東京の図書館から~小金井市立図書館~:カシオーリが弾くベートーヴェンの変奏曲集 (original) (raw)

東京の図書館から、今回は小金井市立図書館のライブラリである、ベートーヴェンの変奏曲集を取り上げます。演奏するのは、ジャンルカ・カシオーリ。イタリア生まれのピアニストです。

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主にドイツ・グラモフォンからアルバムを出しており、現在はユニヴァーサル・ミュージック所属のようです。演奏としては、決して奇をてらわずに、しかししっかり歌いあげるものになっています。

それゆえに、ベートーヴェンの演奏曲の本質が見えるような印象を受けます。曲目としては、全8曲中6曲がWoOが付与されている曲、つまり作品番号が付与されなかった曲になります。しかし、そのWoOが付与された曲であっても、決して形式や内容で作品番号が付与されている曲に劣っていません。これは何を意味するのか?

よく言われるのが、作品番号が付与されているものに比べれば劣るものという解釈です。これは半分正しくて半分間違っていると私自身は考えます。では、この変奏曲において、作品番号にひけを取らない作品がズラリと並んでいるかの説明にならないからです。

この曲集においては、他人の旋律を借りたものはWoO、自身の旋律を用いたものは作品番号が付与されています。その編集を見ますと、ベートーヴェンがなぜ作品番号を付与しなかったかが明確になるように思います。つまり、他人の旋律を借りたものは、変奏がベートーヴェンのオリジナルだとしても、どこか独創性が低下することになります。一方で、自作の主題を使ったものは徹頭徹尾独創性にあふれていることになります。

つまり、様式や形式的には同じですし、素晴らしい作品なのですが、私達にはどこか違った印象を与えるのは、ひとえに主題がベートーヴェンの自作なのか否かが理由であると結論づけられるわけです。おそらく、ベートーヴェン自身がそのような印象、判断をしていたと考えていいでしょう。唯一の例外は、5曲目に収録されている「アンダンテ・ファヴォリ」WoO.57でしょう。これはそもそも、ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」の第2楽章として作曲されたもので、作曲当時はベートーヴェンの自信作でしたが、ある友人から長いのでよくないとの指摘を受け、最初は否定したものの後から思いなおし差し替えたのち、独立した作品としてWoOが付与されたものだからです。WoOにはこのようなケースもあるのです。

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つまり、WoOは決してベートーヴェンが破棄した作品ではなく、自身の独創性という観点から、作品番号を付与しかなった作品という区分けが大前提である、と言うことです。そうでなければ、「アンダンテ・ファヴォり」がなぜWoOなのかが説明できなくなります。もっと簡単に言えば、作品番号を付けるには次点であった、と言うほうが分かりやすいでしょうか。

カシオーリの演奏を聴いていますと、作品番号もWoOも、特に明確に演奏を変えているようには聴こえません。しかし、作品番号がついている作品の方がよりドラマティックに聴こえるから不思議です。それは、そもそも作品を規定する主題が、他者からの借り物か自作かの違いなのだと考えるほうが自然です。それはまさに、奇をてらわない演奏であるがゆえに私たちに伝わるのではないでしょうか。っして、まさにそのベートーヴェンの二つに対する規定の内容を伝えることが、カシオーリのメッセージだとすれば、符合します。

その点でも、このアルバムはベートーヴェンの変奏曲を理解するための、大切な一枚であろうと確信するところです。さすが、図書館ならではのライブラリだと思います。

聴いている音源
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
サリエリの歌劇「ファルスタッフ」から二重唱「まさにそのとおり」の主題による10の変奏曲変ロ長調WoO73
グレトリーの歌劇「獅子心王リチャード」からロマンス「燃える心」の主題による8つの変奏曲ハ長調WoO72
ジュスマイアの歌劇「スレイマンⅡ世」から三重唱「たわむれ、ふざけて」の主題による8つの変奏曲ヘ長調WoO76
ヴィンターの歌劇「妨げられた奉納式」から四重唱「子供よ、静かにお休み」の主題による7つの変奏曲ヘ長調WoO75
アンダンテ ヘ長調WoO57「アンダンテ・ファヴォリ」
トルコ行進曲」の主題による6つの変奏曲ニ長調作品76
創作主題による6つの変奏曲ヘ長調作品34
トーマス・アーンの劇音楽「アルフレッド」から「ルール・ブリタニア」の主題による5つの変奏曲ニ長調WoO79
ジャンルカ・カシオーリ(ピアノ)

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。