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品行方正な高校の中で、一人目立つヤンキー高校生・犬飼千秋。一年一学期の内に留年リストに入れられかねない彼をどうにかしろと、担任である化学教師・猫村蘭にお達しが下る。何とか補習に出席させるも千秋は「科学なんて役に立たねーだろ」と吠えるのだが、蘭は「今お前が頭を悩ませている料理だって、科学なんだぜ」と指摘。「俺が科学の知識でお前よりうまくオムライスを作れたら補習にちゃんと出ろよ」と、蘭(料理からっきしの化学教師)と千秋(家で料理をする勉強できない君)で勝負をすることに……
ということで、岡叶先生の『ヤンキー君と科学ごはん』のレビューです。先日この作品について書いたものの、そういえばレビューはしてなかったよなと、5巻発売のこのタイミングでレビューです。
双子の幼い弟妹と一緒に暮らす家族思いのヤンキー高校生・千秋と、やる気がないことに定評のある化学教師・蘭の凸凹コンビで展開する料理漫画。それもただの料理漫画ではありません。タイトルにあるとおり「科学ごはん」、すなわち科学的根拠に基づいておいしいご飯を作ろうぜ、という作品なのです。
料理漫画といえば、料理シーンと一緒にレシピが書かれ、読者もそれを参考に自分で料理を作ることができますが、そのレシピに理屈が書かれていることはまずありません。
野菜炒めや全体に火が通ったら仕上げに手早くします。
唐揚げの下味には酒を加えます。
プリンを作る時は蒸し器の蓋をずらします。す・が入ってしまいますから。
そう書いてあれば、そういうもんだと素直に従って作るでしょう。
でも、不思議に思いませんか?
なんで? 最初に味付けしてダメなの?
どうして? 酒を加えないとどうなるの?
どういう理由で? 蓋をするとどうしてす・が入るの?
レシピには当たり前のように書いてあり、料理をする人は当たり前のように実行している数々の手順。でも、そこには理由があります。理屈があります。なぜなら、料理は科学だからです。
熱による物質の変性、気圧の違いによる沸点の変化、化学成分による生理的な刺激受容の抑制、等々。
言葉を覚えるより前から経験的に得てきた知見で人間は料理を発達させてきましたが、おいしさの秘訣には、化学や、物理学や、熱力学や、生理学など、種々の自然科学に基づく説明がつけられるのです。
料理というありふれた行為に隠されている、感動すら覚えるほどの理屈の塊。そういうものに好奇心を刺激されて已まない一部の方々(含む私)にドンピシャ刺さるのが、本作だと言えるでしょう。
料理の全ての工程には科学的根拠がある
それを理解して知識を上手く使えば 失敗を避けれたり 無駄な手間を省いて作ることができる!
(1巻 35p)
本作を象徴するような蘭のセリフです。でも、このセリフをもっと平易にかみ砕いた次のセリフ。
もっと美味しくしたいとか上手くいかない時
効率化を図るときのヒントに科学が役立ちますよってだけだ
(1巻 54p)
このある種投げやり感さえ漂うセリフに、知識は使ってナンボ、日常に活かしてナンボだ、という実際家の精神を感じられ、とてもよいですね。
科学知識の使い方も、既存のレシピに科学的説明を加える帰納的な話だけでなく、科学的知見に基づいて既存のものとは違うレシピを考える演繹的な話もあります。2話の「冷たい油から揚げるから揚げ」なんかがそれですね。その回で蘭が言うセリフがいいんですよ。「調理工程・食材みて苦手なこと聞いて解決策を理詰めで考える」。まさに「調理ってより実験」。
千秋は、弟妹においしい料理を食べさせたいこともあって、最初はしぶしぶ補習(という名の実験(という名の調理実習))に参加していましたが、実際に科学的知識で料理を美味しくすることができると知り、徐々に興味を持って取り組むようになっていきます。ついには、ふとした拍子に蘭不在で料理に取り組むときも、それまでやってきた実験(料理)で蓄積してきた知識を活用して、科学的に工程を考えてるのが、青春の成長譚というか、知識が新しい知識を呼ぶ好循環というか、読んでいて嬉しくなっちゃうストーリーなんです。
科学的説明の難易度も、教師がヤンキー高校生(ただしそこそこ料理はできる)に化学の補習で教えるというテイだから、中~高校生レベルの科学の理屈で説明してくれます。好奇心を刺激されて已まないのにそういう話には反射的に耳を塞いでしまいそうになる、そこら辺の授業でほっかむりしていた人間(含む私)に優しい仕様でありがたいです。
