エトワールの木漏れ日 (original) (raw)
昨年2023年に配信にて初日、千穐楽を観劇をし。当時の私が、その溢れんばかりの感動と感謝。そして続編への期待を超具体的にしたためた文章になります。
特に公開はしていなかったのですが、今年2024年現在絶賛上演中の続編『秀華祭編』を観て、2023年当時に「願いに願いまくった願い」がほぼ叶ったことに「過去の自分よ。よかったね」という気持ちになったので公開してみました。
【演出について】
・過度にプロジェクションマッピングなどに頼ることなく、「ぼっち〜ず」という人間の身体表現で「ぼっちのイマジナリーフレンド」という設定を活かして、ぼっちちゃんの頭の中という奇天烈な世界観を表現されたことに脱帽です!
・演奏途中でのモノローグに頼らず、状況を演奏と役者の表情のみで表現しきったという英断にも感銘を受けました。
・喜多ちゃんの「買ったギターはベースでした」のミュージカル演出も大森未来衣さんの歌唱力の高さ。ミュージカル出演の経験値とミュージカル女優としての一般認識を活かした“笑い”という柔軟な演出。山﨑さんの発想の引き出しの多さに次回作への期待が高まりました!
【キャストさんについて】
よくぞこの方たちを発掘し、その才能を磨き上げてくださいました!
アニメへの深いリスペクトが伝わるお芝居。その上で個々人の人柄や持ち味の乗ったキャラクターが確立しており。私は「舞台版結束バンドの皆さん」の大ファンになりました!
皆さんの「結束バンド」ライブに参加したい!続編が観たい!願いは尽きません。またお会いできることを心から願っています。
・守乃まもさん
野生のぼっちちゃん。
どこまでが演技なのか。素なのか。その曖昧な境界線が守乃さんにしか出せない不思議な味となり魅力だと思います!
カーテンコールの挨拶はもはや中毒性があり。この先彼女の挙動不審な、でも一生懸命さの伝わる「唯一無二のここでしか味わえないカーテンコールの挨拶」が聞けないと思うと体が物足りなさで悲鳴を上げそうです 笑
・大竹美希さん
虹夏ちゃんとしてドラムを叩きメンバーを見つめる。向日葵のような優しくて温かい笑顔が大好きです!
大竹さんのあの笑顔がなければ、私はここまで舞台ぼっちにのめり込んでいなかったかもしれません。そのくらい眩しくてたくさんの人を魅了する素敵な笑顔でした!
演奏技術については素人なので詳しいことは分からないのですが、それでも大竹さんの虹夏ちゃんのドラムはとても頼もしく。メンバーをしっかりと支え包み込むお母さんのような安心感がありました。そんな姿が格好良くて。可愛さとカッコ良さのギャップにまたやられました!
・小山内花凜さん
ベースを演っていてくれてありがとう!そう心から思いました。
顔が美しくてスタイルが良くて、ベースまで弾ける。まさにリョウさんを演じるために生まれてきたようなお方だと思いました。天は二物も三物も与えるのか!
けれどベースに関しては間違いなく小山内さんが努力をして手にした技術。そのことに心から感謝いたしました。本当に本当にありがとうございます。
そして座長のふわふわとしたご挨拶にもしっかりとまとめてくださり対応してくれる安心感。涙もろい大竹虹夏ちゃんとはまた違った安心感があり、バランスの取れたメンバーだなと。その関係性に欠かせない存在感に惹かれました。
・大森未来衣さん
以前から存じていた信頼の歌唱力!
「買ったギターはベースでした」のミュージカルは大森さんの高い歌唱力なしでは成立しえなかった“笑い”だと思います。
また喜多ちゃんの「キタ〜ン!」としたあの笑顔を表現された大森さんだからこそ!文化祭編での「私は後藤さんみたいな人を惹きつけられるような演奏はできない。けど皆と合わせるのは得意みたいだから」のお芝居をどう表現されるのかぜひ観てみたいです!
私はミュージカル好きなのできっとまた別作品でもお会いすることと思います。その日を楽しみにしています!
