古本ときどき音楽 (original) (raw)


金岡秀友『日本の神秘思想』(講談社学術文庫 1993年)

神秘学の関連で、日本の神秘思想について書いた本を読んでみました。日本の神秘思想と言えば、素人考えでは、神道、仏教、それに道教の影響を受けた民間信仰や、明治以降の西洋の影響の混じり合った霊能者たちの存在が考えられますが、この本は仏教を中心に書かれています。よく分からない部分もありましたが、とくに、日本人の古来からの自然観やあの世観が仏教の導入によってどういうふうに影響を受けたかという視点が強く、仏教の中では、とりわけ浄土思想と密教に焦点が当てられています。

著者の主張は、「仏教が入っても、古代日本人の自然観・人生観は本質的には変わるものではなく、仏教の肯定的な自然観、浄土観はそのまま日本人の間に定着して行った」(p43)や「仏教はやはり、日本人のこのような自然観を補強する方向で働いた。あるいは、そう働きうる仏教のうちのある流れが受容され定着した」(p58)という文章に見られるように、日本人のもともとの自然観や性質が歪められることなく、外来宗教が受容されたという点にあります。

この主張はまた、日本が中国から、「姓」や「科挙」、「宦官」、「纏足」などの制度や風習を取り入れることがなかったことを例に挙げ、「あれだけ長く、あれだけ深く、骨まで中国の文化・風習を受け入れたように見えながら・・・日本人は、やはり、中国人のそれとは明瞭に一線を画していた」(p87)という指摘につながります。

日本の自然観、あの世観は何かというと、高天原が、抽象的で空想的な天上世界ではなく、現実を投影した風景とともに、現世と自由に行き来できるものとして描かれ、また黄泉国が、国土に隣接する地理的場所に設定されているように、あの世が、現世と次元の異なる隔絶した世界ではないという指摘です。これは今読んでいる梅原猛『日本人の「あの世」観』でも強く主張されていることです。

その他の著者の主張をいくつか抜粋しますと、
①宗教の定義を、「生滅変化するこの世にあって、それを超える『何ものか』のあることを信じ、それを体得し、その中に生きんとする営み」とし、生滅変化の特質は、有限、相対的、部分的であるとしている。→ということは、何ものかとは、無限、絶対的、総合的(あるいは全体的)であり、ここに神秘主義の潜む鍵があると思う。

②宗教の性質からして、現実そのままでは成り立たず、また実在(「何ものか」のことか)を求め現実を否定し現実から隔絶してしまっても成り立たない。この現実と実在の一致を一身に体得することが神秘主義であり、仏教は神秘主義的と言える。そのなかでも、もっとも傑出しているのは、まず万物に神を見る神道的な現実感を取り入れた天台宗、その影響のもとに、現実の中に浄土を見る日蓮宗、インド・ヨーガに源流を持ちながら日本風の現世主義傾向を持つ禅、密教としている。人物としては、日蓮空海に焦点が当てられていた。

密教は、釈尊滅後1200年後の7世紀インドにおきた新しい根本仏教運動であり、仏教中の神秘主義である。真実は自己の心中にあり体内にあるもので、外界に実在する実体的なものではないとみるところに特徴があり、真実とは表現を超えたものであることを知悉しながら、しかもそれを積極的に表現し把捉しようとするもの、それが密教のめざすところであった。

浄土教は、他の仏教の現実を重視する傾向とは背馳するかのように見えるが、浄土教においても、浄土へと向かう「往相」と、現実へ回帰する「還相(げんそう)」があり、浄土からの眼を持つことによって、現世の諸悪が見えてくるというところに意味がある。

⑤古代に、祖神同士の争いのあるなかで、仏教という別次元の宗教的価値が登場したことにより、祖神が無力化され、その上で、天皇家の祖神と仏教が連合することにより、天皇家の権威が確立したのである。そしてそれを予見したのが聖徳太子であった。

新しく教えられるところがありました。
四天王寺は、聖徳太子蘇我馬子の連合軍が物部守屋を打ち負かした戦勝記念碑であり、寺の財源として物部守屋の財産が当てられたこと、法隆寺もまた、聖徳太子の息子山背大兄王(やましろのおおえのおう)が自殺した場所であり、両寺とも死者の怨霊が籠っていること。

