未来は断絶の先にある!堀川弘通が映画化を願ったSF小説の古典『第四間氷期』 (original) (raw)

第四間氷期(新潮文庫)

人工知能研究(予言機械)のサンプルモデルとして目をつけた平凡な男が何者かに殺された。このままでは自分たちに殺人の嫌疑がかかる。。。犯人を探すうち、脅迫電話がかかり、殺し屋の影がちらつく。そして妻は怪しい掻爬手術を受けて7千円を受け取ったと言い出す。一体何が起こっているのか、なにか秘密の謀略が進行しているのでは。。。

安部公房の小説を読むのは『砂の女』以来のことだと思う。しかも、本作は日本SFの古典としてすっかり評価が定まった傑作。ということになっている。読んでみると、実に読みやすくて、筋立てはかなり通俗に面白く組まれている。人工知能に絡む殺人事件に推理劇が次々と展開するうちに、陸上哺乳類を水棲化する実験が秘密裏に行われていることが明かされ、さらに日本は大規模な地殻変動で水没する未来が予言される。という、かなり本格的なSFで、しかも昭和34年に書かれているのが凄いところ。星新一はデビューしているけど、小松左京筒井康隆も出てませんからね。

■当然ながら早くから映画化の話もあったらしいけど、1965年から1966年にかけて東宝で映画化される企画があり、安部公房本人が脚本を書いている。監督は堀川弘通が予定され、生前に監督のご自宅でお話を伺った際にも、あれは映画化したかったとかなりこだわって述懐されていたので、本気の企画だったようだ。ただ、小説を読む限りでは、海底の地殻変動津波の派手な場面はあるものの、水棲人養育場や海底植民地の情景などの地味な特撮が中心になると思われ、当時の造形技術や合成技術ではかなり難易度が高かっただろう。かなりグロテスクな造形物が登場することになったかも。特撮シーンの成算があるのかどうか、円谷英二に相談したのか、堀川監督に訊いておけばよかった。。。でも、円谷英二もやるなら東宝本体じゃなくて、円谷プロで若手にやらせたいと思ったのではないかな。高野宏一とか中野稔にね。

■何度も登場するのが、未来は現在の日常から連続した道筋があるのではなく、基本的に断絶しているのだという主張。人工知能(予言機械)がそう繰り返す。その断絶が許せない者は、主人公同様の運命を辿るのだ。本当の未来は、ソ連の予言機が吐き出した、世界の大半は共産主義社会になるという、そんな現実と地続きの連続的な世界ではなく、美しいかもしれないし、残酷かもしれないけれど、とにかく現在とは断続した世界なのだ。その有り様のひとつを、第四間氷期が終わりを告げ、日本が水没し、地上人類が人工水棲人間に置き換わる大異変の姿として提示して見せたということだろう。こんな未来かもしれないし、全く違った未来かもしれない。未来は、断絶しているゆえに、想像も絶する世界なのだ。

■そのテーマ性は、スターリン批判に端を発する、共産主義の理想に裏切られたという、この世代の若い知識人に共通する苦い経験に源を発しているのだろう。だから、断絶こそ真の革命だといいたいに違いないし、それは個人崇拝とか人間の思想によって訪れるものではなく、宇宙規模、地球規模の摂理によって、不可避的に人間は受け入れるしかない巨大な変化として訪れるものと措定されているのだろう。共産党シンパだった(と思しい)堀川弘通が映画化にこだわった理由も、そのあたりにあるのではないかと推量されるのだが。。。