【初日限定690円配信について】
英断です。この価格設定がなければ初日付近の時点でここまで話題を呼び、反響が反響を呼ぶ状況を生み出せなかったと思います。
実際、この価格設定があったからこそ話題となって私のタイムラインにまで感想が流れてきて「あ、ぼっちの舞台もう始まってて配信もあるんだ」と気づくことができました。
また私自身、ゲネプロ映像だけを見て「まぁ観なくていいかな」と判断してしまうことがあり、本作品も一度はそう判断していました。(申し訳ありません。)
しかし実際に観劇した原作ファン、演劇ファン、初観劇層含め。その多くの人が楽しんでいるのが伝わってくる感想を見て「これはゲネプロ映像だけでは伝わらない人々を熱狂させる“何か”がある!」と直感的に感じとり。そして690円というお手頃価格が最後の一押しとなり観劇に至りました。
完成した作品に自信があったとしても「安い初日だけ見ればいいや」となる可能性もあったことを考えると勇気のいる価格設定だったかと思います。
しかしこの価格設定があったからこそ
「配信で今なら690円で観られるから観て!できるなら現地で観劇して!!」
と全力で宣伝することができて。実際に配信を観た人たちがさらに舞台ぼっちの良さを広げる。という好循環が生まれていたと思います。
舞台化、実写化に抵抗がある層は4000円というお金を払うことはないでしょう。しかし手数料込み1000円ならば「まぁ1000円くらいならそこまで勧めるなら観てみるか」と行動に移せるラインだったと思います。
そして実際「今まで2.5次元舞台って抵抗あったけど覆された!」という感想をいくつも拝見いたしました。
これは演劇ファンとしてもとても嬉しいことです。演劇界の活性化という意味でも「LIVE STAGEぼっち・ざ・ろっく!」はとても大きな起爆剤となったと思います。ありがとうございました!
===今後の展開への切望===
【続編希望についての切望】
再演でもいいのですが。ぜひ!ぜひ続編の制作を希望いたします。文化祭編、SICK HACKのライブなどなど。
もし尺が短いなどの都合がありましたら。今回はカーテンコールの一部という扱いだったアンコールLIVEを、千穐楽で行われたスタンディングOKな【LIVEパート】として本編後に組み込むというのはいかがでしょうか?
絶対にLIVE参加したさでリピーター率も上がると思います!その日その時しか味わえない“よりLIVE感溢れる音とトークを味わいたい”という欲求が刺激されること間違いなしです!
また可能であれば地方公演を何卒、、、何卒!!
東京公演のみでしたら最低でも2公演、関西公演がありましたら全通することをお約束いたします。それだけの価値がLIVE STAGE「ぼっち・ざ・ろっく!」にはありました。
おそらくキャストによる実際の演奏という“LIVE感”がなければ私自身ここまで熱狂することはなかったと思います。
公演を重ねるごとに目に見えて感じられる役者としての成長。そして演奏者としての確かなパフォーマンス力が合わさっての唯一無二の魅力が舞台「ぼっち・ざ・ろっく!」にはありました。
ちなみに。初日の配信を視聴後、千穐楽の昼公演・夜公演の配信視聴を即決。グッズを通販しBlu-rayも当然予約済み。そしてアニメを見ただけでは購入にまでは至らなかった原作本を既刊全巻を大人買い。続編公演がありましたらまた散財させていただきます!
【Blu-ray特典についての切望】
・本編全景映像
・全公演の日替りアドリブ集
例1)17分頃「ぼっち・ざ・ろっく!完。お帰りの際は皆さん散財してください」シリーズ
例2)42分頃タモリさんの「そうですね!」シリーズ
例3)60分頃リョウの食べる草シリーズ
例4)GoPro写真シリーズ
例5)01:41頃きくりの客席いじりシリーズ
例6)01:46頃ぼっちの観客紛れシリーズ
・全公演の座長守乃まもさんのカーテンコール挨拶集
・オーディション時の映像(撮影していれば)
・稽古風景動画(撮影していば初顔合わせ映像など)
・キャストによる本編オーディオコメンタリー
・公演後キャスト座談会映像
好きになったあの作品、あのキャラクターを演じたあの人はどんな人なのだろう?と知りたくなるのはファンの性なので、とにかくキャストさんの素の部分が垣間見える映像が見たい!!!
【音源CD化・配信化についての切望】
・「舞台版結束バンド」による各楽曲の音源販売(スタジオ収録バージョン&舞台LIVE音源バージョン)
・全劇中歌の舞台LIVE音源販売
・「なにが悪い」虹夏役 大竹美希さん歌唱バージョンの販売
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こうして読み返してみると、音源のCD化・配信化以外ほぼ叶えてくださっている公式さんの制作段階からのファンの需要の解像度に脱帽ですわ。圧倒的感謝。
(映像特典の充実っぷりにはもはや笑ってしまいました!しかもそれにも収まりきらずXにて公開が続く未収録映像の数々。なんなんですか!神ですか!!神ですね!!!神です!!!!!)