②仏教がインドより西へは広まらず、キリスト教がインドから東へは行きわたらなかった理由は、インドの西に「大食(タージー)」という軍事的に強大で文化的には閉鎖的な大国があり、交流を不可能にしたから。

③閻魔の本地は地蔵であり、そこに仏教の地獄がもつ意味が込められている。救うために裁くのである。閻魔も人を裁きながら、朝・昼・晩の三度、熱した溶銅を口にあおり悶絶して死に至り、またよみがえって人を裁き続けるという。

④日本の古寺670か所を調べたところ、開祖として伝えられている僧は、平安仏教の空海が61か所、奈良仏教の行基が46か所、あとは、日蓮15か所、親鸞14か所、法然12か所、道元3か所であった。歴史的事実は別として、人々の心の中に誰を仰ぎたかったかという事実を示している。


高橋巌+荒俣宏『神秘学オデッセイ―精神史の解読』(平河出版社 1982年)

引き続いて高橋巌を読みます。大学のポストを捨てすでにシュタイナー研究の神秘学者として確立していた高橋巌と、まだ翻訳中心の活動をしている若き荒俣宏の対談です。はっきり言って期待外れ。高橋巌には、『ヨーロッパの闇と光』、『美術史から神秘学へ』で見せた緻密な議論はなく、ほとんど荒俣の一方的な喋りに終始し、しかも荒俣も人名や事実を列挙するのに汲々としているため拡散していて、深みのある議論にはなっていません。

想像力豊かな、悪く言えば誇大妄想の二人が繰り広げる神秘学展望といったところでしょうか。神秘学の魑魅魍魎の世界を嬉々として語りあっていますが、よく分からないところがありました。荒俣には、一種のバロック精神のような過剰さがあり、もっとシンプルに語れないものかと思ってしまいます。その分、近代の神秘学関連の人はすべてといっていいくらい(というか私もあまり知らないので)、人名が網羅されている気がします。

こうした網羅の魔にとり憑かれた語りの特徴は、年表作成はもちろんのこと、系譜をたどり系統図や比較表を作ったり、テーマに沿った参考文献の一覧を添えたりするところにありますが、これは幻想美学愛好者が幻想美学を語る際の網羅の手口と共通するところがあります。神秘学と幻想美学の愛好者は、同じ性癖を持っているということでしょうか。

それでも、いくつかの論点が見えているような気がします。
①ひとつは、学問探求のあり方で、二人とも、近代の探求が、専門分野や国家別に分散される傾向を嘆いていて、総合の学の重要性を強調しているところ。荒俣は、フリーメーソンや薔薇十字運動に、国別の殻を打ち破るユニバーサリズムを見、神秘学こそすべてを総合する力があるとし、高橋は、書物を通してではなく、人間を通してしか、神秘学は探求できないと言う。

②別の言い方をすれば、二人とも、世界を数式によって表現できる量的なものと捉えたり、分類によって合理的な秩序を構築しようとする考え方ではなく、世界を有機体として質的なものと捉え、動的な展開や総合の力を重要視しているということ。

③19世紀後半にヨーロッパで起こった神話復興運動が総合の方向の一つであり、その背後には、根源の探求ということがあった。やはり19世紀のロマン主義は、根源の風景を描こうとして、自分の心の深みへ降りていこうとした運動であった。

④東と西の問題についての議論があった。西洋の救いを東洋に求める動きは、16、7世紀の中国やインドの思想の紹介から始まる。神智学というのはその19世紀版であるが、シュタイナー自身は神智学を捨て、最終的には、西洋において西洋を救うという方向へ行った。

微細な知識の面で、教えられたのは、
プロティノスの師にアンモニオス・ザッカスという人がおり、プロティノスはその思想を受けて『エネアーデス』を書いた。ザッカスという人物はインド人で、釈迦族であったとのこと。西洋神秘主義の源流は、プロティノスの新プラトン主義ということになっているが、実は東洋にルーツがあったという。

②日本人は青い眼にあこがれを持っているが、人間の赤ん坊はすべて青い眼をしているらしい。アジア人が茶色の目をしているのは、生後数日してから色素が沈着するからである。日本人の場合は、すでに胎児期から色素沈着が始まるという。

