脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔とは - わかりやすく解説 Weblio辞書 (original) (raw)

脊髄くも膜下麻酔では穿刺針が硬膜を貫いてくも膜下腔に到達する(A)が、硬膜外麻酔では穿刺針は硬膜手前の硬膜外腔に留まり、カテーテルが留置される(B)。脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔はこの両者を同一椎間、または別の椎間で行うものである。

脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔(せきずいくもまくかこうまくがいへいようますい、: Combined spinal and epidural anaesthesia)[1]とは、脊髄くも膜下麻酔硬膜外麻酔の両方の利点を組み合わせた区域麻酔法である。略称は脊硬麻(**: CSEA**)[1]。脊髄くも膜下麻酔によって麻酔効果発現は迅速であり、硬膜外カテーテル留置によって、長時間の鎮痛効果が得られると共に鎮痛範囲の調節性が良好である。

適応

CSEAにより、術中だけではなく、術後の良好な鎮痛が可能である[2]。周術期の抗凝固薬または抗血小板薬を投与されている患者の場合、脊髄硬膜外血腫(極めて確率は低いが、最悪の場合、恒久的な対麻痺(下半身麻痺)を生じ得る)のリスクがあるため、硬膜外カテーテルの抜去のタイミングはそれらの薬剤の投与時期と間隔をあける必要がある[3]

無痛分娩では、硬膜外麻酔単独と比較して、CSEAの方が鎮痛の発現が早い[4]。以前は、無痛分娩のCSEAは、硬膜外鎮痛と比較してより離床が早いと考えられていたが、これは最近のコクランレビューでは支持されていない[4]

英国では、英国国立医療技術評価機構(NICE)が、無痛分娩で迅速な鎮痛開始を必要とする状況では、CSEAを推奨している[5]。また、ブピバカインフェンタニルの併用を推奨している[5][注釈 1]

手技

CSEAには"needle-through-needle"法と2椎間法の2つの方法がある[6]。前者は硬膜外針でまず硬膜外腔に到達し、この針の中から脊椎針でくも膜下腔を穿刺して、脊髄くも膜下麻酔を行い、その後に硬膜外カテーテルを留置するというものである[6]。Single space technique(SST)とも呼ばれる[6]。もう一つの方法は、脊髄くも膜下麻酔と硬膜外麻酔を別々の椎間から行うというものであり、Double segment technique(DST)とも呼ばれる[6]。DSTは穿刺回数が2回となるので、患者への侵襲が大きいが、腰椎領域が鎮痛の中心となるSSTに比べて、硬膜外麻酔の穿刺で胸椎領域を選択できるという利点があり、術後鎮痛効果に優れている[7]。SSTには特殊な針を用いる必要がある[7]

トップアップ

脊髄くも膜下麻酔では➁の領域に薬液を注入し、硬膜外麻酔では➂の領域に薬液を注入する。トップアップとは、➂の領域への薬液注入により➁の領域が縮小し、脊髄くも膜下麻酔の効果が高まる、というものである。

CSEAでは、脊髄くも膜下麻酔に用いる局所麻酔薬量は通常の2/3程度で良いとされる[8]。これは硬膜外腔に注入された局所麻酔薬により、くも膜下腔が圧迫されて、その容積が少なくなるためと考えられている[8]。この効果は局所麻酔薬ではなく、生理食塩水でも発現する[8]。この手技、効果はトップアップ(top-up)と呼ばれる[9]

モニタリング

NICEは以下を推奨している[5]

  1. CSEAまたは硬膜外麻酔前の静脈路確保
  2. 鎮痛開始、又は追加鎮痛のための薬剤投与後は5分ごとに15分間血圧を測定する。
  3. 30分経過しても鎮痛不十分な場合は、麻酔科医に報告し、指示を仰ぐ。
  4. 感覚ブロックと運動ブロックを1時間ごとに評価し、足が動かなくなっていれば、麻酔科医に報告し、指示を仰ぐ。

合併症

CSEAでは、脊髄くも膜下麻酔と硬膜外麻酔、両者の短所が出てしまう可能性もある[6]。脊髄くも膜下麻酔の短所は、低血圧や硬膜穿刺後頭痛、硬膜外麻酔の短所は大量の局所麻酔薬を用いることによる局所麻酔薬中毒、そしてその薬剤が誤って髄腔内に注入されることによる全脊髄くも膜下麻酔(全脊麻)などが挙げられる[10]

無痛分娩におけるCSEAでは、フェンタニル(25μg)を髄腔内投与(英語版)すると、低用量の麻酔薬を用いた硬膜外鎮痛よりも、痒みがより生じやすい。しかしながら、硬膜穿刺後頭痛英語版)、硬膜外血液パッチの必要性、母体の低血圧発生率に差は認められていない[4]

CSEAで、脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔と比較して感染が起こりやすいかどうかは不明である[11]。硬膜穿刺後頭痛の発生率は、硬膜外麻酔単独と同様の発生率(0.8~2.5%)である[11]

歴史

はじめてCSEAを報告したのは、1937年のSoresiによるもので、硬膜外針を用いてまず、硬膜外腔に局所麻酔薬を注入し、次にくも膜下腔まで針を進めてそこでも局所麻酔薬を注入する、というものであったが、その当時は注目されなかった[6][注釈 2]。1979年、Curelaruにより、DST、1982年にはCaotesとMumtazらにより、SSTが、それぞれ報告された[6]

