おいしいことば (original) (raw)

サイコロステーキという牛肉があります。

文字通り、サイコロ型をしています。

なぜサイコロ型になっているのでしょうか。

じつは理由があります。

それは、サイコロステーキが成型肉だからです。

半端な部位を集めて固めた肉のことです。

牛肉は、焼き肉用、しゃぶしゃぶ用、ステーキ用など、

さまざまな用途に合わせて切り分けられます。

どうしても半端な部分が残ってしまいます。

それを捨てずに、再利用したのが成型肉です。

異なる部位が集められているので、

肉質が均一ではありません。

正直にいうと、美味しい部分は少なく、

筋張った肉もあれば、硬い肉もあります。

それらが均質に混ざるように、

軟化剤を加えて練り合わせます。

それを高圧力で押し固めるときは、

逆に硬化剤を加えます。

固まった肉は脂肪分が少ないので、油脂を注入します。

それを切ったものが、サイコロステーキです。

大きさも厚さも均等にそろえようとすると、

どうしても立方体になってしまいます。

そのためサイコロステーキは、サイコロ型をしています。

サイコロステーキは人工的に作られていますから、

通常の肉と比べると低く評価されてしまいます。

味や食感に対する懸念だけでなく、

安全性を心配する声もあります。

しかし、フードロスが深刻化する現代においては、

廃棄食材の再利用が大きな課題となっています。

食べられるものを捨てずに食べるという姿勢は

とても大切なことです。

それを象徴するのが、サイコロステーキです。

じつは、たいへん有益な食品なのです。

国内産のアサリが市場から姿を消しました。

現在出回っているのは、ほとんど外国産です。

急に国内産が姿を消してしまった理由は、

数年前に発覚した産地偽装問題です。

長年の慣習として、外国から輸入したアサリを

国内産と偽って出荷していたのです。

その割合は九割にも及ぶというから驚きです。

ですから、国内産が少なくなってしまったわけではなく、

もともと国産内でないことがわかったということです。

山地偽装の背景には、二つの要因があります。

一つは「長いところルール」です。

二か所以上で育成されたアサリについては、

生育期間の長い方を産地として明記できます。

そのため外国から稚貝を輸入して国内で長期生育すれば、

国内産として出荷しても問題はありません。

それが偽装しやすい状況を生み出しています。

二つ目は、国内のアサリの個体数が激減していることです。

最盛期の一割にまで落ち込んでいます。

理由は、温暖化や水質悪化などの環境の変化や、

埋め立てによる生息域の減少などが挙げられます。

天敵による食害も増えています。

外来種の脅威も深刻になっています。

国内のアサリを殖やすことは簡単なことではありません。

産地偽装を防止するだけでは解決できません。

もちろん産地を偽ることは許されませんが、

国内産に固執し過ぎる姿勢も見直すべきです。

アサリに限らず、外国産の海産物でも品質がよく、

美味しいものがたくさんあります。

もう少し外国産に寛容であってもよいと思います。

鰻の蒲焼きや焼き鳥などの炭火焼きを提供する店では、

備長炭使用」を掲げているところが見られます。

そもそも備長炭とは何でしょうか。

備長炭は良質の木炭として知られていますが、

元禄時代から紀州で作られるようになりました。

紀州の商人、備中屋長左衛門が販売を始めたので

その名を取って備長炭と名づけられました。

やがてその製法は、土佐をはじめ各地に伝わります。

区別するため、紀州で作られたものは紀州備長炭と呼ばれ、

土佐で作られたものは土佐備長炭と呼ばれます。

備長炭の原料にはウバメガシという木を使っています。

人里近くに生える成長の早い木です。

硬質で火持ちがよいので、木材としても優れていますが、

木炭としても、その性質を受け継いでいます。

そのため備長炭は、高温で長時間の燃焼が可能です。

また煙が少なく、料理に雑味がつかないのも特徴です。

燃焼すると遠赤外線を発するので、食材の中まで火が通り、

外はパリッと、中はふっくらと仕上がります。

鰻の蒲焼きや焼き鳥を備長炭で焼いていると、

タレが滴り落ちて、ジュワっと燃えます。

その香りが食材を包み込み、香ばしさを生み出します。

備長炭で焼いた料理が美味しいのはそのためです。

現在流通している鶏卵のほとんどは無精卵です。

つまり自然交配していない卵です。

温め続けてもヒヨコが孵ることはありません。

有精卵を市販している店もありますが、

無精卵に比べると流通量は多くありません。

価格も有精卵の方がやや高めですが、

有精卵と無精卵は何が違うのでしょうか。

無精卵の鶏は、一羽ずつケージに入れて飼育します。

そのため、効率よく採卵することができます。

おかげで、低価格で安定的に卵を供給できます。