また、科学と料理というテーマ以外にも、ヤングケアラーやネグレクトなど、児童虐待の話にもちょこちょこ足を踏み込んでいます。そういう家庭に育った子供を教育、すなわち教え育てるにはどうすればいいか、ということですから、意外に教育問題に広くコミットしている作品だと言えるかもしれません。
あと、主人公の千秋と蘭を初め、同級生や弟妹、千秋の周辺の人間関係、他の教師陣など、登場人物のキャラ造形がけっこう尖っているというか、ギャグではないコメディレベルの作品にしてはピーキーな性格なのが多いんですが、不思議とそれが気にならないんですよね。各々の振る舞いが自然というのではなく、作り物のドラマとしてちゃんと成立しているというか。アメリカのホームドラマを見ているような感じ、というのが近いかもしれません。
とまれ、知的好奇心を満たせ、便利なレシピを知れ、青春の成長を見れ、教育問題にも思いを馳せられる、いろいろな魅力が詰まった作品です。
tonarinoyj.jp
以前書いた記事はこちら。
yamada10-07.hateblo.jp
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「ゾゾゾ」。それは心霊スポットやいわくつきの廃墟を探索して、ホラーポータルサイトを作り上げようというYouTubeチャンネル。落合、皆口、内田、長尾らが怪しい場所に突撃しては怪しいものを探し、撮れ高が悪ければ誰か一人を置き去りにすることも厭わない。そんな彼らが何か怪しいものに出遭わないはずもなく……
ということで、界隈でコアな人気を誇るホラーYouTubeチャンネル、「ゾゾゾ」を原作として、タダノなつ先生がコミカライズした『ゾゾゾ変』のレビューです。
初めに言っておくと、私はYouTubeチャンネル、本家「ゾゾゾ」を視聴していないので、漫画『ゾゾゾ変』のみを読んでのレビューとなりますが、これが動画を視聴してなくてもまったく問題なく面白いのですな。
本家を視聴してない人間がなんでコミカライズを買うのかと思われる向きもあるでしょうが、それはもともと私がタダノ先生のファンだったから。作者買いです。ちょうどホラーの漫画や小説を読んでいた時期でもあったので、タイミングですね。
タダノ先生といえば『ゆくゆくふたり』や『束の間の一花』など、コメディやシリアスで味付けしたヒューマンドラマを描くイメージだったので、ここでホラーとはかなり意外。でもそういえばSCP関係で読み切り一本描いていたので(SCP-040-JP「ねこですよろしくおねがいします」)、そういう下地はあったのかな?
ま、それはともかく『ゾゾゾ変』ですが、体裁は上記のとおり、ホラースポット突撃系YouTubeチャンネルのコミカライズ。チャンネルを企画した皆口が、本業の上司の落合を半ば騙して撮影に連れ出し、日本各地(主に関東圏?)のホラースポットに突撃します。
ホラーチャンネルを元ネタにした漫画ですので、肝はやはり読んでて怖いかどうかなのですが、安心してください、ちゃんと怖い。
怖さにも、ジャンプスケアやグロテスクさなど種類はありますが、この漫画の怖さは、そこになにか“いるような気がする”這い寄るような不穏な怖さ。ここに何がいるのか、何もいないのか。何もいるはずないけれど、何かいるような気がしてならない、脇に汗がにじむような嫌な怖さ。
もともとの動画がそうなのか、基本的にはおちゃらけた、ダラダラした空気でスポットには潜入するのですが、いざ足を踏み入れるとそこはまるで異界。一変した空気にそれまでの笑顔を忘れて、落合たちは真っ暗な中を恐る恐る進みます。手元のライトから延びる光の輪の外側は、鼻をつままれてもわからないような闇。揺れる草木も、小動物の物音も、彼らを驚かせるには十分です。でも、気のせいではない、自分たちのものではない人の声、足音、人影。それらは確かに感じられて、柳が正体とはとても思えない、不確かな何かがいる気がしてならないのです。
この、登場人物が恐怖を感じている描写と、その恐怖をもたらしているなにがしかの演出が絶妙。話し声や物音は耳にするのにそれを発生されているものは見えない。嫌な気配だけがにじり寄ってきます。
潜入中を描いている紙面は暗く、何が描かれているかも少々わかりづらいほど。そんな暗闇の中に浮かび上がる人影は、「あれ、もしかして、見えてます?」と落合らが実際に目にしていることもあれば、読者にだけ見えていることもある。ナニモノかの気配は大げさに現れることなく、落合らのかたわらにそっと近づいては、ふっと消えてしまう。読者の方もさらっと読み流していては見逃してしまう程度に、何の予兆もなく、大仰さもなく、です。
この正体のわからない恐怖。
