は対策を強化する必要がある。

コメ不足には供給と需要の両面の背景がある。最大の要因は2023年の猛暑でコメが白濁するなど品質が低下したことだ。その結果、流通量が減った。

需要面では食品が全体的に値上がりするなか、パンや麺類ほどコメが値上がりしていなかったことが大きい。割安感が効いてスーパーなどで購入が増えた。

南海トラフ地震への注意を促す臨時情報が発表されたことも影響したとみられる。24年産米の収穫が本格化する前で品薄になる時期と重なり、まとめ買いを誘発した可能性がある。

すでに新米が店頭に並び始めており、品薄感は徐々に弱まる公算が大きい。ただ今回の混乱は多くの課題を提起した。

一つは猛暑対策の重要性だ。高温に耐性のある品種を採用し、栽培方法を工夫することで影響を和らげる余地は十分にある。農家や農業団体、自治体などが連携して取り組むべきテーマだ。

政府備蓄米の運営にも課題が残った。深刻なコメ不足に備えるのが本来の目的だが、早めに放出していれば混乱を抑えられた可能性もある。今後は柔軟な対応を選択肢に入れるべきだろう。

一方、他の食品と比べて割安なら消費が増えることを確認できたのは前向きな材料だ。

稲作は利益の確保が難しい米価を背景に農家が減り続けている。足元のコメ不足で新米は高値がつく傾向があるが、行き過ぎれば消費の足を引っ張りかねない。水田の集約などを通し、効率を高めて値ごろ感を追求してほしい。

心配すべきは農家の減少がこのまま進み、コメの供給が不安定になることだ。政府には異常気象で品薄になるときへの対応を含め、中期的な視点から稲作の将来ビジョンを描く責務がある。

「教科書に載るかな平成コメ騒動」…(2024年8月29日『毎日新聞』-「余録」)

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店内に売り切れの案内札を掲示する米穀店。在庫は固定客の分のみだ=奈良県北部で2024年8月27日午後4時8分、山口起儀撮影

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「平成のコメ騒動」でコメ緊急輸入の第1便として横浜港に到着したタイ米を検査する食糧庁農産物検査官=1993年11月18日撮影

「教科書に載るかな平成コメ騒動」「外米が不人気農民ほっとする」。30年前の万能川柳だ。1993年から94年にかけてコメ不足が深刻化。外国産米が緊急輸入され、ヤミ米も横行した

▲91年6月、フィリピンのピナツボ火山で20世紀最大の噴火が起きた。微粒子が地球を取り巻き、北半球の気温が0・5度も下がった。エルニーニョ現象も加わり、93年は記録的な冷夏。コメは80年ぶりの凶作だった

▲教科書で習った大正時代のコメ騒動を思い浮かべた人もいたわけだ。外米はカビ騒動の上、臭いが嫌われて大量に余り、国の対応に批判も出た。それでも自然現象が最大の原因であることは明白だった

▲当時に比べて釈然としない「令和のコメ騒動」である。棚からコメが姿を消したスーパーも多い。入荷しても「お一人様1袋」の制限があり、価格も上昇している。しかし、昨年の作況は平年並みだった

▲インバウンド客が増加し、インフレでお値打ち感も出てコメの消費が増え、在庫が減ったという。だが、需要の低迷を前提に作付けを減らしてきたのが今の農政だ。新米が出回れば落ち着くという農林水産省の言い分をうのみにしてもよいものか

台風10号が九州に近づく。31日は台風の襲来が多い「二百十日」。昔は稲の開花と重なる地域が多く、農家の「厄日」だった。予報では列島を縦断するコースを進む可能性が高い。収穫が早まった今ではちょうど稲刈りの時期を迎えた地域もある。農業への影響も心配だ。警戒を強めたい。

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スーパーの売り場では米が品薄となっていた=東京都練馬区

宮沢賢治は郷里岩手県の農学校で、教壇に立った時期がある。当時は20代後半。村を回って農事の講演を行い、肥料の相談に乗るなど精力的に活動したようだ。その頃の経験を下地に詠んだ詩『

稲作挿話

』に、こんな一節がある。

▼<君が自分でかんがえた/あの田もすっかり見て来たよ/陸羽(りくう)一三二号のほうね/あれはずいぶん上手に行った>。北日本の稲作農家にとって〝寒さの夏〟は親の仇(かたき)に等しかった。冷害に強いものと味の良いものを掛け合わせてできた優良な品種が、「

陸羽132号

」だという。

▼ものの本によると「陸羽―」の孫がスター選手の「コシヒカリ」、さらに家系図を下っていくと「ひとめぼれ」「あきたこまち」「ななつぼし」などの名も見える。わが国を代表する米の系譜に、先の詩は歴史的な一歩を刻んだと言えなくもない。

▼詩の情景から約100年、かつて冷害に抗(あらが)った稲作がいまは暑さと格闘していると聞けば、泉下の賢治も思案投げ首だろう。昨今はスーパーなどの棚に、米の姿を全く見ない。猛暑で令和5年産米の質が落ち、市場の流通量が減ったからだという。

▼食べ盛りの子がいるご家庭は献立にもひと苦労ではないか。新米が出回れば品薄は解消される見込みだが、各地の米どころでは暑さに強い品種の比率をどこまで増やすか苦慮していると聞く。「パン食だ、米離れだ」と一部では言われても、やはり世の中は米を頼りにしている。

▼詩人の堀口大学は<お米があっての日本人/梅干あっての米のめし>と詠んだ。ウナギを焼くにおいで茶碗(ちゃわん)飯をかき込む人に、店が「嗅ぎ賃」を請求する落語もある。米のない食卓の味気なさ、毎食口にできる幸せを、教えてくれた「令和の米騒動」である。

あすこの田はねえ

あの種類では窒素があんまり多過ぎるから

もうきっぱりと灌水(みづ)を切ってね

三番除草はしないんだ

……一しんに畔を走って来て

青田のなかに汗拭くその子……

燐酸がまだ残ってゐない?

みんな使った?

それではもしもこの天候が

これから五日続いたら

あの枝垂れ葉をねえ

斯ういふ風な枝垂れ葉をねえ

むしってとってしまふんだ

……せわしくうなづき汗拭くその子

冬講習に来たときは

一年はたらいたあととは云へ

まだかゞやかな苹果のわらひをもってゐた

いまはもう日と汗に焼け

幾夜の不眠にやつれてゐる……

それからいゝかい

今月末にあの稲が

君の胸より延びたらねえ

ちゃうどシャッツの上のぼたんを定規にしてねえ

葉尖を刈ってしまふんだ

……汗だけでない

泪も拭いてゐるんだな……

君が自分でかんがへた

あの田もすっかり見て来たよ

陸羽一三二号のはうね

あれはずゐぶん上手に行った

肥えも少しもむらがないし

いかにも強く育ってゐる

硫安だってきみが自分で播いたらう

みんながいろいろ云ふだらうが

あっちは少しも心配ない

反当三石二斗なら

もうきまったと云っていゝ

しっかりやるんだよ

これからの本統の勉強はねえ

テニスをしながら商売の先生から

義理で教はることでないんだ

きみのやうにさ

吹雪やわづかの仕事のひまで

泣きながら

からだに刻んで行く勉強が

まもなくぐんぐん強い芽を噴いて

どこまでのびるかわからない

それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ

ではさようなら

……雲からも風からも

透明な力が

そのこどもに

うつれ……