『リカーシブル』米澤穂信 崩壊していく家族と残された絆 (original) (raw)
米澤穂信、二年ぶりの長編作品(当時)
2013年刊行作品。『小説新潮』に2011年12月号から2012年8月号に連載されていた作品を単行本化したもの。
「週刊文春ミステリーベスト10」2013年で第18位、「このミステリーがすごい!」2014年および「本格ミステリ・ベスト10」2014年版で第10位、「ミステリが読みたい!」2014年版で第15位にランクインしている。
新潮文庫版は2015年に登場している。カバーの雰囲気がガラッと変わった。
単行本版の帯がひどかった
こちらは単行本版の帯だが、これがちょっとひどい。
「リカーシブル」単行本版の帯
ボトルネックの感動ふたたび
「ふたたび」とあるところから、『ボトルネック』の続編なのか?と誤読してしまったのはわたしだけだろうか?あちらも姉弟の話だったしね。これ、ホントにどうかと思う。だいたい『ボトルネック』って感動系の話だったとはどう考えても思えないのだけど。
新潮社としては米澤穂信作品はこれが二冊目。しばらくこの作者の新刊が出ていなかったタイミングということもあるのだろうけど、とにかく目を引きたかったのであろう。「売れればいい」的なこの姿勢はいかがなものかと。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
閉鎖的な地方都市を舞台としたミステリ作品がお好きな方、民間伝承や民俗学ネタのミステリが好きな方、米澤穂信のビターテイストが大好きな方、姉弟モノが好きな方におススメ。
あらすじ
父親が蒸発し、ハルカとサトルの姉弟は、母の故郷である坂牧市へと移り住む。俄かに発現したサトルの予知能力。町に残る「タマナヒメ」の伝承。発展から取り残され、ゆるやかに衰退を続けるこの町にあって、ハルカの心の中で違和感が積み重なっていく。この町には秘密がある。ハルカは隠された真相に迫っていくのだが……。
ここからネタバレ
人生ハードモードを生きるヒロイン
単行本版の帯のコピー文は確かにひどかった(まだ根に持ってる)。しかし『ボトルネック』が引き合いに出されることで、この作品はとびきりきついタイプの米澤作品なのであることは読む前から覚悟が出来ていた。
本作では冒頭から不穏な空気が漂っている。父親の居ない親子が、しなびた田舎町に引っ越してくる。それはやむにやまれない事情があるらしく、ヒロインであるハルカの心象風景は、最初から暗く沈んでいる。
にっこり愛想笑いしてお腹に力を入れていれば、どんなことでも、きっとなんとかなるに決まっている。
そう信じていないと、気持ちが持ちそうにない。
単行本版『リカーシブル』p9より
実の父親が会社の金を横領して蒸発。学校では犯罪者の娘として虐められる。継母とその連れ子と共に逃げるように、坂牧市の常井へとやってきたハルカ。
ハルカの常に身構えてる感じ。ひとときたりとも気が抜けない状態。全力で武装してるところが痛々しい。誰も守ってくれない世界の中では、全身を鎧って生きていくしかない。中学一年生のわりに大人びた印象を受けるハルカだが、この逆境の中ではそれは仕方のないことだったのだろう。
タマナヒメの伝承とサトルの予知能力
数々の惨劇の現場となってきた報(むくい)橋の存在。ハルカは、町に残るタマナヒメの伝承を知る。常井の歴史の節目に現れるタマナヒメ。生まれ変わりというよりは、神降ろし、依代や霊媒に近い存在として定義されている。
タマナヒメは共同体に利益を誘導するため、有力者を懐柔した上で殺してしまう。そして最後にはタマナヒメ自身も命を落としてしまう。江戸時代から連綿と続く、常井集落でのタマナヒメの陰惨な歴史が怖い。こういう民俗ネタや、鉄道忌避伝説を小ネタとして絡めてくるのはけっこう好きだな。
一方、血のつながらない弟サトルは、常井に来てから突如として予知能力に目覚める。置き引き犯の居場所を予見し、報橋での惨事を言い当てる。その不思議な力は本物なのか?この作品では、タマナヒメの伝承と、サトルの予知能力を軸に物語は展開されていく。
家族の崩壊と残された絆
ハルカとサトルは血のつながらない姉弟である。臆病で人見知り、姉への依存が強い。ハルカにとって、サトルの存在はかつては重荷であったのだろう。しかし手のかかるサトルを、ハルカはやっかいだと思いながらも見捨てることが出来ない。
父親に見捨てられ、継母が「他人」へと変貌した夜。キャンディボックスの中に入った「待人 来たる」のおみくじを破り捨てるハルカの姿はこの物語のクライマックスシーンである。
最後の期待が裏切られた夜、もはや自分には何もないのだと思い知らされたハルカに、ただ一人寄り添ったのがサトルだった。ハルカが作中で最後まで、強さを保ち続けることが出来たのは、サトルの存在が大きい。自分一人だけではないと知ることは、時として生きる支えになるのだ。
タマナヒメはリンカに「憑いている」のか?
さて、この物語の最後で、ハルカはラスボスとして在原リンカと対峙する。
サトルをめぐって、常井の人々の仕掛けた罠は相当に大掛かりなものだ。ここで最後に登場するのがリンカだというのは、いささか無理があるのではないか?実際にサトルを攫ったであろう大人連中は何やってるんだよ!と突っ込みたくもなる。子どもの世界だけで完結させるのは、やや苦しかったように思える。他に主要な登場人物がいない以上、ここはリンカを出すしかなかったのだろうか。
リンカは不思議なキャラクターである。高速道路が来るなんて思っていないし、来ればいいとも思っていない。常井がもうどうしようもないところまで来てしまっているのを認識していながら、どうしてタマナヒメの役割を演じ続けたのだろう。
先代のタマナヒメ、常盤サクラは庚申堂が火事で焼ける前にすでに死んでいたのだと云う。
「ごめんねハルカ。わたしもこれで、いろいろたいへんなのよ」
単行本版『リカーシブル』p357より
タマナヒメたちは、どうして死を恐れないのだろう。
まるで、すぐに戻って来られると、すべては繰り返すのだと知っているように。単行本版『リカーシブル』p361より
リンカの台詞、そしてその後のハルカの述懐から、リンカにはタマナヒメが「憑いている」可能性が想像できる。サトルの予知能力は、人為的に仕組まれたものであったが、タマナヒメは実在していたのではないか。
リンカの中にタマナヒメが「憑いている」のであれば、彼女がラスボスとして登場するのも納得できるところである。
タイトル名の『リカーシブル(再帰的)』も、繰り返し現れるタマナヒメの存在を暗示しているのではないだろうか。もっとも、タマナヒメはその献身のわりには、まったく報われていない。集落としての常井も寂れる一方であり、なんとも哀しい存在と言える。
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