ここまで叶えてくださった公式さんなら。いつの日か・・・
小山内リョウ先輩の執事アクスタ及びブロマイドをですね!!!!!!
あと舞台版結束バンドでのライブイベントをですね!!!!!
と、続編である「秀華祭編」を観た今。新たな願いは尽きません。
2024年も世界中に舞台ぼっちの最高のロックが響き渡ることを願っています。
舞台『桜の森の満開の下』観劇備忘録
こちらの備忘録は2024年1月11日(木)〜21日(日)まで上演された
DisGOONie Presents Vol. 13
舞台「Go back to Goon Docks」
『十三夜』
『桜の森の満開の下』
『チックジョ〜』
三作品のうち『桜の森の満開の下』の観劇備忘録となります。
1月14日(日)18時公演を観劇しました。
今回一度だけの観劇だったので記憶違いなどあるかもしれません。
【坂口安吾原作「桜の森の満開の下」あらすじ】
現代の人は満開の桜を見て美しいと喜ぶが、昔の人にとっては恐ろしいと感じられる場所だった。
昔、鈴鹿峠にも桜の森があり。その山に一人の山賊が住み着いたが、その山賊も桜の森を恐れていた。
山賊は恐ろしいほど美しい女を奪って八人目の女房にした。
女は元いた女房を殺させたが、一人だけ足の悪い女だけ自分の女中として生かした。
山暮らしに飽きた女は都で暮らしたいと言い出す。
男は了承するが、彼は毎年ただ一人であの恐ろしい桜の森の満開の下に座り込むことを先延ばしにしていた。彼は都に旅立つ前に桜の森を訪れたがやはり、その恐ろしさから逃げ出してしまった。
都に移り住んだ女は男に「首」をねだり、首たちにそれぞれ役柄を与えて「首遊び」に興じた。
早々に都暮らしに退屈した男は足の悪い女に「お前は山へ帰りたいとは思わないか」と尋ねる。しかし「お前は喋らないから退屈なのだ」と諭されるが男は忌々しがるだけだった。
そして男は女の欲望にキリがないことにも退屈していた。女はまた新しい首をねだりるがこれを拒否。
「キリがないからだ」
「毎日毎日ご飯を食べるのだって眠るのだってキリがないじゃないか。いいから首を持っておいで」
それから数日。男はあの桜の森が花盛りであると思い出し山に帰ることを決意。
それを告げると女は怒りだしたが、やがて「お前がいないと生きていけない」と涙を流して承諾。
旅立ちの日。女は足の不自由な女に密かに告げる。
「じきに帰ってくるから待っておいで」
男は初めて出会った日のように女を背負い懐かしい会話を交わしていた。しかし満開の桜の下に辿り着いたとき気がつく。
女が鬼であると。
男は鬼の首を絞めあげるが、やがて気がつく。男が絞めつけていたのは女の首であり、女はすでに息絶えていることに。
男は泣いた。それは彼が初めて流す涙だった。
彼は初めて桜の森の満開の下に座っていたが、彼にはもう恐れる気持ちはなかった。
桜の森の満開の下の秘密が「孤独」ならば、彼自らが孤独自体になったから。
男が女の顔に手を伸ばそうとすると、女の姿は掻き消え花びらになっていた。
そしてその花びらを掻き分けようとした彼の手も身体も消えていた。残るのは花びらと冷たい空虚ばかりだった。
【舞台の登場人物と歴史上の人物】
ウマヤド/瀬戸利樹さん
歴史上の名称は聖徳太子。
「先見」の力を持ち、相手の未来が己の意思に関わらず見えてしまい苦悩する。
語り女、ウマヤドの母/田中良子さん
歴史上の名称は穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのみこ)。
ウマヤドの母であり、前大王の妻。
夫の死を悲しみ続け、街に出ては身分を隠して酒と男に溺れる。
夫の死はウマヤドが生まれてきたせいだと激しくなじる。
ウマヤドの親友であり、ユトラとウマヤドとムツは幼馴染。
嘘がなく目的のためなら手段を選ばず真っ直ぐに進む彼はウマヤドの憧れでもあった。しかし最後はウマヤドの最愛の母を抱くという裏切りで彼を絶対的孤独に陥れる。
歴史上の複数の人が合わさった人物と思われる。
・豊浦皇子(とゆらのみこ)
ユトラと名前が似ている。
