闇オクナイサマ’sレポート (original) (raw)

アニメ「陰の実力者になりたくて!」第2期の偽札編で取り上げられた信用創造”信用崩壊”について考察します。

1.偽札編ストーリー全体の要約

アニメ本編では、事業を急拡大するミツゴシ商会*1VS伝統的な大商会連合という勢力図のもと、ジョン=スミスと名乗る謎の男(正体はシャドウ)、並びに雪狐商会のユキメが偽札流通による”信用崩壊”の計画を立てました。
結末としては、大連合商会が信用崩壊により財政破綻したのに対して、ミツゴシ商会財政破綻を回避して絶対的地位を築きました。

2.信用創造のメカニズム(一般論)

理論的詳細は省きますが、信用創造(英訳Money Creation)とは、銀行が果たす機能として「預金と貸出の連鎖的反復により預金が乗数倍に増える現象」を言います。この現象ではあくまで預金のみが増えるのであって現金は何ら増減しません。
信用創造には”預金”という仕組みが不可欠です。預金とは文字通り銀行に金銭を預けることをいいますが、利用者の預金引出し額が銀行の現金保有額より少ない限り、銀行の現金保有額が預金総額より少なくても差し支えないということが重要です。
銀行は預金口座に振り込まれた現金を種銭にして金銭を貸し出します。具体例として、100万円を預金口座に振り込んでもらい、そのうち90万円を貸し出した場合、預金額は100万円のままなのに実際の現金保有額は10万円しか残っていないため、もしこの状態で20万円の預金引出しを受けると銀行側は不足分の10万円について引出しに応じることができません。10万円程度の不足であれば有価証券(国債や株式など)の売却や他銀行からの貸出で解消できますが、一勢に大量の預金引出しを要求されて不足分を賄えなくなると、最終的には資産が底をつき財政破綻してしまいます。
ゆえに極論をいえば、銀行側は利用者からの預金引出し需要に応じることができる分だけ現金を保有していれば足りるのです。
実際にも、私たちは金額の多寡こそあれ預金口座を有していて、そこから直ちに全額引き下ろそうとは普通考えません。なぜなら、そもそもタンス預金には盗難リスクが付きまとう上に、預金口座は引き下ろしたい時にいつでも引き下ろせると信じているからであり、また銀行預金に付きまとう**財政破綻リスクの方が1000万円分の預金保険制度がある点で盗難リスクよりも安全であると考えるからです。
しかし、銀行の経営難などにより「預金口座から金銭を引き出すことができないかもしれない」との疑念が人々に漂うと、そうなる前に我先にと預金口座から金銭を引き出す人が急増します(いわゆる取り付け騒ぎ)。
アニメ本編で二人は「現在流通している通貨に偽札が混入しているかもしれない」との疑念が通貨への信用力を失墜させ
信用崩壊**を招くことで銀行の財政破綻を狙ったのでした。

3. アニメ本編で起こった信用崩壊(必読)

a.アニメ本編の貨幣制度 アニメ本編では、金貨(単位:ゼニー)との交換を保証した二種類の紙幣(兌換紙幣)、すなわちミツゴシ銀行が発行した紙幣(以下、ミツゴシ銀行券と称す)と大連合商会が発行した紙幣(以下、大連合商会券と称す)が流通していました。
こうした金貨本位制には、現代日本の不換紙幣たる日本銀行券と異なり、重くて嵩張る金貨の代わりにミツゴシ銀行券と大連合商会券が流通するという性格があります。そのため、この二種類の紙幣は金貨の代替物に過ぎず、いつでも金貨と交換できなければなりません。「いつでも金貨と交換できる」という民衆の”信用”こそがこの金貨本位制を築いているのです
また、本来であれば紙幣流通量は銀行の金貨残高と等しくする(レバレッジ1倍)のが望ましいです。もし紙幣流通量が金貨残高を超過すると、紙幣全部を金貨に交換する前に金貨が底をつきてしまい、金貨本位制が崩壊の危機に瀕するからです。現代日本でも実際は信用創造によってこうした超過状態(いわゆるハイレバ状態)が常態化してますが、度が過ぎるとやはり危険です。

以下の文章は**信用創造の本質やその危険性金貨本位制下での兌換紙幣の本質**を鮮やかに描写しています。

「この一枚の金貨が何倍にも膨れ上がる。そこにあるのは幻のような儚い信用……」

低くよく通る声で、彼は語る。

彼が言っているのは最近流通している紙幣のことだとユキメは察した。

「民衆が紙幣だと思っている紙切れは、正確には紙幣ではない。正体は預金の預かり証、これは現金との引換券にすぎない。ミツゴシ銀行は預金の預かり証に決済機能を付与し流通させたのだ。最初はミツゴシ商会グループでしか使えなかったが、今では信用が広まり王都では大体の店で使える。民衆はこの紙切れに現金と同じだけの価値があると信じている……」