③この本にも、絵画がいくつか紹介されていたが、クローゼン・ダール『月明かりのドレスデン』、ターナーの『モントリオ』、『聖ハーバート教会のチャペル』、カールス『嵐の中の樫』が私の好み。カールスの絵はフリードリヒに酷似していた。


高橋巌『神秘学講義』(角川選書 2018年)

高橋巌を続けて読んでいます。美術史美学の分野から神秘学のテーマに移ります。この本は、朝日カルチャー・スクールで行なった講義内容に加筆したもので、ですます調で丁寧な語り口で、とても分かりやすい。5つの章に分かれ、第一章と第二章は、ロゴスの認識とソフィアの認識、知覚と表象、言語の論理とファンタジーの論理、霊・魂・体、知的エネルギーと性的エネルギー、判断と情動、知覚と思考などのキーワードから、人間のあり方を哲学的に論じ、第三章は、神秘学そのものをヨーロッパの思想史的な視点から論じ、第四章では一転して、魂の訓練のための具体的な行法の記述があり、第五章は、代表的神秘学者ブラヴァツキーについて紹介しています。

前半は、明快だし、納得できる議論が多くありましたが、後半になるにつれ、思い込みが徐々に強まって、論理の飛躍欠落が目立つようになり、ついていけなくなりました。ブラヴァツキーの章では、人物そのものが山師的な波乱万丈の人生を送っているため、一種のノンフィクション的な興味で読めましたが、内容としては、第三章までの議論が一体何だったのかと思うほど、別の世界に入り込んでいます。

前半の感銘を受けた議論を中心に紹介しますと、
①ロゴスの認識とソフィアの認識:言葉を通して論理的に考える認識以外に、感性による認識というものが考えられないか。音楽とか造形の論理は言葉によらないものであり、詩も言葉を使っているが、響きやリズム、イメージなどでは、言葉によらない論理の世界となる。これらは構想力(ファンタジー)の論理と呼べる。ロゴスからは批判の精神が生まれ、ソフィアから畏敬の念が生まれる。合理主義の精神には、その本質から、畏敬の念が出てくる可能性はない。

②言語の論理とファンタジーの論理:理性的な他人に伝達するための論理は、外界から、知覚を通って表象、記憶、概念と進み、ファンタジーの論理は、内界から情動を通じて、記憶像、表象、幻覚へと至る。ファンタジーの論理は、思考における退行現象という見方もできる。フロイトは、この退行現象を「快楽原則」と呼んだ。

③知覚と表象:何かを知覚したとき、心の中に感覚像が表象として現われ、それが言葉と結びつき記憶となって保存される。例えば、黒板を見たとき、知覚であると同時に表象でもあり、この表象はいろんな黒板の記憶と結びついている。その関連の中で、目前の黒板について大きいとか小さいとか、白墨がないとかの判断がなされるわけである。目の前に対象がないときでも、記憶表象が内面から浮上するが、これは夢と同じあり方をしている。

④霊・魂・体:現実世界を表象させているわれわれの魂の奥底には、第二の別の現実世界への通路が開かれており、それが霊的世界である。これは、物質的な世界(体)、生命ある魂の世界(魂)と並ぶ第三の世界である。この「三分説」の立場こそ神秘学の根本である。物質と心、物質と意識、肉体と魂という風に二つに分けて考えている限り、神秘学に行きつくことはない。

⑤知的エネルギーと性的エネルギー:知的エネルギーと性的エネルギーは、同じ生命のエネルギーでありながら、プラス・マイナスの関係になっている。熱病で苦しんだり、成長や生殖作用が行われたりしているときには、思考力は減退し、逆に思考力を集中的に行使すれば、新陳代謝の機能は低下する。

⑥判断と情動:判断は魂の内なる表象活動から始まり、最後は魂の外なる事実を指示することで客観的な結論として終わる。情動はどこからか始まり、外界との間の壁にぶつかるが、最後は内界の中の満足をもって終わる。

⑦知覚と思考:お腹がすくと自分という存在を意識したり、石にけつまずいて痛みを感じたとき、石とともに、自分がここにいることを意識するように、知覚は自我体験と結びついている。感覚が働いているときには、自我も同時に目覚めている。魂が表象と判断だけの生活を続けていると、魂は枯渇していく。芸術の意味というのは、感覚を刺激しながら、客観的な判断も伴う魂の営みということにある。

