[今日のうた] 9月 (original) (raw)
[今日のうた] 9月
夏山にもたれてあるじ何を読む (子規1895、「あるじ」とは、子規の句友の竹村鍛、神戸市の彼の家を子規が見舞った時の句、彼は六甲山を背に「夏山にもたれて何か読んでいる」感じだった) 9.1
青空よ赤く染まらないで戦争で (久間木カウエ(16才)「東京新聞・平和の俳句特集」9月1日、美しい夕焼けを見ながら、その向こうに、ガザやウクライナの空を想像しているのだろう) 2
敗戦日鎧(よろい)も蝶も笑わない (市橋富士見美(63歳)「東京新聞・平和の俳句特集」9月1日、作者は戦後生まれの人だが、8月15日の情景をおそらく的確に詠んでいる、言葉は個人の記憶ではなく人類の記憶なのだ) 3
鶴を折るこの指は引き金も引く (横田勝(75歳)「東京新聞・平和の俳句特集」9月1日、戦争の被害者であった人々も、事情によっては、戦争の加害者の側でもありえた) 4
待っているメール来なくてこの夏がどんどんめくれあがってしまう (水面叩「東京新聞歌壇」9月1日 東直子選、「切実に返事を待っているのに、届かないメール。焦れてしまってそのこと以外考えられなくなってしまう感じが、躍動感たっぷりに描かれた」と選評) 5
「楽しみを老後にとっておいたバカ」バカな私は今を楽しむ (柴田敦子「朝日歌壇」9月1日、永田和宏/高野公彦共選、おそらく作者は高齢なのだろう、でも真面目な人は快楽を先送りする傾向にある、たとえば「今は勉強や仕事が大事だから恋は先送りしよう」と考える若者もいる) 6
朝夕に睦れ交はして慣れぬれどなほその人が戀しかりけり (樋口一葉、一葉は父母が世話になった武士の孫である渋谷三郎と許嫁だった時期があり、前半はそのこと、でも彼女が本当に恋をしたのは半井桃水「その人」) 7
汀(みぎは)来る牛飼ひ男歌あれな秋の湖(みづうみ)あまり寂しき (与謝野晶子『乱れ髪』、実景だろうか夢の中だろうか、湖の湖畔をこちらへ歩いて来る「牛飼い男」が鉄幹に似ているのか、「ねぇ、歌を詠んでよ」と晶子) 8
知るや君百合の露ふく夕かぜは神のみこゑを花につねへぬ (山川登美子1900、「明星」第4号、短歌の師鉄幹を恋し始めた21歳の登美子、その時の気持ちを詠んだが、その後じきに、登美子は別の男と見合い結婚させられ、鉄幹は晶子に奪われた) 9
むずかゆく薄らつめたくやや痛きあてこすりをば聞く快さ (岡本かの子『かろきねたみ』1912、21歳のかの子が画家・岡本一平と結婚した直後、のろけ歌だろう、たくましい女性なのだ、長男の太郎はまだ生まれていないか) 10
父のごと秋はいかめし 母のごと秋はなつかし 家持たぬ児(こ)に (啄木『一握の砂』1910、感情が素直すぎるのが啄木の歌の魅力だが、父が「いかめしい」、母が「なつかしい」のは、前半の「父」に関しては、今の日本ではやや異なるかもしれない) 11
明月(めいげつ)や君と添い寝のままにして氷らぬものか温かき身は (若山牧水1907、当時21歳の牧水は園田小枝子と恋をしていた、小枝子とデートした時の「添い寝」だが、この時はまだプラトニックな関係だったといわれている)12
夜具を敷くことも此の世の果てに似つ (川上日車1887-1959、独り寝だろうか、寝るとそのままあの世へ行ってしまうかもしれないという不安、作者は新興川柳運動の代表的作家の一人) 13
初恋でひとは滅びるわけではない (柳本々々1982~、初恋で舞い上がってしまう人は、もしこの恋が成就しないなら私の人生終りだと、思い詰めたりもする、冷静な眼も必要なのだ、作者は第57回現代詩手帖賞・受賞) 14
鶴は折りたたまれて一輪挿しに (飯島章友1971~、実在の鶴が羽をたたんだ、とも読めるし、折り紙の鶴が折り紙に戻され、あらためて花に折りたたまれた、とも読める。作者は歌人でもあり、第25回短歌現代新人賞・受賞) 15
