魅惑的な香り (original) (raw)

<香り>という、見えないけれど確かに感じるその存在は、時代の変わり目、幾多の戦争を乗り越え、様々な人々の手を渡りながらも変わらぬ魅力で現代に在り続けています。

人類が<香り>を扱うようになったその時から、香りの元となる香料は、貴重で重要な物として取り扱われ、その中でも圧倒的に個性的な香りを放つ香料は目に見えて輝く金と同等またはそれ以上の価値で取引されてきました。

貿易品はその時代の背景、価値を表します。

金などの鉱物の他に、香辛料、砂糖、織物、工芸品、技術製品などこれまで様々なものが価値を生み出し貿易品として扱われてきましたが、その多くは科学や技術の進歩によって価値が薄れていくものがほとんどでした。

そんな中でも香料は古代からの貿易品でありながら、その希少性から現在では取引が禁止される程に特別で稀有な存在です。

希少な香料について学ぶことで、<香り>のもつ魅力に触れてみようと思います。

動物性香料は4種のみ

香料には、天然香料である動物性香料と植物性香料、そして合成香料があります。

天然香料のうち、動物性の香料はたったの4種類しかありません。

4つしかないと言われるとそれだけで希少性が伝わり胸が高鳴ります。

アンバーグリスはマッコウクジラの体内で形成されるので、運が良ければ見つかる可能性もありますが、ムスク、カストリウムは現在では絶滅の恐れがある野生動物としてワシントン条約で取引が禁止されています。もはや伝説の香料と言えるでしょう。

アンバーグリス/竜涎香(りゅうぜんこう)

マッコウクジラの腸内で出来る結石を乾燥したもの

ムスク/麝香(じゃこう)

オスのジャコウジカの香嚢から得られる分泌液を乾燥したもの

カストリウム/海狸香(かいりこう)

ビーバーの香嚢から得られる分泌液を乾燥したもの

シベット/霊猫香(れいびょうこう)

ジャコウネコの香嚢から得られる分泌液を乾燥したもの

伝説の香料と言いましたが、ムスクは香水、石鹸、柔軟剤ととにかく人気の香りです。

なんとか天然ムスクの香りを再現しようと、科学の力で生成したものが「ホワイトムスク」と呼ばれ、現在のムスクの香りとなっています。

ムスクはクレオパトラが愛した香りとしても有名です。クレオパトラのように香り使いの達人になりたくとも、完全再現できないという叶わない夢が香りへの憧れを大きくさせます。

希少な植物性香料

植物は育てられるので持続可能だと思っていたらそうでもありませんでした。昔から希少とされていた植物性香料は現代ではもはや金よりもはるかに高価な存在となっています。沈香に至っては偶然性かつ同じものはできないというまさに一期一会の香木です。

サンダルウッド/白檀

インド原産の常緑樹(半寄生植物で栽培が大変困難。木自体が香る。)

フランキンセンス/乳香

ボスウェリア属の樹木の樹皮に傷をつけ分泌された樹脂が空気に触れて固化したもの

(ボスウェリア属の樹木は火災やカマキリムシよる害、乱獲などで急速に減少している)

沈香

一部のジンチョウゲ科の樹幹に傷害や病害が生じた際に生成される樹脂がその内部に沈着したもの

沈香の中でも最上級品の香木を「伽羅」と言います。沈香に出会うことは軌跡のような事ですが、その最上級である伽羅は一体どこでお目にかかれるのでしょうか。

調べてみると、正倉院に保管されていました。蘭奢待(ランジャタイ)と呼ばれるその沈香は、数か所切り取った跡があり、公には足利義政織田信長明治天皇が切り取ったことが記されています。蘭奢待の渡来は奈良時代に中国から東大寺を建立した聖武天皇に贈られた品だと言われています。1300年前に日本に持ち込まれた時から宝として扱われ、権力争いや内乱、戦争を経ても尚、形状はそのままに現存しているということは感慨深いものがあります。次回その蘭奢待を切り取るのはどんな時代なのか、またそんな時代は来るのか、なんて考えを巡らせることでまた香の世界に浸ることができます。

身に纏う宝、使用できる宝は多くありますが、使用した分だけ無くなっていく消費する宝ほど贅沢なものはないと改めて感じました。

香料の多くは焚くことで芳香を放ちます。焚いて煙となり、空間に漂わせ消えていくのです。

奇跡が重なり香元に出会い、特別な場面で焚き、空間を漂わせその香種を聞く。

誰かの為に、自分のために、何かの記念に。いつもの毎日に。

どんな物語よりもロマンチックだと思いませんか。