今では、卵は「価格の優等生」と呼ばれています。

しかし、ケージは決して広くありません。

鶏の運動量が不足しがちです。

鶏にストレスを与えるような飼育方法は、

虐待ではないかという主張もあります。

国によっては、ゲージで鶏を飼育することを

規制しているところもあるそうです。

それに対して、有精卵の鶏は「平飼い」です。

自然に近い環境でのびのびと育てています。

自由に動き回り、自由にエサを食べます。

ストレスがなく健康的に育ちます。

また、メスとオスを一緒に放し飼いにするので、

自然交配が可能です。

有精卵を産むのはそのためです。

ただし、平飼いはコストと手間がかかります。

それが価格に反映されて高めになります。

じつは、有精卵と無精卵には栄養的な違いはありません。

成分はほぼ同じであることがわかっています。

では、味の違いはあるのでしょうか。

卵の味を左右するのは、鶏の飼育方法であり、

有精卵か無精卵かの違いだけでは決まりません。

適切な飼育技術と適切な飼育環境があれば、

卵は美味しくなります。

つまり、美味しい有精卵もあれば、

美味しい無精卵もあるのです。

ヒガンバナは秋の彼岸の時期に咲く花です。

目にも鮮やかな赤い花が印象的です。

別名を曼珠沙華といいます。仏典に由来する名称です。

「天界の花」を意味するそうです。

そのため中国では吉祥をもたらす花と信じられて、

平和と幸福の象徴とされてきました。

ところが、日本ではそうではありません。

昔から不吉な花とされてきました。

死人花、地獄花、葬式花、幽霊花、墓花など、

縁起でもない数々の異名を持ちます。

宮部みゆきさんのミステリー小説にも

曼珠沙華」という作品があります。

怖いけれど、何とも不思議な話です。

ついつい惹き込まれてしまいます。

ヒガンバナの持つおどろおどろしさが

見事に表現された作品です。

ヒガンバナは日本各地に自生していますが、

人為的に人里に植えられました。

お墓の近くや、水田のあぜ道に多いのですが、

それには理由があります。

ヒガンバナが有毒植物だからです。

鱗茎にアルカロイドを含んでいます。

毒性が強く、ネズミやモグラが近づきません。

そのため害獣駆除の効果があります。

害獣によってお墓が荒らされることもなく、

水田が荒らされることもありません。

ただし人間にも有害な植物ですから、

ときには忌避されることもありました。

昔からヒガンバナにまつわる不吉な迷信が多かったのは、

子どもたちが近づかないように警告する知恵だったのです。

しかし大人たちは違います。

利用法をよく知っていました。

ヒガンバナの鱗茎には多くのデンプンが含まれているので、

食料として貴重な植物でした。

飢饉に備えて栽培する農作物のことを救荒作物といいます。

米が凶作のときに代用する非常食のことです。

じつは、ヒガンバナは救荒作物の一つなのです。

飢饉の原因は、異常気象や自然災害ばかりでなく、

戦争によって食糧難に陥ることもあります。

とにかく生き延びるために食べるのが救荒作物です。

かつてはジャガイモやサツマイモもそうでした。

江戸時代に起きた天明天保の大飢饉では多くの死者が出ましたが、

ジャガイモやサツマイモによって助かった命もあります。

おそらくヒガンバナも多くの人命を救ったことでしょう。

しかし、ヒガンバナは有毒植物です。

どうやって毒を抜くのでしょうか。

アルカロイドの中にはいくつかの種類がありますが、

ヒガンバナの主成分はリコリンというアルカロイドです。

水溶性の物質ですから、長時間水にさらすことによって

ヒガンバナの鱗茎を無毒化することができます。

ところが、どの程度水にさらすと毒が抜けるのか、

詳しいことは全く伝わっていません。

それは、敢えて伝えようとしなかったからです。

もし毒の抜き方が広く知られてしまったら、

ヒガンバナが他の人に食べられてしまいます。

飢饉のときに命をつなぐ大切な非常食ですから、

秘密にしておきたいと思うのは当然です。

むしろ有毒植物であることを強調することによって、

利用価値がないと思わせるようにするでしょう。

そのため、ヒガンバナは昔から不吉な花として扱われ、

不吉な迷信がいくつも生まれたと考えられます。

生きていきたいという切実な願いを託す花ですから、

ヒガンバナは、本当は「悲願花」なのかもしれません。

油揚げは、薄く切った豆腐を油で揚げた食材です。

厚く切った「厚揚げ」と区別されます。

しかし、単に厚さが違うだけではありません。

厚揚げは、内部まで火を通しません。

中は、生の豆腐の状態になっています。

そのため「生揚げ」とも呼ばれます。

一方、油揚げは内部まで火を通します。

中がスポンジ状になっています。

その秘密は、二度揚げにあります。

一度目は低温の油で揚げて、生地を膨らませます。

