拝啓小池都知事さま (original) (raw)
〈百貨店写真、のつもり〉
早くも年末恒例行事の始まりだ。
まず百貨店へと赴き、歳暮手配を済ませる。社会的お付合いがほとんどなくなってしまった現在、職業上のお付合いは皆無となった。残るは遠方の親戚のみという小口取引きだ。毎年ご送付くださる豪華商品カタログに、面目ない気がする。
お届け先は、息子や娘や娘婿に家督を譲って、もしもの場合の相談役となっている爺さん婆さんばかりだ。祝儀・不祝儀でもないかぎりは、顔を合せる機会もない。けれどもいくら無沙汰にうち過ぎてはいても、忘れているわけではないとの意思表示のために、年に二回は音信交換をしているわけだ。
進物選びに関しては、おおよそ二大別の考えかたがあると思っている。先方の嗜好やご家族構成や地域性に配慮して、いくらかでも悦んでいだだける品物を選ぶ。これが本線だろう。もうひとつの考えかたは、あいつはいつも同じ品物を贈ってよこすと、先方から思っていただけるものを選ぶという方式である。十年一日の紋切型のようで、いかにも気が利かないし、垢抜けない。だが、当方おかげさまで変りございませんとのメッセージは伝わる。平凡な安心感だ。
私は後者の方式を貫いてきた。ハムもしくはハムとなにかとの詰合せを選んできた。ブランド(製造元)もめったに動かさない。
先方ご事情に配慮した最適な品選びができれば、それに越したことはない。が、そのセンスが私に具わっているとの自信は、とうていもてない。受け狙いを外して失笑を買うよりは、凡才を嗤われるほうがはるかにマシだ。
社会勉強の一助にもと、豪華カタログに眺め入ることもある。世にはこれほど多様な食品があるものかと、今さらながらに眼を瞠る。色彩的にも多彩をきわめる。口にしたことがなくとも、味には想像がつくものがほとんどだが、なかにはタイ料理だのベトナム料理だのトルコ料理だの、味にも食感にも想像が及ばぬものもある。水菓子類となれば、なおさらだ。
食品ばかりとは限らない。温泉旅館の宿泊券だの、娯楽施設の入場券だのといった、サービス提供商品まである。こういう世の中であり、時代なのだなあと、思わないではいられない。
三十年ちかく以前までは、進物の品選びは母の仕事だった。明日とは云わず今夜の食事にも窮した、昭和二十年代に主婦と子育てを始めた女だ。日保ちのする品を、そしてどなたにもお邪魔にならぬ品をと、つねに考える人だった。観てくれの豪勢なものは避けよ、同じ予算であれば地味でも内実あるほうを選べ、との方針は徹底していた。もっともな方針と感じて、私もその教えを守ってきた。その結果、ハムに落着いたわけだ。
とはいえ同じカタログから選んでも、夏(中元)と冬(歳暮)とでは品選びが異なる。夏はスライスされた多品目の詰合せでも厭わない。台所の手抜きや、生ビールの即効相棒としても重宝していただけよう。が、冬には、スライス済みは断じて許されない。塊(かたまり)に限る。歳末から正月へかけて、厚切りにしてソテーするか、薄切りにして野菜サラダに添えるか、スライスする愉しみを先方にお届けしなければならない。
〈今回選択した商品の写真、のつもり〉
なん十年にもわたって、年に二度づつ足を運んできた「季節の催しもの会場」だが、年を追うごとにスペースが縮小してきている。見本商品の展示場は変りなく豪華なのだが、受付けカウンターがずらりと並ぶ申込みブースが狭くなってきている。
不景気の故ではなかろう。虚礼廃止思想の浸透の故でもなかろう。インターネットでの注文が急速に増えているにちがいない。カタログに同封された挨拶状にも「ネット割引」という項目があって、百貨店としても合理化・省力化を目指してのウェブ注文を推奨している気配だ。カタログだけでは安心できずに、見本商品の展示場にて肉眼で確かめてから受付カウンターへ向うという稀少生存種族だけが、催しもの会場へと足を運ぶ時代となったようだ。
かく申す私の場合は、件数も小口だし商品も決めてあるのだから、ネット注文のほうがはるかに助かる。今年こそはネット注文に切換えようと、もうなん年も思い続けてきた。にもかかわらず本日もまた、会場まで出向いたのだった。我ながら間尺に合わない。どうやら年に二度の煩わしさを、季節の風物詩のように感じている自分がいるようだ。
ところで今年は、受付けカウンターのご担当店員さんと、例年にない会話があった。滞りなく注文を済ませて、代金支払いの段となった。
「友の会に加入しておりませんし、キャッシュカードも使いません。現金でお願いします。ただし一万円分だけ、ギフトカードを混ぜてよろしいでしょうか。JCB ですが」
諸物価高騰への支援対策とかで、過日東京都より、金一万円をお恵みいただいた。物ものしい包装に JCB ギフトカードの千円券が十枚封入されてきた。都民税の低額納税者ということなのだろう。貧民支援措置だろうからありがたく拝領した。
しかし政策の性質上、貧民支援であると同時に景気浮揚のための点滴でもあるのだろうから、いつまでも貯めこんでおかずに、一日も早く有効消費することが望ましかろう。
拝啓、小池都知事さま、手前一朴洞は、かくのごとく有益に使わせていただきました。ご報告申しあげますとともに、改めてお礼申しあげます。敬具。