用明天皇の息子であり聖徳太子(ウマヤド)の異母兄。後に継母である聖徳太子の母(穴穂部間人皇女)と結婚している。
・蘇我馬子(そがのうまこ)
穴穂部皇子と崇峻天皇の暗殺。守屋との戦いでの勝利など史実における代表的存在とするなら馬子。
・蘇我蝦夷(そがのえみし)
蘇我馬子の息子。刀自古郎女の兄。
トジコとの兄妹関係から考えると蝦夷。
穴穂部皇子の娘だが、政治を動かすのはウマヤドが相応しいという信念から父と縁を切る。
密かにウマヤドを慕っていたがその想いを利用され、ユトラの罠によって命を落とす。
ムツ/細貝圭さん
ウマヤドとユトラの幼馴染。
キサラギと共にウマヤドこそがこの国に必要な存在だと命懸けで守ってきたが、キサラギの死を目の当たりにし。動揺した彼は己の死に恐怖して、ウマヤドを殺して死の運命から逃れようとする。
結果的に「お前は死なない!」とウマヤドから告げられるが彼との信頼関係は崩壊した。
モリヤ/村田洋二郎さん
歴史上の名称は物部守屋(もののべもりや)。
穴穂部皇子を次の大王に立てさらなる権力を得ようとするが失敗。
命だけは助けてほしいとウマヤドにすがり「違う未来を見せてほしい」とウマヤドから逃げ道を示されるが、結局は信じきることができずユトラに討たれる。
トジコ/村松芽久未さん
歴史上の名称は刀自古郎女(とじこのいらつめ)。
兄であるユトラを愛しているが政略結婚によりウマヤドの元へ嫁がされる。
ナツメ/斎藤瑞季さん
歴史上の名称は菩岐岐美郎女(ほききみのいらつめ)?
聖徳太子から最も寵愛を受けた妻とされていたので、個人的にそうであってほしいなぁ…という願望もある
ウマヤドを心から愛し。先見に苦しむ彼に「運命に抗ってみせる」と寄り添い続ける。
子が産めない体のため。いずれウマヤドが大王となったときに世継ぎが必要であるため、ユトラの提案で政略結婚からトジコがウマヤドに嫁ぐことになると
「彼の話を聞いてあげて」
とウマヤドを託して川に身投げをする。
命だけは助かるが足を悪くし、結果的にウマヤドの心をさらに追い詰めることとなる。
(劇中にて『かごめかごめ』が歌われるが流産を意味する説は知っていたが、改めて調べてみると「姑によって後ろから突き飛ばされ流産する妊婦」という説があり。あぁ…ありえるなと顔を覆った)
シシュン/一内侑さん
歴史上の名称は崇峻天皇(すしゅんてんのう)。
ウマヤドの母の弟。つまりはウマヤドのおじ。
常にウマヤドを気にかけ守ってきたが、ユトラとウマヤドの叶えたい約束のために殺される。
ずっと自分に寄り添おうとし続けてくれたナツメの身投げにより精神的に追い詰められたウマヤドには、もうこの道しか残されていなかったのかと思うと哀しい…。
カジマル/書川勇輝さん
モリヤの手下と思われたが、ユトラが送り込んだスパイであった。しかし穴穂部皇子暗殺の秘密を知る一人としてユトラに殺される。
カツミ/本間健大さん
モリヤの側近。
ユトラの軍に追い詰められ殺される。
ハヤリ/窪寺直さん
ウマヤドが小姓として連れてきた少年。
両親を早くに亡くし神の存在に疑念を持ち「神様はどっちの方向に立っているの?」とウマヤドに問う。
流行病を患うが最期は「僕にとっての神様はウマヤドだよ」と彼なりの答えを出して病死する。
相手の未来が見えても変えることのできないウマヤドに、その言葉はどう響いたのか……。
桜の女/伊波杏樹さん
ウマヤドの前に現れる謎の女性。
しきりにウマヤドの過去の話をせがむ。
【個人的感想と解釈】
①率直な感想
正直に言おう。
観劇直後は推しである伊波杏樹さん演じる「桜の女」の美しさ妖しさ妖艶さに狂わされすぎて頭が上手く回りませんでした。
ようやく落ち着いて頭が回転し始めた頃に出た率直な感想は
「どうしよう……一人も感情移入できる登場人物がいない」
でした。
「え……結局はみんな自己保身のためにウマヤド裏切っちゃうの?ウマヤド自身も最後まで気にかけてくらたシシュンおじさん殺しちゃうの??」
そんな戸惑いが大きかったのですが、つまりは
「ああ……どうしようもないくらい〝人間の話〟だったのだな」
と思い至ったときに、ストンとこの物語が入ってきました。
②「終わりのない国」とは?