第四章のシュタイナーの行法は具体的で面白いので、そのうちのいくつかを紹介しておきます。これらは、日々の生活には直接何の役に立たないことばかりですが、生命や魂にリズムを与えるものとなります。

ア)一つの物を見てあれこれ想像すること:例えばマッチを一本見て、マッチとは何かを考え、マッチの歴史、マッチを作る工程に思いを馳せ、これまでのマッチとの出会いを振り返る。

イ)目の前の事象について、過去の判断を捨て、新鮮な目で見ること:例えば、雨の音を、今まで聞いたことのない音のように、新鮮な驚きとともに聞くこと。

ウ)植物行:花屋から1本の花を買ってきて花瓶に入れ、つぼみの段階から、開花、萎れるさま、落花、枯れるさまのプロセスを毎日丹念に観察する。

エ)自分の習慣の対極を意識すること:例えば、普段丸っこい字を書いている人は、角ばった字で書いてみること。

オ)薔薇十字のメディテーション:真っ赤な血のような色をした薔薇の花が7つ、真っ黒な十字架の上に光り輝いていることを観想すること。
ほかにもいろいろありましたが省略。

『ヨーロッパの闇と光』のなかにもいくつか行法の説明があり、仏教の観法にも似ているところがあるとの指摘が添えられていました。こうした行法は、本で読んだり、人から言われてやるというより、自分なりに考えて見つける、あるいは本で読んだとしても自分流にアレンジするとか、自らの主体的な取り組みが重要な気がします。誰でも自分なりの行法を持っているのではないでしょうか。

表紙扉「神戸奢霸都館呈蔵」の印あり

MAURICE MAGRE『LA PORTE DU MYSTÈRE』(CHARPANTIER 1924年

生田耕作旧蔵書、神保町田村書店での購入本。モーリス・マグルは、やはり生田耕作蔵書ということで購入した『Lucifer』でその名を知り、その後、梶浦正之『現代仏蘭西詩壇の検討』で名前を見たりしましたが、日本ではあまり知られていない作家だと思います。これまで、長編小説では『Lucifer』(2012年12月3日記事参照)、『LE MYSTÈRE DU TIGRE虎奇縁』(2016年6月3日)、『Les Colombes poignardées傷ついた鳩』(2013年7月24日)、中編小説では、『Nuit de haschich et d’opiumハシッシュと阿片の夜』(2019年12月30日)、回想録『CONFESSIONS―SUR LES FEMMES, L’AMOUR, L’OPIUM, L’IDÉAL, ETC..告白録―女性、愛、阿片、理想など』(2021年9月15日)を読みましたが、詩集ははじめて。

フランス詩をフランス語ではあまり読んでませんが、ボードレールのかなり強い影響と、雰囲気にはジャン・ロラン散文詩に近いものを感じました。年代からいうと、1924年なので、象徴派の時代は過ぎ去っていますが、象徴主義作品だと思います。上記『現代仏蘭西詩壇の検討』では、マグルは高踏派の詩人として紹介されていました。マグルの詩のこれまでの翻訳は、私の所持している限りでは、与謝野寛譯『リラの花』に3篇、堀口大學譯『月下の一群』に1篇、大木篤夫訳『近代仏蘭西詩集』に1篇収められています。

本作は、99篇の詩が収められた詩集ですが、構成としては、「LE CAVALIER BLANC ET LE CAVALIER NOIR白い騎士と黒い騎士」(52篇)、「LE RETOUR DE LA MORTE死からの帰還」(25篇)、「À TRAVERS LES VIES ANTÉRIEURE前世を旅して」(17篇)という3つの小詩集が収められ、さらにそれらとは独立した詩として、冒頭の「L’Ange corrompu堕天使」、中ごろの「La Porte du Mystère」、さらに最後に「Les Compagnons de l’agonie苦悩の仲間たち」「L’Étoile intérieure内部の星」「À l’avant du bateau船首」3篇が添えられています。

見事な美しい詩の世界。描かれているのは幼稚とも思える抒情的風景ですが、日本語の詩では味わえないような不思議な佳境があります。全般的に、夕暮れの静けさに包まれているような感じ。まさしく象徴詩と呼ばれるにふさわしい詩篇が並んでいます。少し気恥しいような抒情にまみれていますが、マグル47歳のときに出版された作品。