脚注

注釈

  1. ^ NICEの推奨には、ブピバカインとフェンタニルの用法の詳細が記されていない。日本では、産科麻酔において、脊髄くも膜下麻酔にはブピバカインとフェンタニルの併用、硬膜外麻酔には、ブピバカインよりも毒性の低いレボブピバカインロピバカインとフェンタニルとの併用が好まれる。
  2. ^ この方法では太い硬膜外針でくも膜下腔を穿刺するために、強い硬膜穿刺後頭痛が発生しやすい。

出典

  1. ^ a b 日本麻酔科学会 2018, p. 43,207,270.
  2. ^ Sukhminder Jit Singh Bajwa; Ashish Kulshrestha (2016). “Anaesthesia for laparoscopic surgery: General vs regional anaesthesia”. J Minim Access Surg 12 (1): 4–9. doi:10.4103/0972-9941.169952. PMC 4746973. PMID 26917912. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4746973/.
  3. ^Continuous epidural analgesia for postoperative pain: Technique and management”. UpToDate. 2024年6月11日閲覧。
  4. ^ a b c Simmons SW, Cyna AM, Dennis AT et al. Combined spinal-epidural versus epidural analgesia in labour. [Update of Cochrane Database of Systematic Reviews 2003; 4. CD003401]. Cochrane Database of Systematic Reviews 2007; 4. CD003401
  5. ^ a b cRecommendations | Intrapartum care | Guidance | NICE”. www.nice.org.uk (2023年9月29日). 2024年6月11日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g 稲田英一 2018, p. 334.
  7. ^ a b 稲田英一 2018, p. 336.
  8. ^ a b c 稲田英一 2018, p. 335.
  9. ^ Trautman, W. J.; Liu, S. S.; Kopacz, D. J. (1997-03). “Comparison of lidocaine and saline for epidural top-up during combined spinal-epidural anesthesia in volunteers”. Anesthesia and Analgesia 84 (3): 574–577. doi:10.1097/00000539-199703000-00020. ISSN 0003-2999. PMID 9052304. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9052304/.
  10. ^ 稲田英一 2018, pp. 334–335.
  11. ^ a b Ong, Kar-Binh; Sashidharan, R (2007). “Combined spinal–epidural techniques”. Continuing Education in Anaesthesia, Critical Care & Pain (Elsevier BV) 7 (2): 38–41. doi:10.1093/bjaceaccp/mkm003. ISSN 1743-1816.

参考文献

麻酔麻酔科学
麻酔法 全身麻酔 鎮静 監視下麻酔管理(MAC) 処置時の鎮静・鎮痛 全静脈麻酔 TCI 神経遮断麻酔(NLA) 笑気麻酔 区域麻酔 局所麻酔 表面麻酔 神経ブロック 静脈内区域麻酔 傍頸管ブロック TAPブロック 持続創部浸潤麻酔(英語版脊髄幹麻酔 脊髄くも膜下麻酔 硬膜外麻酔 脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔 歯科の局所麻酔(英語版ドイツ語版) 下歯槽神経ブロック(英語版寒冷麻酔 経口鎮静法
薬剤 抗コリン薬 制吐薬 ブチロフェノン ベンゾジアゼピン 全身麻酔薬 吸入麻酔薬 神経筋遮断薬 オピオイド 鎮静薬 昇圧薬 降圧薬 麻酔前投薬
手技 気道確保高度な気道確保・基本的な気道管理(英語版)) 点滴静脈注射 動脈ライン 気管支鏡 カプノグラフィ 抵抗消失法 薬物性健忘 術中神経生理学的モニター(英語版気管挿管
原理・理論 血液/ガス分配係数英語版) 濃度効果(英語版拡散性低酸素症 最小肺胞濃度 二次ガス効果英語版比重
周術期評価 ASA-PS 麻酔前評価 バイスペクトラルインデックス エントロピーモニタ フィックの法則 RCRI ゲデルの麻酔深度分類(英語版マランパチ分類 コーマック分類 筋弛緩モニタAMG・KMG・PMG(英語版)) 甲状頤間距離 術前不安(英語版
機器(英語版 麻酔器 麻酔カート ボンベ バッグバルブマスク ラリンジアルマスク ラリンジアルチューブ 生体情報モニタ オドム指示器(英語版笑気吸入鎮静器 気化器(英語版喉頭鏡 気管チューブ スタイレット ダブルルーメン気管支チューブ 気管支ブロッカー 人工呼吸 人工呼吸器 機械換気 (医学) 人工呼吸器のモード
合併症 麻酔中のアレルギー(英語版術中覚醒 幼少期の麻酔暴露による脳への影響(英語版覚醒時せん妄 低酸素血症 局所麻酔薬中毒 悪性高熱 鉛管現象 周術期死亡(英語版) 術後シバリング(英語版術後嘔気嘔吐 術後残存筋弛緩 覚醒遅延
サブスペシャリティ 心臓血管麻酔 小児麻酔 老年麻酔科学 集中治療医学 産科麻酔科学 脳神経外科麻酔 ペインクリニック 歯科麻酔学 患者安全
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歴史 ACE混合液(英語版全身麻酔の歴史 脊髄幹麻酔の歴史
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出版物 麻酔 日本臨床麻酔学会誌
カテゴリ 麻酔の概要(英語版