美少年 ゼリーのように裸だね (中村冨二1912-80、「ゼリー」と「裸」という語の取り合わせが絶妙、「BL川柳の先駆的作品とも読める」と評される句、作者は関東における戦後川柳の担い手の一人) 16
外側にノブを持たない君のドア (くんじろう1950~、「持たない」というのは、「外側にノブ」が最初からないのか、それとも壊れたのか、嘘っぽいけれど本当かもしれない、作者は全日本川柳協会常任理事) 17
雪無音 土偶は乳房尖らせて (滋野さち1947~、作者は青森在住で、風土性のある川柳を詠む人、青森からは縄文土偶が多く発掘されているという) 18
難波人あし火焼(た)く屋は煤(すす)たれど己が妻こそとこめづらなれ (『柿本人麻呂歌集』、「難波びとが葦を焼く家の端(つま)が煤けるように、君も古びてしまったね、でも、いつまでもいつまでも可愛い妻だよ、君は」) 19
妹が袖わかれし日より白妙の衣かなしき恋ひつつぞ寝(ぬ)る (よみ人しらず『新古今』巻15、「君のところへずっと通っていたのに、どうしたことか逢えなくなってしまった、僕はたった一人で、君のような「白妙の衣」を敷いて、かなしく寝ています」) 20
はかなくぞ知らぬ命を嘆きこしわがかねごとのかかりける世に (式子内親王『新古今』巻15、「私は愚かにも、自分の命が短いことを嘆いてきたわ、でも、貴方との恋の約束事ほどあてにならないものはありません、そちらをこそ嘆くべきだった」) 21
さもこそは逢見んことの難からめ忘れずとだに言ふ人の無き (伊勢『拾遺和歌集』、「私と逢い見るのは難しい、というのは分るわ、でもせめて、君のことはけっして忘れない、と言ってほしいのに、なぜそれを言ってくれないの」) 22
恨みての後さへ人のつらからばいかに言ひてか音をも泣かまし (よみ人しらず『拾遺和歌集』、「あまりにつれない君に、はっきり恨みごとを言ったら、かえって自分が辛くてたまらない、あぁ僕は、どんなふうに言って声をあげて泣いたらいいんだろう」) 23
心をばつらき物ぞと言ひ置きて変らじと思ふ顔ぞ恋しき (よみ人しらず『拾遺和歌集』、「心って変わるかもしれないからつらいわ、と君は言って去った、でも君の顔は、変わりたくないわ、と思っているように見えたんだ、そんな君が恋しくてたまらない」) 24
とりかこみ月に飯くふゐろりかな (高濱虚子1894、「いろりを囲んで」皆がせっせと「飯を食っている」のだが、あたかも頭上の「月をとりかこんで」いるようにみえる、本人たちは別に意識していない風流) 25
子の頭秋の円光いただけり (山口誓子1944、幼い子どもが可愛いのだろう、夕日が子どもの後ろから頭に当って、「円光をいただいている」ようにみえる。「円光」のもとの意味は、菩薩の頭の後方から放たれる光) 26
砂をゆく歩々の深さよ天の川 (橋本多佳子1943、「天の川」は秋の季語、作者が四日市の山口誓子を訪れたときの句、二人で夜の海辺を散歩したのだろう、頭上高くの天の川だが、足元は歩くたびに砂の深さに沈む) 27
百姓が知りはじめたる秋の風 (飯田龍太1952『百戸の谿』、高地の畑を耕す「百姓」は、おそらくもっとも早く「秋の風」を肌に感じる人たちだろう、街の人よりもずっと早く) 28
稲妻や横臥して吾が膝遠し (森澄雄1948、腎臓病で入院中の作者、「横臥する」体が動かせず、自分の体なのに自由にならない、稲妻が光ったが「吾が膝は遠くに」見える) 29
波くれば耳かたむけぬ秋の牛 (富澤赤黄男1940、「荒磯の砂地の部分に一匹の牛が繋がれている、海の波がザーッときて牛の足にかかるが、牛は気にしていないし、波音に「耳をかたむけてもいない」、悠然とすべてを無視してる「秋の牛」) 30