2、3篇、よく理解できない詩がありましたが、それ以外は単語も素直、文も平明で読みやすい。一つ発見したのは、詩のなかの言葉には見たこともないような難しい単語があまりないということです。『悪の華』しかり。理由としては、普通の散文に出てくるような抽象名詞が少なく、形容詞や副詞が多いからのような気がします。文章も複雑な長い構文のものはありません。詩型としては、基本は12音綴、各詩節が5行詩になっているものが多く、4行詩、6行詩、2行詩、あるいは詩節のない多行詩もあり、脚韻はabbab、abaab、ababa、ababb、ababなどです。

もう一つ発見と言っていいのか、フランス詩の場合は、詩といっても、単一の詩作品それぞれが小さな物語となっていて、なおかつ詩集全体でもある不思議な世界を醸し出していることです。『悪の華』しかり。例えば、本詩集のなかの2番目の小詩集「LE RETOUR DE LA MORTE(死からの帰還)」の詩篇群は、愛する女性を亡くした悲嘆の思いを綴った作品群。全篇、追憶と悔恨と幽霊の気配に満ちています。

いくつかのテーマが見られました。両性具有(Le Jeune homme à la collerette飾り襟の青年、La Porte du Mystère神秘の扉)、死神(Le Moine au loup noir黒い仮面の僧)、一角獣と娘(La Vallée des licornes一角獣の谷)、降霊術(Le Nécromancien imprudent軽率な降霊術師)、蛇(Le Baiser des serpants蛇の口づけ)、キリスト教と冒瀆(La Première messe最初のミサ、Le Pénitent ivre酔っぱらいの告解者)、ナルシス(L’Adolescent amoureux de son visage自分の顔に恋する若者)、廃墟(La Magnifique demeure極上の住まい)、自動人形(Le Merveilleux savant et l’Automate学者と自動人形)、幽霊(La Pression de main手の押し、L’Ombre qui frappe à la porte戸を叩く幽霊、Les Lamas fantômesラマ僧の幽霊)など。

詩の大半は女性を歌ったもの。エロティシズムが漂う詩が多い。「L’Ange corrompu堕天使」、「La trop belle confidente美しすぎる腹心」、「Les deux rires de la princesse王女の二つの笑い」、「La Danseuse de minuit深夜の踊り子」、「La Puissance du souvenir思い出の力」。瀆神のなかの聖性、悪徳のなかの清浄さを謳った詩にはサドやバタイユを感じさせるものがありました。

印象に強く残った詩の題名と簡単な印象を記しておきます。
「LE CAVALIER BLANC ET LE CAVALIER NOIR」より
La solitude désespérée(孤独の絶望):夜の舟遊びで月光の下で見る神秘的風景
La Lampe qui s’éteint(消えゆくランプ):出発を前に頼りのランプが消えかかる不安
Le Tueur de cygnes(白鳥扼殺者):白鳥と血の対比が美しい。リラダン「白鳥扼殺者」の影響か。
La Tour de porcelaine(陶器の塔):女性が鳩に変身する一瞬の幻影
Le Merveilleux jardin(見事な庭園):黄昏の庭園にひとり残される孤独
Le Moine au loup noir(黒い仮面の僧):祭の夜、仮面を外した死神にみんな凍りつく
La Danseuse de minuit(深夜の踊り子):夜部屋に来てストリップダンスを踊るなり消えた女
L’Ile du souvenir(思い出の島):毒の島のグロテスクな描写が秀逸
Le Cimetière des réprouvés(見捨てられた者たちの墓):絞首台の地に眠っている死者の呪詛
Le Nécromancien imprudent(軽率な降霊術師):蘇らせた霊がとんでもない代物だった
La Mauvaise auberge(ひどい旅籠):悪夢のような出来事が起こる
Le Pavillon étrange(不思議な東屋):何が起こった?呪われた快楽の気配だけが漂う
Le Baiser des serpants(蛇の口づけ):各種蛇のオンパレード
Ce n’est rien(何でもない):飲み過ぎて記憶をなくした夜と似ている
La Magnifique demeure(極上の住まい):とんでもない廃墟に愛着を持つ男
La Chevauchée du prophète(預言者の騎行):怪獣に乗って駆けまわる描写が凄い
Le Bouddha de bois peint(木彫りの仏陀):行先知れずの道に佇む孤独
Le Guide aveugle(盲の案内人):象徴主義アレゴリーのような詩
「LE RETOUR DE LA MORTE」より
Les Heures(時間):遠くの鐘の音に呼応する私の魂
Complainte de la nuit sans sommeil(眠りなき夜の嘆き):悔恨のうちに彷徨う
La Pression de main(手の押し):幽霊の去ったあと手に残る涙の痕が印象深い
「À TRAVERS LES VIES ANTÉRIEURES」より
La Naissance de l’âme(魂の誕生):怪獣の生から人間に転生する
Quand j’étais femme(私が女だったとき)の連作詩から
Ⅳ. L’Étang vert(緑の池):緑の池の中に幻影の町を見る
Ⅹ. Les Lamas fantômes(ラマ僧の幽霊):死んでも欲望に憑かれている幽霊
独立詩より
La Porte du Mystère(神秘の扉):部屋の壁の青銅の扉を開けてみるとそこには…
L’Étoile intérieure(内部の星):絶望の果てに彷徨する男が最後に見つけた光は