加熱によって、タンパク質が固まってきます。

固まった部分を水蒸気が通り抜けて穴が開きます。

そのため生地が膨らむのです。

二度目は高温の油で揚げて、生地の水分を飛ばします。

高温によって、タンパク質に皮膜ができます。

皮膜ができると、穴がしぼむことはありません。

冷めてもスポンジ状を保つことができます。

大豆タンパクの性質を上手に利用した製法です。

おかげで、油揚げはさまざま料理に使えます。

そもそも豆腐ですから、旨みがあります。

油で揚げることで、味にコクが生まれます。

スポンジ状なので、出汁が中まで滲み込みます。

生地を開いて詰めものもできます。

たとえば、「稲荷寿司」が代表的な料理です。

油揚げを甘辛く煮て、酢飯を詰めます。

関東では俵型、関西では三角形の稲荷寿司が主流です。

親しみを込めて「お稲荷さん」とも呼ばれます。

巾着(きんちゃく)も油揚げを使った詰めもの料理です。

具材を詰めて、カンピョウで結びます。

入れるのは、タケノコ、レンコン、インゲン、ニンジン、

ギンナン、シイタケなどの季節の具材です。

出汁で煮込んだり、おでん種に加えたりします。

優雅に「福袋」と呼ばれることもあります。

もちろん油揚げは、詰めもの料理ばかりではありません。

煮ても、焼いても美味しくいただけます。

庶民的な食材であり、皆に愛されています。

キツネもトンビも油揚げが大好きです。

「糠(ぬか)に釘(くぎ)」という慣用表現があります。

糠床に釘を刺しても全く手ごたえがありません

張り合いのないことや効果のないことを意味します。

同じような表現に「のれんに腕押し」があります。

どちらも小学校の国語で習う表現です。

ですから、小学生でも言葉の意味を知っていますが、

糠がどのようなものかは知らないと思います。

おそらく、現代のほとんどの小学生は実際に糠床を

見たことがないのではないでしょうか。

もちろん小学生ばかりではありません。

大人でさえ、見たことがないと思います。

かつて日本では、どこの家の台所にも糠床がありました。

たいていは流しの下に置かれました。

昔の日本の家屋は、夏の高温多湿をしのぐために、

風通しがよくなるように設計されていました。

糠床にとっては、流しの下が一番過ごしやすいのです。

冬の間は寒さに眠っている糠床も、夏には大活躍します。

キュウリでもダイコンでもナスでも美味しい糠漬けができます。

最近は、トマトやオクラやズッキーニの糠漬けもあります。

その代わり、毎日糠床を管理するのがたいへんです。

中までかき回して空気を入れなければなりません。

それを怠ると、表面にカビが生えてしまいます。

せっかくの糠床が台無しになります。

昔は、糠床を駄目にする嫁は離縁の口実になりました。

糠床を管理できなければ、嫁として失格でした。

昔のお嫁さんはたいへんだったのです。

それに比べて、うちの嫁は...。

一方、娘が嫁入りするときに実家の糠を持たせる習慣がありました。

嫁ぎ先の糠床に混ぜて新しい糠漬けの味を作るのです。

糠床は、半永久的に生き続けます。

野菜から出る水分を取り除き、炒り糠と塩を足せばよいのです。

糠床の微生物たちは、何億年も死に絶えることはありません。

糠漬けは美味しさも大事ですが、見た目も大事です。

美味しそうに漬けなければなりません。

とくにナスの鮮やかな紫色を保つのは大切なことですが、

じつは、ナスを色よく漬けるのはなかなか難しいことです。

ナスの濃い紫色は「ナスニン」という色素によるものです。

アントシアニン系の色素で、ポリフェノールの一種です。

明治生まれの化学者、黒田チカ氏が発見しました。

日本人女性として二人目の理学博士になった偉人です。

植物の色素について研究し、ナスニンを発見しました。

それにしても、ナスニンとは何と愛らしい名でしょうか。

ナスニンは水溶性の色素ですから、

水に溶けると色が抜けてしまいます。

高温の油でナスを揚げると色がよくなるのは、

ナスニンが流れ出ないからです。

では、糠漬けのときはどうすればよいのでしょうか。

ナスニンは、鉄イオンと反応して安定化する性質があります。

そのため糠床に鉄釘を入れておくと紫色を保つことができます。

「ぬかにくぎ」は、効果のないことではありません。

ナスの糠漬けにとっては意味のあることなのです。

黒豆を煮るときに鉄釘を入れるのも同じ理由です。

アントシアニン色素が鉄イオンと反応します。

つやつやとした黒豆に仕上がります。

しかし、料理に鉄釘を使うことに抵抗を感じる人もいます。

衛生的ではないと嫌がる人もいます。

そこで、今は調理用の鉄球が市販されています。

ナスの糠漬けにも黒豆にも使われています。

もしかしたら、近い将来「ぬかに鉄球」という慣用表現が

新しく生まれるかもしれません。

「鬼に金棒」と同じ意味で。