[・・・]

大商会連合の紙幣は想像を超える勢いで広まっている。しかし、金を借りる人間はいるものの、金を預ける人間は少なかった。彼らは既にミツゴシ銀行に金を預けていて、わざわざ大商会連合に移動する人間はほとんどいなかったのだ。

それが意味することは……。

「実際の資金の何十倍もの量の紙幣が発行され、予想を上回る量で流通していっていんす。紙幣は現金との引換券でありんす。つまり紙幣の十分の一でも現金と引き換えされたら大商会連合は……」

危険だ。信用創造にはこの手のリスクが伴うが、これ以上リスクが増えるのは危うい。

しかし大商会連合はミツゴシ銀行を潰すため紙幣を発行せざるを得ない。この先、資金と紙幣の差は更に開いていく。

危険はさらに拡大していくのだ。

https://ncode.syosetu.com/n0611em/117/

b.偽札流通による信用崩壊
ジョン=スミスもといシャドウは、ミツゴシ銀行のお札には透かしがあるのに対して大連合商会のお札には透かしがなくデザインも粗いことに着目して、ユキメとともに大連合商会券の偽札を発行することを企みました。二人の計画は、大連合商会券の偽札を流通させることによって、本物の大連合商会券に対する信用を崩壊させるとともに、この信用崩壊の波をミツゴシ銀行券にも飛び火させることでした。偽札の流通は実際の貨幣流通量を過大に見積もることにつながり、偽札で金貨に換えることができると、本物の大連合商会券を金貨に換える前に銀行の金貨残高が底をつく危険性が高まります。さらに偽札流通の嫌疑が民衆に広がれば「いつでも金貨と交換できる」という”信用”が「金貨と交換できなくなるかもしれない」という”疑念”に豹変し、金貨への換金に拍車をかけると考えられます。銀行の金貨残高が底をつけば、新たに金貨を調達できない限り財政破綻してしまいます。こうしたプロセスがアニメ本編での信用崩壊と考えられます。要するに、二人の計画は①通貨流通による信用創造を前提に②偽札流通による疑念創造(=信用崩壊)銀行の財政破綻というプロセスを経ます。
計画実行段階において二人は本物よりも高品質な偽札を製造・流通させることに成功し、偽札流通の嫌疑が現れる前に先んじて偽札を金貨に換金できました。
これによってミツゴシ銀行も大連合商会も、金貨残高が底をつき民衆の換金需要に応じることができず財政破綻するかと思われましたが、結末は大連合商会だけが破綻し、ミツゴシ銀行はシャドウの手記を頼りに金貨の保管場所を突き止め、その金貨をもって民衆の換金需要に応じることができました。つまり、ミツゴシ銀行は
大量の金貨を用意できたため「金貨と交換できなくなるかもしれない」という”疑念”を民衆から払拭させ、信用崩壊を回避することに成功した
のです。

4.現代日本との比較

アニメ本編では金貨本位制下の兌換紙幣が流通していたのに対して、現代日本では不換紙幣、つまり金貨との交換が保証されずあくまで強制通用力*2でしか根拠づけられない**法定通貨**が流通しています。
兌換紙幣の発行数量は金貨の数量に制約されますが、不換紙幣には名目上制約がありません。両行とも通貨発行権を有することになりますが、ミツゴシ銀行は金貨の数量に応じてミツゴシ銀行券の発行数量を調節する必要がある一方、日本銀行は過度なインフレにならなければ名目上無限に日本銀行券を発行することが許されます(詳細はMMTを参照)。
ミツゴシ銀行は民間企業なので財政破綻することがあり得ますが、政府の認可法人であって名目上無限の自国通貨発行権を有する*3日本銀行財政破綻することはあり得ません(詳細はMMTを参照)。ミツゴシ銀行が破綻しても金属通貨あるいは鋳造通貨たる金貨の流通に戻るだけと思いますが、万が一に日本銀行が破綻すると日本の貨幣経済が終わります。

5.結び

アニメ「陰の実力者になりたくて!」第2期の偽札編では、緊張と緩和を精妙に均衡させた、いつも通りのシリアスコメディが展開されており、大変面白く視聴しています。残響編にも期待してます。
偽札編は信用創造と信用崩壊の本質に迫るストーリー構成になっており、現代貨幣理論との比較に重大な示唆をもたらしてくれました。

(参考文献)

金融の基礎的な知識を身に着けるには『金融読本』を読むのが一番よいと思います。理論的正確性を保ちつつ、図式を多用して本質的な理解へと読者を誘ってくれます。

金融読本(第32版)

MMT理論は以下の書籍が詳しいです。

MMT現代貨幣理論入門