高橋巌『美術史から神秘学へ』(書肆 風の薔薇 1982年)

前回に続いて、高橋巌の本を取り上げました。美学美術史に関する初期の論考をまとめたもので、『ヨーロッパの闇と光』以前に書かれた論文もいくつかありましたが、ほとんどは以後の作品。『ヨーロッパの闇と光』を読んで、なんとなくぼんやりと高橋巌の美学上の立ち位置を感じていましたが、この本を読んでようやくそれが明確になったように思います。

ひとつは前回も少し触れましたが、著者が、バロック―ドイツ・ロマン主義象徴主義という流れに高い関心を示していること。そしてもうひとつ、「序」にあたる冒頭の「若きヴエルフリンにおける美学と美術史」や評論のいくつかから窺えたのは、ブルクハルト―ヴェルフリン―ゲーテワーグナーという系譜を考えていることで、自らの学問的姿勢もその線上に置いているということです。

ブルクハルトは歴史についての思弁的哲学的なアプローチを意識して避けようとしていて、ヴェルフリンはそれを美学の世界に持ち込み、芸術を因果論的に考察することではなく、ひとつの生命法則として目的論的に追求することにより、独自の美学を打ち立てたとしています。またゲーテにも抽象的思惟に対する不信があり、「私の観照そのものが一つの思惟である」として、直接観ることやファンタジーの力を称揚しており、ワーグナーも、概念的思惟よりも自然=生の形成の法則が根源的かつ必然的とみなしているということで、上記の系譜を思い描いています。

本書には、私にとって興味深い主張や論点があったので、記しておきます。
①ヨーロッパでの古代の終わりを、529年としていること。根拠として、モンテ・カッシーノの異教神殿を破壊して、同じ場所に西洋最初のベネディクト会修道院を創設し、また同年、アテネ・アカデミーが廃止されたことを挙げている。

②ドイツとネーデルラントには、イタリアのようなルネサンス時代はなく、15世紀は初期ルネサンスというよりも末期ゴシックというのがふさわしく、そのままルネサンス様式を飛び越えてマニエリスムもしくはバロックに直結している。その証拠としては、ルネサンス様式の本質である空間形式において、イタリアのブルネレスキ、アルベルティなどに比肩しうる建築家がひとりもいないことである。

デューラーが南方への志向を持ちイタリア美術から多くを学んだのに対して、クラナッハはつねに北方への志向を持ち続け、ドイツ浪漫派の先駆者として、森と童話のドイツ的幻想の中に生きた。

ブリューゲルを代表とするネーデルラントの画家は、グリューネヴァルトデューラーのようなドイツの大画家の場合と異なり、大祭壇画が少ない。ブリューゲルの絵は室内や屋外での人間生活を描く風俗画で、これは、人間抜きの自然を描く純粋風景画と、書割なしの人間を描く純粋肖像画との中間に位置している。ブリューゲルの絵の特徴は、細部の部分が単独でも鑑賞できること、後ろ向きの人物像が巧みであること、いたるところにテーブルもしくはその代用が描かれていること。