ウマヤドとユトラは「終わりのない国を作ろう」という約束を交わしています。
(台詞がうろ覚えなのですみません。「終わりのないもの」「終わりのない世界」だったかもしれません。)
ずっと気にかけてくれていたシシュンすら殺してまでウマヤドが手にしたかった「終わりのない国」とは何だったのでしょう?
国造りという観点から考えれば乱世のない「泰平の世」。
しかしウマヤドが求めたのは、そのさらに先にあったのだと私は考えます。
そもそもウマヤドが母親に執着したのは
「母親から愛されなかったから」
ではなく
「母親だけ先見ができなかったから」
だと私は解釈しました。
自分の意思に関係なく相手の未来が見えてしまうウマヤドにとって「先見ができない」=「自分から離れていかない可能性がある人」=希望。
終わりのない国を作れば、
いつか母が愛情を向けてくれるかもしれない。
終わりのない国を作れば、
いつか先見のできない相手が現れるかもしれない。
終わりのない国を作れば、
いつか終わりのない愛情を与えてくれる人が現れるかもしれない。
そんな〝いつか〟を求めて彼は「終わりのない国」を作ろうとしていたのではないでしょうか。
③ユトラの目的とは?
ではユトラにとっての「終わりのない国」とはなんだったのでしょう?
「ユトラの言葉に嘘はない」
先見ができるからこそ、ウマヤドはユトラのあらゆる行動を信じることができました。
一人。また一人とウマヤドから人々が離れていくほど、その信頼は「信じ頼らざるをえないもの」に変質し強固なものになっていく。
そこに訪れる突然の裏切り。
それは彼を傷つけ、絶望させ、本当の意味での〝孤独〟に追いやるには十分すぎるほどの威力があったことでしょう。
ではなぜ、先見の力を持ってしてもウマヤドはユトラの〝裏切り〟を予見できなかったのでしょう?
それは「ユトラの言葉に嘘はない」からです。
ウマヤドが理解できなかったユトラの真意。目的は「ウマヤドを先見の苦しみから解放すること」だと私は解釈しました。
先見ができることで苦しむウマヤド。その苦しみから解放されるには〝絶対的孤独〟しかない。
ユトラはそう考え、その目的のためならば手段を選ばず実行した。
その姿は「終わりのない国を作る」という同じ目標を持つウマヤドにとって、その迷いの無さ、真っ直ぐさは憧れすら抱いたことでしょう。
だからこそ裏切られたとき。彼は絶望し、本当の意味での「孤独」に陥る。
ウマヤドを先見の苦しみから解放する。
その目的に嘘偽りはないのだから、いつだってウマヤドから見たユトラの言葉に嘘はない。
それがウマヤドの望む形であろうとなかろうと……。
ウマヤドがどんなに「終わりのない愛情」を求めたとしても。
先見ができようとできまいと。人には等しく死別という別れが訪れる。終わりのない愛情などない。
そのことを理解しているユトラが用意した答えが〝孤独〟。
「終わりのないもの」=「きりのないもの」
原作において「欲望」はご飯を食べることや眠ることと同じように「きりのないもの」として表現されています。
「欲望は尽きることのない〝永遠〟」だとするなら。
絶対的「孤独」を手にしたウマヤドは「決して満たされることのない愛情」という「永遠」=「終わりのない世界」を手にしたのかもしれません。
④桜の女とは?