ホラースポットの由来などは説明されても、それが本当にあったことだったのかとか、そこで体験した怪現象の原因がこれだったかとか、そういう意味でのネタ晴らしや解決はありません。彼らはただホラースポットに突撃し、わけのわからない現象に遭遇し、もやもやした気味の悪い気持ちを抱えて帰るだけ。ある意味でリアル。ある意味で尻すぼみ。でも、その後味の悪さ、消化不良が、かえって読後を嫌な気分にしてくれます。いい意味で。
たまに挟まれる、ホラーのホの字もないようなコメディ回も一服の清涼剤。それも元の動画にある回なのでしょう。
現在は2巻まで発売されていますが、単行本未収録分も連載中。元動画との兼ね合いで何巻まで出せるのかはわかりませんが、このイヤ~な後味のまま、いけるとこまでいってほしいです。
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ドカ食い。それは生きる喜び。
人は生きていればお腹が空き、お腹が空けば何か食べなければいけない。お腹の隙間を余すところなく埋めるように食らい、ただただ目の前の食べ物を貪り尽くす。
ドカ食い。それは「至る」喜び。
満腹と高血糖の果てに包まれる恍惚とした酩酊感。ちらつく死の影に怯えながら、それでも食べずにはいられない愚かな人間の生き様。
この漫画は、「至る」喜びに身を浸すことを至高の愉悦と確信する女、望月美琴(21)の物語である……
ということで、まるよのかもめ先生『ドカ食いダイスキ!もちづきさん』のレビューです。第1話が発表されたその日から、鮮烈に常軌を逸した主人公の姿に話題沸騰、瞬く間にネットの話題をかっさらった、あまりにも危険であまりにも蠱惑的な作品です。
冒頭のとおり、この作品は、主人公のもちづきさんがドカ食いをする姿を、ただ楽しむ物語。彼女は、小綺麗な若手会社員を仮の姿に日々を過ごし、毎日の昼食も自分でお弁当を作ってくるような丁寧な暮らしをしているのですが、そのお弁当の一例が鶏もも肉の照り焼き弁当(1775kcal)。
(1巻 5p)
高校野球部員が使ってるようなドデカ弁当箱ぎゅうぎゅうに詰められた白米と、その上に敷き詰められた推定鶏もも肉二枚分(濃縮タイプのめんつゆボトル半分に一晩漬けたもの)の照り焼き。さらにコクよ迸れとばかりにかけられたマヨネーズ。
ちなみに画像のコマ外に小さく書かれているのは、日本人の一日の推奨摂取カロリー。運動量の少ない女性は、1400~2000kcal程度とされています。このお弁当一つでおおむね一日分ですよ。
で、そんなカロリーのかたまりを貪り食う彼女の脳内を支配するのは、食欲が満たされる恍惚。
うまい
しょっぱくてうまい
あのひと工夫が生きた…!
鶏もも肉を一晩タレに漬けたのだけれど… そのタレが…
濃縮タイプのそうめんつゆ これをたっぷりボトル半分 投入
それを朝に焼いて米に乗せる 高血圧まっしぐらの塩分濃度
そしてさらにマヨね 血液が塩水になりそう
ああヤバイなこれは 鳥の脂とマヨの脂で口の中が支配される
(1巻 7~9p)
第一話の開始数ページでこの掴み方はすごいですよね。
食べることの喜びなんていう生易しいものじゃない。空腹に精神を焦がし、箍が外れたようにかきこみ、口の中で食材が暴れ、味が爆発し、全身にカロリーが染みわたる、生物が生物として生きていくための根源的な欲が食べるという行為によって満たされていく暴力的なまでの描写。これがドカ食い。人類が普遍的に感じる欲と恐怖。"MOTTAINAI"の次に世界へ広まるのは"DOKAGUI"ですね。
また、彼女の食欲に呼応するように出現する特徴的な文字がまたいいんですよ。食の直前、あるいは真っ最中の、食欲という一点に向かってに引き絞られた彼女の精神の危うさを、的確に表現している。
(1巻 8p)
(1巻 13p)
(1巻 34p)
鬼気迫る文字と顔。
そしてドカ食いの先にあるのが、もちづきさん言うところの「至る」。ドカ食い直後の「満腹と高血糖で酩酊するこの時間」。
さすがに周囲に他の社員がいる昼食では「至る」一歩手前で耐えられるものの、フロアの社員が全員帰った後の残業中(23時。それはそれでどうかと思う残業だけど)では我慢できるわけがない。家に帰るまでこの空腹がもつわけあるかと、会社のデスクの引き出しの一番下に常備してある特大焼きそば(引き出しにちょうど収まるサイズ)を取り出して、しかも二つ取り出して、深夜の社内で一人貪る。もちろんマヨも投入して(計2760kcal)。黒ウーロンがあるからカロリー相殺とか寝言を抜かしながら。
(1巻 23p)
これは「至ってる」顔ですわ。
涅槃かな? とさえ思いますが、世間一般には血糖値スパイクと呼ばれる、どう考えても健康に悪い状態です(参考:血糖値スパイクを予防しよう ──糖尿病になる前に対策を! | 済生会)。
死ぬぞ?