ロココは、アポロン的というより、ヴィーナス的と言った方がふさわしい。ヴィーナスに不可欠の鏡はロココにあっても不可欠である。ドイツ・ロココは、フランスから伝えられた貝殻装飾や渦巻装飾が現われた時点を成立期とすることも考えられるが、建築物の空間構成の変化にも明らかである。バロックからロココへ移行するに従って、広間は膨張し、円形もしくは楕円形の複雑な組合せを持つようになる。→ドイツ・オーストリアロココ美術については、あまり知らなかった領域であるが、豊富な実例をもとに詳しく解説されていた。

⑥浪漫主義は視覚芸術である絵画や彫刻よりも、むしろ眼をつぶった方がよく理解できる音楽や詩の分野ですぐれた作品を生み出した。また浪漫的風景画は素描の段階ではしばしば印象主義的な筆触が現われているが、完成された油彩画においては、かつての古典主義的な形式に立ち帰ろうとしている。

⑦現実や自然に対する素朴な信頼は、印象派においては、画面の全体的効果の中で追及されていたが、ラファエル前派では、細部の中に実現しようとしている。これはラファエロ以前の絵画の特徴でもある、と印象派とラファエル前派の比較をしている。

印象主義による純粋知覚体験の追求が、失われつつある人格復権への「昼の営為」であるとすれば、象徴主義者たちによるエロスのラディカリズムの探求は、同じ近代批判の「夜の側面」を代表しているということができる。

⑨自然科学的思考方法が、既成の宗教の諸概念を否定せざるをえなくなると、宗教に代わって芸術が、神秘的世界と関係することのできる唯一の場所となった。このことについてはすでに、ドイツ・ロマン派のヴァッケンローダーが、芸術は宗教的な象徴表現にほかならないと論じていた。

ゲーテが次のような幻視体験を語っていました。「目を閉じ・・・一つの花を思い浮かべると、いつもその花は一瞬間も最初の姿にはとどまらず、ばらばらになって、その中から、多彩な花弁やあるいはまた緑色の花弁から或る新しい花が、ふたたび開いてくるのだった・・・それは私の望み次第いつまでも持続し、弱まることもなかった」。そして、「もしそれが意識的・積極的に訓練されるならば、どんな人のうちにも見出すことのできるものであろう」と書いています。私も、疲れているときなど、眠る前に、人の顔が次々と現われて表情を変えていくということがよくあります。これは自分の力とは別のところからきていて、まるで映画を見ているようです。

本書に掲載されていた絵や建築で、新たに気に入ったのは、ヨアヒム・パティニール「地獄の川の渡し守」、クラナッハメランコリア」、ハイルブロンのキリアン教会の塔、ミュンヘンイエズス会の聖ミヒャエル教会、アシャッフェンブルク城、アントワープ市庁舎、ノルベルト・グルント「古代記念碑のある廃墟」、ベックリン「海辺の邸宅」、「波の砕け散る岸壁」、ルドン「精霊のようなものをしばしば天空に見た」。


高橋巌『ヨーロッパの闇と光』(新潮社 1970年)

高橋巌については、以前から現代日本の数少ない神秘主義者という認識で、何冊か本を購入しておりましたが、6月に読んだ神谷光信『片山敏彦 詩心と照応』で、高橋巌が片山敏彦の精神的嫡子であったというのを読んで、さらに興味がわき、本書を手に取りました。

読後、高橋巌についての印象がまったく変わりました。単なる神秘主義の人というより、美学、美術史の人であり、感情重視の人であり、バロックロマン主義に関心が高く、ドイツ的教養にあふれた探求の人であるということです。ワーグナーベックリン、新プラトン派、ノヴァーリスへの愛着を吐露していますが、私が大学に入ったころの関心とかなり重なっており、もっと早くに高橋巌の著作に触れておけばと今さらながら残念に思います。

本書は、序、第一部、第二部と分かれていて、序には、著者がもっとも重要と考えている問題意識が書かれ、第一部は、一種の旅行随筆風なところもある美術論、第二部は、著者が影響を受けた美学者芸術家の一人一人に焦点を当てた評論となっています。取り上げられているのは、ハインリヒ・フォン・シュタイン、ゲーテヴァーグナー、フリードリヒ、クレー、ユングルドルフ・シュタイナー