最後の場面。ウマヤドと桜の女以外の役を纏わぬ人々が次々と現れ本の断片を千切り台詞を叫びます。
これは逆を言えば「ウマヤドと桜の女以外存在しない」とも受け止められます。
それはこの物語がウマヤドと桜の女の語りによって生み出された世界だから。
私は「桜の女」=「原作の桜の森が具現化した存在」だと解釈しています。
ウマヤド=山賊
ウマヤドの母=美しい女
ユトラ=豹変した鬼
ナツメ=ビッコの(足の不自由な)女
その他の人々=役柄を与えられた首たち
桜の森にとっては、山賊も女も鬼も。
役柄を与えられた首と同様に「登場人物の一人」にしか過ぎない。
きりのない人間のきりのない物語の一つに過ぎない。
ウマヤドの物語も、物語の断片が桜吹雪となったとき。桜の女が見てきた沢山の人々の物語の一つになったのかもしれない。
そう思うと……桜の下を歩くことが怖くなると共に。人間のどうしようもない〝欲〟が愛おしく美しく思えてくる。
この物語は
「どうしようもないくらい〝人間の話〟」
だったのだと感じました。
でも!!西田さんの脚本だから絶対にもっと!構造上の色々がもっとある!!一回の観劇ではこれが限界だった……。
ディスグーニー作品は一度だけの観劇だと理解することだけで精一杯になってしまう部分もあるので、役者さんの芝居ももっとじっくり味わいたかったなぁ……。二度目に観劇したときに〝わかる〟オープニングの衝撃も味わいたかった。
というか『十三夜』も『桜の森の満開の下』もそれぞれ三週間くらいずつ、ずるずるメンタルを引きずりたかった…笑
それはDVDでの楽しみにとっておきます!
【桜の女:伊波杏樹さんに狂わされた話】
ディスグーニー作品はオープニングに全てのメッセージが詰まっていると思っているので、いつも全体を観るようにしているのですが……今回は無理でした!!!
開幕から推しである伊波杏樹さんの桜の女から目が離せなかった!!!!!
原作の「桜の森の満開の下」を読んだときに頭の中に広がった情景と。「美しい女」の底知れない怖さを孕んだ妖しさ、妖艶さ。匂い立つような色香を。
伊波さんの声色、所作、表情、流し目。そこに舞いに歌声まで交えて幻想世界へと導き。体温まで感じるようなリアリティと濡れるほど芳醇な湿度と纏わりつくような空気でお出しされたんですよ!狂うでしょ!!狂うわ!!!狂ったわ!!!!!
………関東に住みたい人生だった。
全通してもっと伊波さんの桜の女に狂わされたかった……。センブロで推しカメラしたかった……。円盤化されるのは分かってるけど桜の女の一挙手一投足を網膜に焼き付けたかった……。
「魅入られる」とはこのことか…!!と肌で分からせられましたよ。本当に……はぁ……もっと見たかった……桜の女様……。
あの桜の女様の艶かしくも優美な指先に弄ばれた骨たちは前世で(骨的には前世の前世か?)どんな徳を積んだというのか???
ああ…桜の女様……桜の女様………
そろそろ気持ち悪いですね。はい。
あの妖艶さもさることながら、桜の女の「神秘性」も素晴らしかったなぁ。
同じく西田さん演出の『ArcanaShadow』での望月の登場シーンともまた違った空気感の神秘性。
・望月が神聖さゆえの畏怖
・桜の女は底知れぬ恐ろしさゆえの畏怖
それぞれの感情から決して手を伸ばすことのできない神秘性が表現されていました。
そして、桜の女が「一つめ」「二つめ」とウマヤドに語りを促すたびに「桜の女に憑依したかのように表現される登場人物の言葉」。
声質の変化
憑依する瞬間の切り替わり
InaminTownのロゴそのままに変幻自在の九尾の狐のごとき傾国の美女が舞台上で余す事なく己が技術を披露する贅沢ぶり。
役者伊波杏樹のフルコースやんけぇぇえ!!!!!
最高ぉぉおおおお!!!!!
西田さんありがとぉぉおお!!!!!
私。伊波さんが何かを演じているときに、その役がさらに何かを演じたり、憑依したりする伊波さんのお芝居が大好きなんですよ!たぶんご本人まったく意識せずやってのけていらっしゃると思うんのですけど。あれ、本当に凄いことだと思うんですよ(語彙力)。
演者の中に「その役が生きた地層」があるから出せる説得力。
それを短い稽古期間で積み重ねて固めて自分という種を通して役を美しく咲き誇らせる。
伊波さんのそういう愛を感じるお芝居が好きです。大好きです。
舞台『Arcana Shadow』観劇備忘録
サンシャイン劇場
7月4日(火)13時公演、18:30公演
観劇しました。
配信も円盤化もないということで必死に記憶を書き記したつもりですが、記憶違いもあるかもしれません。
また個人的な解釈も多めです。
ミュージカル『DOROTHY〜オズの魔法使い〜』観劇備忘録
兵庫公演
9月16日(金)14時公演
かかし/蒼井翔太さん&ライオン/小野塚勇人さん
9月19日(月)13時公演
かかし/蒼井翔太&ライオン/栗山航さん
福岡公演
10月1日(土)
かかし/鈴木勝吾さん&ライオン/小野塚勇人さん
10月2日(日)
かかし/蒼井翔太さん&ライオン/栗山航さん
観劇させていただきました。
原作をベースに映画での設定も取り入れつつ、部活や職場など誰しもが直面したことのある悩みに寄り添う形にアレンジされており。子供から大人までとても親しみやすいミュージカルでした。
今回はその中で
・この物語におけるOZの国とは何だったのか?
