片付けられない段ボール (original) (raw)

お部屋の片付けを色々とやっています。

流石に汚くなりすぎましたので、三連休ということもあり一念発起して手の付けられるところからちょっとずつ進めてます。

そんな私の部屋、どうしても片付けられない段ボールがあります。

それがこちらです。

左側からすでに「あっ、こいつ片付け出来ないタイプの人間だな…」って察せられるかと思いますが、今回はそこ本題じゃないのでこの段ボールのタワーを見てください。

「はぁ、特段なんて事はない段ボールでは…?」と思われるかと。

じゃ、その何てことない段ボール1年以上経った今でもバラさずに捨てずに残している理由を考えてみてください、なんて問えば返ってくるのはきっと、

「段ボール回収が月一回で、それを毎度忘れてるとか?」

「実はこのなかにまだバラしてない日用品詰まってんだろ」

なんて、まぁこんなところですかね。

ちょっと穿った見方する人には「これはあくまでガワだけで、実は中が縦にブチ抜かれてて、人の大きさぐらいの何かを隠してるんだろ」なんて邪推されそうですね。

今自分でこの回答書いてて(その物の隠し方ありじゃね…?)とか思っちゃいましたが、そんな大きいものなんて持ってないですし買う予定も無いですね…。もし使うとすればなんかアレな目的のドールを隠すとかでしょうか。

話がそれました。じゃあこれ何なのか、なんで捨てられないのか、っていうと……。

まずこれが何なのか、っていうと「こっちに越してくる時に使った空の箱」です。箱と言うか段ボールです。空の箱って回りくどい書き方したのは最近ハマってるアニメの影響です。

んで、じゃあこれなんで捨てないの、ってなると、これが精神面の話になるんですが、「自分は都会に帰る野心を捨ててないぞっていう気持ちの現れ」だからです。

もし将来自分が振り返ったとしても確実にえぇ…?と思うだろうと予想がつくのでどういう考え方した結果そんな決意じみたものを空の段ボールに込めてるのか残します。

今でも私が心の中にほんのりと秘めているのは、自分はこっちの人間になる気は無いぞ、自分は都会生まれ都会育ちの人間だからあっちの暮らしが一番馴染むんだ、いつかあっちに戻るんだ、という気持ちです。だからいま田舎で部屋をおいて仕事してることは一種の「都落ち」の感覚だと言うのは何度も書いています。

そんな「都落ち」するために荷物を段ボールに詰めてえっちらおっちら運んだり、時には宅急便を使ったりもしましたが、内心では「いつか機会があれば、すぐにでもここを離れるつもりなのだから腰を据えるような事は避けよう」と、そう思ってました。いまでもそう思ってます。

なので趣味のものなんかはそういう都落ちな気分を紛らわすために全力で運んだ一方で、家財道具や衣類については結構抑え目に運びました。また、こっちで買い足すことも古いものとの置換以外ではまずやらないですね。新しく配備するにしても、「最悪はこっちで捨てていけるモノを」と変に凝ったモノや高価なモノは買ってません。あとは貰い物で取り繕ったり……。

それが段ボールを捨てないこととどう繋がるのか?と言いますと、物を運んだ段ボールを一部でも取っておくことで、またすぐにでも荷詰めして引っ越しができる体制を崩さず維持するぞ、という気持ちの現れをしてるつもりなんです。

この段ボールをバラして捨てるというのは、あくまで私の心情的に「ここに荷物を完全に設営して、しばらくは腰を据えるぞ」ということを意味してしまうのです。難儀な考え方だな…とは私自身思いますが。

カッコつけて言えば、未完成の美ってやつと言えなくもないですね。

要は、段ボールを片付けて完全に撤収させることイコール引っ越しの完了となるので、それがイコールこっちに腰を据えることを決めた、都会へ戻ることを諦めて都落ちを完全に受け入れてしまったという図式になるのです。

一方で段ボールをバラさないイコールまだ引っ越しの途中と考えられるので、まだ途中であれば今からでも辞めて元に戻そう!とか出来るよなぁ、と(元に戻すイコール実家に戻るとかそういう意味合い)考えてるわけですね。

そんなわけで、ヒジョーに面倒な理論立てで段ボールを残してあるというわけです。

ちなみに段ボールは回収ボックスが近所にありますので捨てる気になれば24時間いつでも行けます。

だから本当に面倒なメンタリティというか、訳のわからない決意表明の一環として段ボール残してるんです。