これはそんな彼女の物語。
大食い漫画と言えば土山しげる先生の『食いしん坊!』が思い浮かびますが、あのような、あるいはTVチャンピオンの大食い王選手権などのような、ある種のスポーツ性を持たせた大食いとは違い、ただ食べたいから食べるという生命の根源的な欲求に突き動かされているのがこの漫画であり、同時に、生命維持に必要不可欠な行為でありながら、そのあまりの健康の悪さに死の影がちらつくという矛盾を孕んだ恐るべき作品です。
出てくる料理は普通の料理、どころかむしろ、食べたいもの食べられればいいだろと言わんばかりの雑な料理が多いのですが、もちづきさんの空腹を感じる描写と、目の前の食べ物に食らいつく姿が意外にこちらの食欲をそそります。空腹も、雑な料理も、想像しやすいですからね。食通だけが唸るような高級料理なぞ出されても、一般庶民には想像ができんのです。
ですが、そんな共感の後に立ち現れてくるのは、「お腹が空いたときにご飯を食べるのはおいしいね!」みたいな牧歌的な笑顔ではなく、何かに駆り立てるようにただただ食べ物を胃の中に送り込む怪物のようなもちづきさんの姿。そこにもはや食の喜びなどはなく、欲望に支配された哀れなモンスターが一人いるだけなのです。
けど、そんなモンスターも人間社会で生きることを余儀なくされています。人前で「至る」ことのないよう、鬼のような食欲は会社の同僚にはひた隠しにしているのです。鶏もも肉の照り焼き弁当の直後にコンビニで売ってるクソデカもも水(210kcal)を飲んでいては、ばれないはずがないのに。
オ オデハ オイシイゴハンヲ ハライッパイ タベタイダケナノニ……
生の根源に触れながら死の縁に近づく、限界キワキワの食漫画。最近ですと、ジャンプ+の『限界OL霧切ギリ子』(ミートスパ土本)と、webアクションの『これはゆがんだ食レポです』(永田カビ)とあわせて、限界食漫画三銃士というのが私の中での位置づけですね。
younganimal.com
shonenjumpplus.com
comic-action.com
とりあえず読んでみて、食べることの素晴らしさと恐ろしさを知り、自分の食生活は大丈夫だろうかと我が身を振り返ってほしいですね。まあもちづきさんと比べて不安になったら、即病院へGO!ですが。
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母が死んだあの日から、夢を諦め堅実に生きることにした。
不動花壱は絵が好きだった。上手だった。将来はそれで食べていきたいと思っていた。でも、一人で自分たち兄妹を育ててくれた母が死んだ15歳のあの日、彼は筆を折った。妹を育てるため、勉強し、バイトをし、堅実に就職し、社会の優秀な歯車となる。そう自分に言い聞かせてきた。昼休みに手慰みで絵を描いていたのは、かつての夢と熱の残滓だった。
しかしふとしたことから、会社の先輩である若葉紗織が一度諦めつつも漫画家を目指しなおしたことを知り、そんな彼女から漫画を手伝ってくれないかと頼まれた。大人になっても夢を見る彼女の熱に触れ、今、彼の熱もまたくすぶりはじめる……
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新刊にてまゆら復活編に一区切りがついた『2.5次元の誘惑』。
区切りをつけつつ、新キャラを出しつつ、さらにガチホラー話も入れつつ。ガチでホラーにふっててとてもいいですね。もっと高い頻度で描いてほしい。
さてそれはそれとして、先月ジャンプ+で公開され、それを読んで自分でもブログを二本書いた中山敦支先生の『モルモットの神絵師』。それで触れられていたある話が、以前『2.5次元の誘惑』でも登場していたなと思い、ちょっと考えてみました。
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新刊が出てやっぱり面白い『アオアシ』。ゲームの中で挫折と成長を重ねていく姿は見ていてワクワクしますね。昨日もつい既刊を読み返してしまい、寝不足気味です。
さて、面白い作品とはいえ、読んでて少々気になる点があるのもまた事実。それがなにかといえば、セリフの中に稀に登場するカッコ書きの箇所です。
(16巻 p81)
こういうのとか
(24巻 p67)
こういうのですね。
このテの表現が出てくると、それまでの没入感が途端に薄れてスンとしちゃうんですよね。