・表裏一体のドロシーと東の魔女&西の魔女について
この二点に注目し自分なりの答えが出た時、さらなる感動を味わえたのでそれを書き記したいと思います。
- 《OZの国とは何だったのか?》
- 【①原作、映画版での物語序盤のあらすじ】
- 【②原作、映画版におけるオズの国とは?】
- 【③ドロシーが出会う人々への認識の違い】
- 【④オズの魔法使い(おじさん)とオズの精とは何者だったのか?】
- 《表裏一体のドロシーと東の魔女&西の魔女》
- 【東の魔女との葛藤】
- 【西の魔女との対面】
- 《役者さんの印象+兵庫公演初日・千穐楽SPカーテンコール覚書き+福岡公演Wキャスト千穐楽ご挨拶覚書き》
- 《伊波杏樹さんについて》
舞台『僕のヒーローアカデミア The “Ultra” Stage 平和の象徴』観劇備忘録
大阪公演初日を観劇させていただきました。
2022年4月22日(金)17:30公演 メルパルクホール大阪
(書き上げたことに安心して投稿するのを忘れていました)
- 【ヒロステの魅力】
- 【オールラウンダーの皆さん/木内海美さん、福井将太さん、田邊謙さん、辻村晃慶さん、大原万由子さん、師富永奈さん、掛川僚太さん、河島樹来さん】
- 【青山優雅役/橋本真一さん】
- 【トガヒミコ役/伊波杏樹さん】
音楽劇『クラウディア』感想走り書き
東京公演
7月12日(火)12:30公演 配信
大阪公演
7月29日(金)18時公演
7月30日(土)18時公演
観劇させていただきました。
- ・門山葉子さん
- ・生と配信の熱量
- ・ナイトクラブで歌うクラウディア
- ・ナイトクラブでの根國の襲撃からクラウディアを守る大人たち
- ・ナイトクラブの襲撃に駆けつける織愛
- ・ガン(銃)を使う人間たちの現れる龍の子役
- ・密会する細亜羅とクラウディアを見つけて細亜羅を紹介する小池
- ・12月25日の男女の交わり
- ・実は幼馴染の細亜羅と毘子蔵。二人の年齢。
- ・親子だと明かす毘子蔵とクラウディア
- ・解禁祭の前に逃げ出す決意をしたクラウディア
- ・神に斬りかかる細亜羅の大罪
- ・湖月わたるさん演じる神親殿の「溶けた」
- ・一色洋平さん演じる小池の愛
- ・生き残った民と共に立ち上がるクラウディア
- ・推し(門山葉子ちゃん)語り&メモ
舞台『僕のヒーローアカデミア The “Ultra” Stage 本物の英雄 2020年&2021年』観劇備忘録
2020年ver.
大阪公演
3/27(金)公演
2021年ver.
東京公演
12/3(金)初日(配信)
京都公演
12/24(金)18時公演
12/25(土)18時公演
12/26(日)18時千穐楽(配信)
観劇させていただきました。
1年9ヶ月前。ステインの信念たる叫びを生で体感したとき。多くの人にこの感覚を生で味わってほしい。そして出来ることならヴィラン連合を演じる方々にも、この衝撃を肌で感じて演じてほしい。そう願っていました。
そしてこの期間。ヒロステ出演者の方々の別作品での様々なお芝居に触れたことで、キャストの皆さんへの愛着も膨らみ。私にとって『ヒロステ』は特別な公演になっていました。
- 【印象に残っている役者さん】
- 【トガヒミコ役・13号先生役/伊波杏樹さんについて】
- 《ここまでの道のり》
- 《トガヒミコ役》
- 《13号先生》
- 【終わりに】