いくつかの論点がありましたが、ひとつは序を中心に展開されている、歴史的展望からの現代社会への問題提起で、私の大胆な脚色を加えれば、次のようなものです。
①西洋の学問、思想は、知覚体験を排除し、客観的な自然科学的な認識をもとに世界を捉え、物理学、化学、工学などによって、自然を体系的に秩序づけてきた。それによって近代社会が作られてきたが、一方、信仰と知識の分離が起こり、啓蒙思潮の時代以来、思考型の人間が世の中の中心となってきた。

②思考型の人間が社会にとって都合がいいのは、抽象化された概念によってお互い同士の意思疎通が容易となるということであるが、一方で、人間は個体的であり、それぞれ独自の質的内容を体験しており、この感覚体験ほど他人に内容を伝えにくいものはない。近代的人間は、この孤独な個人の質的体験を犠牲として、社会性を獲得してきたと言える。

③自然科学の扱う世界とわれわれの感覚が捉える世界とは同じ現実界であるのに、このようなプロセスは、われわれをとりまく色と音にみちた世界を沈黙と闇の世界へと化していった。そして人々は批判精神ばかり旺盛になって、その対極であり重要な感情である畏敬の念を見失ったことに気づいていない。もっとも大切なものは自分自身に対する畏敬の念であるというのに。

④この現状に対して、知性によってくもらされた知覚体験から感覚の純粋さを取り戻すためには、非常に意識的な、強力な意志の働きが必要であり、美学的神秘主義者のシュタインをはじめ、さまざまな神秘主義者たちが、デカルト主義によって成り立っている現代への批判を、感覚の質的体験の回復を通して行なおうとした。

美についての議論もいろいろとありました。
①美学においては、半論理的図式化や形而上学体系からの演繹によって捉えようとしても、美の本質を不完全にしか得ることはできない。美学の扱う感情は、日常意識される快、不快の領域ではなく、日常とは次元の異なる意識の知られざる深みにあり、それを捉えるためには、大胆さが必要で、いわば錘を表面から深みへと沈めなければならない。

②色や形をしたものがあると、われわれに感じさせるものは、視覚や聴覚などの外部感覚以外に、何か別の働きがあるのではないか。それは思惟とか感情とか意志でもなく、やはり一種の感覚で、均衡感覚や運動感覚のような内部の感覚ではないか。それが外部感覚と結合して、共感覚的な作用をもたらしているのだ。

ニーチェが言うように、他の芸術が現象界の模像であるのに対し、音楽だけが、肉体をともなわない内奥の魂を表わしている。音楽はまた、ランガーが書いているように、言葉がわれわれの目撃したことのない事象について記述しうるのと同様、われわれの知らない感情、気分を示すという点で、感情についての適切な認識手段であり、感情のもつ固有の言語と考えることができる。

もうひとつ神秘主義的な観点からの記述もありました。
①「心の共有は思想や意見の共有とは異なる何ものかである。突然人格の息吹に触れ、個々の思想ではなくして脈打つ魂に引き入れられるのを感じる時、それは我々に対して内的にほとんど一種の悟りの如くに働きかけてくる」というシュタインの言葉で、心的エネルギーの神秘的なあり方を示している。

②テレビを見たり、麻雀をしたりするとき、「私」が主導して生み出したものではない表象の群れが、結合したり排除しあったりするだけで、「私」は場所を提供しているにすぎない。心の舞台に出没する表象の群れと、舞台監督としての私があり、さらに観客としての私が居て、私は困惑するばかりである。

③芸術作品の鑑賞においてはじめて、私は、表象の群れに支配されることなく、確実なる感性的知覚の対象と相対し、その印象にすべてを集中することができる。

④どうすれば、表象像の不確かで曖昧な性格を克服し、感性的知覚と同様の強度のあるものにすることができるか。シュタイナーは三つの方法を提示している。
1)毎日5~10分、ひとつの単純な問題を取り上げて、それについての思索に没頭すること。
2)心の中に浮かぶイメージを私と結びつけるよう試みること。これは日想観、月輪観、阿字観など仏教の観法に通じるものがある。
3)数十分、表象たちが勝手な行動をとらないよう精神を集中させ、過ぎ去った時間を逆行させ、過去を未来におくこと。これにより因果関係が逆転し、日常見失われていたさまざまの気分を呼び起こすことができる。

まだいくつかありますが、次回『美術史から神秘学へ』の際に、できれば補足することにします。