万葉集の世界に飛び込もう(その2688)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅱ)― (original) (raw)

●歌は、「大君の御笠の山の黄葉は今日のしぐれに散りか過ぎなむ(大伴家持 8-1554)」である。

三笠山

大伴家持(巻八‐一五五四)(歌は省略) こんにち三笠山というと若草山を称して名所となっているが、万葉の三笠山は、三条通りから東方真正面に見えるよく茂った円錐形の山で、・・・春日山の一峯ではあるが、春日大社後方にいちおう独立している。山の形から『み笠』といわれ『大君の』も天皇のかざす御笠の意から枕詞となっている。・・・『三笠の山』(一三)『三笠山』(三)をかぞえる。

この歌も、家持の父旅人(たびと)の腹ちがいの弟大伴稲公(おおとものいなきみ)がうたった、(巻八‐一五五三)(歌は省略)の歌にこたえた歌で、目にふれた美景による、天平貴族らの風雅の社交の産物である。・・・(巻六‐九八〇)(巻六‐九八七)(歌は省略)とうたわれて、月の出をさえぎる山ともなるわけだ。『雨隠る』『妹が着る』はともに枕詞、『夜は降(くだ)ちつつ』は夜はふけつつの意である。」(「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)

巻八 一五五四歌をみていこう。

■巻八 一五五四歌■

題詞は、「大伴家持和歌一首」<大伴家持が和(こた)ふる歌一首>である。

◆皇之 御笠乃山能 秋黄葉 今日之鍾礼尓 散香過奈牟

大伴家持 巻八 一五五四)

≪書き下し≫大君(おほきみ)の御笠(みかさ)の山の黄葉(もみちば)は今日(けふ)のしぐれに散りか過ぎなむ

(訳)大君の御笠というその御笠の山のもみじした木々の葉は、今日のこのしぐれの雨で散り果ててしまうのではなかろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)おほきみの 【大君の】分類枕詞:大君の「御笠(みかさ)」の意から、地名の「三笠(みかさ)」にかかる。「おほきみの三笠の山の」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

御蓋山については、次の奈良県HPの写真と地図を参照してください。

御蓋山奈良県HPより引用させていただきました

つぎに巻八 一五五三歌をみてみよう。

■巻八 一五五三歌■

題詞は、「衛門大尉大伴宿祢稲公歌一首」<衛門大尉(ゑもんのだいじょう)大伴宿禰稲公(おほとものすくねいなきみ)が歌一首>である。

◆鍾礼能雨 無間零者 三笠山 木末歴 色附尓家里

(大伴稲公 巻八 一五五三)

≪書き下し≫しぐれの雨間(ま)なくし降れば御笠山(みかさやま)木末(こぬれ)あまねく色づきにけり

(訳)しぐれの雨が休みなく降るので、御笠の山は、木々の先々まですっかり色づいてきた。(同上)

(注)こぬれ 【木末】名詞:木の枝の先端。こずえ。 ※「こ(木)のうれ(末)」の変化した語。上代語。(学研)

次に、巻六 九八〇歌ならびに巻六 九八七歌をみてみよう。

■巻六 九八〇■

題詞は、「安倍朝臣蟲麻呂月歌一首」<安倍朝臣虫麻呂(あへのあそみむしまろ)が月の歌一首>である。

(注)安倍朝臣虫麻呂:坂上郎女のいとこ。(伊藤脚注)

◆雨隠 三笠乃山乎 高御香裳 月乃不出来 夜者更降管

(安倍虫麻呂 巻六 九八〇)

≪書き下し≫雨隠(あまごも)る御笠(みかさ)の山を高みかも月の出(い)で来(こ)ぬ夜は更(ふ)けにつつ

(訳)降る雨に隠(こも)る笠というではないが、その御笠の山が高いからか、月がなかなか出て来てくれない。夜はもう更けてしまうというのに。(同上)

(注)雨隠る:「御笠」の枕詞。(伊藤脚注)

(注)更けにつつ:「更く」は夜が深くなる。「つつ」はあいにくにも、逆説の意をこめた用法。(伊藤脚注)

(注の注)つつ 接続助詞《接続》動詞および動詞型活用の助動詞の連用形に付く。:①〔反復〕何度も…ては。②〔継続〕…し続けて。(ずっと)…していて。③〔複数動作の並行〕…しながら。…する一方で。④〔複数主語の動作の並行〕みんなが…ながら。それぞれが…して。⑤〔逆接〕…ながらも。…にもかかわらず。⑥〔単純な接続〕…て。▽接続助詞「て」と同じ用法。⑦〔動作の継続を詠嘆的に表す〕しきりに…していることよ。▽和歌の末尾に用いられ、「つつ止め」といわれる。 ⇒語の歴史:「つつ」は現代語では、文語の中で用いられる。現代語の「つつ」は、「道を歩きつつ本を読む」のように、二つの動作の並行か、「今、読みつつある本」のように、動作の継続かの意味で用いられる。古語の用例も、ともすれば、この意味に解釈しやすい傾向がある。古語では①の意味で用いられることが多いが、これも二つの動作の並行の意味に誤解されることが多いので注意する必要がある。この動作の反復の意は現代語の接続助詞ではとらえられず、その意に当たる副詞的な語を補うか、「つつ」の上の動詞を繰り返すかなどすると、その意味がとらえやすい。⑤の用法は、現代語から見てそう解するほうが理解しやすいというものである。この意味では「月夜には来こぬ人待たるかきくもり雨も降らなむわびつつも寝む」(『古今和歌集』恋五)のように「つつも」の形で使われた場合が多い。(学研)ここでは⑤の意

この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2268)」で紹介している。

tom101010.hatenablog.com

■巻六 九八七歌■

題詞は、「藤原八束朝臣月歌一首」<藤原八束朝臣(ふぢはらのやつかのあそみ)が月の歌一首>である。

◆待難尓 余為月者 妹之著 三笠山尓 隠而有来

(藤原八束 巻六 九八七)

≪書き下し≫待ちかてに我(あ)がする月は妹が着(き)る御笠(みかさ)の山に隠(こも)りてありけり

(訳)待ちきれないで私がいらいらしていた月は、あの子が着る笠という、その御笠の山に今まで隠っていたのだな。(同上)

(注)いもがきる 【妹が着る】分類枕詞:「妹が着る(=かぶる)御笠(みかさ)」の意から同音の地名「三笠(みかさ)」にかかる。(学研)

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「奈良県HP」