H-IIAロケット (original) (raw)

H-IIA ロケット(エイチツーエー ロケット)は、日本宇宙開発事業団 (NASDA) と後継法人の宇宙航空研究開発機構 (JAXA) と三菱重工が開発した、人工衛星打ち上げ用液体燃料ロケット使い捨て型ローンチ・ヴィークルで、製造と打ち上げは三菱重工が行なっている。2001年平成13年)に打ち上げられた1号機から、2024年令和6年)に完成した50号機までが生産された[3]H-IIBロケットは強化型、H3ロケットは後継機である[3]

概要 基本データ, 運用国 ...

H-IIA
H-IIA23号機
基本データ
運用国 日本の旗 日本
開発者 NASDAJAXA三菱重工
運用機関 NASDA(1 - 5号機)JAXA(6、8、10 - 12号機)RSC(7、9号機) 三菱重工(13号機以降)
使用期間 2001年 - 現役(2024年度 退役予定[1]
射場 種子島宇宙センター内吉信射点
打ち上げ数 49回(成功48回)
開発費用 1,532億円[2]
打ち上げ費用 85億 - 120億円
原型 H-IIロケット
姉妹型 H-IIBロケット
発展型 H3ロケット
公式ページ JAXA - H-IIAロケット
物理的特徴
段数 2段
ブースター 2基/4基
総質量 289 t / 445 t(4基)
全長 53 m
直径 4 m
軌道投入能力
低軌道 10,000 kg / 15,000 kg(4基)300 km / 30.4度
太陽同期軌道 3,600 kg(夏)/ 4,400 kg(夏以外)800 km / 98.6度
静止移行軌道 4,000 kg / 6,000 kg(4基)250 km x 36,226 km / 28.5度
ロングコースト静止移行軌道 2,900 kg / 4,600 kg (4基)近地点高度2,700 km / 20度 / ⊿V=1500m/s
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日本の宇宙開発における人工衛星打ち上げの自律性を担うロケットとして基幹ロケットに位置づけられた[4]。打ち上げに失敗したのは2003年のH-IIAロケット6号機のみで、2024年(令和6年)9月26日に発射された49号機で成功率は合計で97.96%に達した[5]

JAXA内での表記は「H-IIAロケット」で、発音は「エイチツーエーロケット」であるが、新聞やテレビなどの報道では、「H2Aロケット」または「H-2Aロケット」と表記され、「エイチニーエーロケット」と発音をされる場合が多い[6]

H-IIAロケットは、先代のH-IIロケットを全体にわたって再設計して構造を大幅に簡素化し、一部に海外の安価な製品を利用をすることで、信頼性を高めながら急激な円高により失われたコスト競争力を回復させることを目的に開発された。また、開発中に起きたH-IIロケットH-IIロケット5号機および8号機の相次ぐ失敗や、H-IIAロケット6号機の失敗による信頼性の低下を回復するため、運用開始後にも改良が行われた。

1996年(平成8年)に開発が開始され[7]、開発費(H-IIからの改良開発費)は約1,532億円であった[2]。H-IIAと同じくH-IIを技術基盤とするH-IIBの開発費約270億円との合計は1,802億円であり、同じく前機種から改良開発されたアメリカ合衆国]のデルタ IVの開発費2,750億円、アトラス Vの開発費2,420億円との比較でも安価に開発されているといえる[2]

打ち上げ費用は構成によって異なるが約85億円 - 120億円であり、H-IIロケットの140億円 - 190億円に比べると大幅に低減されている。静止トランスファ軌道への打ち上げ能力は4.0 - 6.0 tであり、H-IIロケットと同等 - 約1.5倍の能力である。

2001年(平成13年)夏に試験機1号機が打ち上げられて以来、49回中48回の打ち上げに成功している[5]。「H-IIAロケット試験機1号機」は打ち上げ翌年、第33回星雲賞自由部門を受賞した。

2005年の7号機から43機連続で打ち上げに成功しており、打ち上げ成功率は97.96%[5]。H-IIAの強化型バリエーションであるH-IIBロケットも含めると58回中57回の打ち上げに成功しており、打ち上げ成功率は98.28%(2024年9月26日時点)。原型のH-IIロケット(7回中5回成功)を含めた「H-IIシリーズ」全体としても、2021年の44号機の成功をもって国際水準と言われる95%を達成している。

当初、H-IIAロケットは2023年度(令和5年度)に退役する予定であったが[8]、後継機として開発されたH3ロケットの初打ち上げが延期された[9]。この影響で、宇宙基本計画工程表(令和5年度改訂)では2024年(令和6年)度の50号機の打ち上げを最後に退役予定となっている[1]

コア機体は、液体水素液体酸素を推進剤とする1段目・2段目を組み合わせた、2段式ロケットとなっている。打ち上げ時に十分な推力を得るために左右2基の固体ロケットブースタSRB-A)を有し、搭載する衛星・探査機等の質量に応じてさらにSRB-Aや固体補助ロケット(SSB)を追加して柔軟に対応する事ができる。複数の衛星を同時に打ち上げて、個別の軌道に投入する事もできる。

材質は、機体外壁と推進剤タンクとフェアリングがアルミニウム合金、SRB-AがCFRPであり、強度を確保したまま機体を軽量化するためにアルミ合金製の推進剤タンクの内面を格子状に彫り込んだアイソグリッド構造をしている[10]

基本的には H-II の設計コンセプトを踏襲するが、全体にわたり調達・組立・打上げ費用を下げるための見直しが行われている。また、部品技術の国産化にこだわらず、有利であれば輸入品も用いた。これは H-II で国産化にこだわったことから後退しているように見えるが、技術を習得したからこそ有利に購入できる(技術がなければ言い値で購入するしかないが、技術があればコストメリットがないなら購入しないという選択ができ、交渉の主導権を握ることができる)という面もあり、自主技術を持つことには一定の意義がある。また、部品点数・作業工程の低減は信頼性の向上にも貢献する。これらの費用改善を行った結果、H-IIロケットで最高約190億円であった打ち上げ費用を、世界市場の相場である100億円未満まで下げることができた。H-IIAロケット202型の部品総点数は約100万点[11]

H-IIからの主な変更点を以下に記す。

主要諸元一覧

さらに見る 段数(Stage), 第1段 ...

H-IIAロケット主要諸元一覧

段数(Stage) 第1段 固体ロケットブースタ(1本あたり) 固体補助ロケット(1本あたり) 第2段 衛星フェアリング(4S型)
全長 37.2 m 15.2 m 14.9 m 9.2 m 12.0 m
外径 4.0 m 2.5 m 1.0 m 4.0 m 4.07 m
質量 114 t 76.6 t(長秒時)75.5 t(高圧) 15.5 t 20.0 t 1.4 t(衛星アダプタ、分離部含む)
使用エンジン LE-7A SRB-A3 キャスターIVA-XL LE-5B
推進薬重量 101.1 t 66.0 t(長秒時)64.9 t(高圧) 13.1 t 16.9 t
推進薬 液体酸素液体水素(LOX/LH2) ポリブタジエン系コンポジット固体推進薬 ポリブタジエン系コンポジット固体推進薬 液体酸素液体水素(LOX/LH2)
推力 1,098 kN(112 tf)(長ノズル)1,074 kN(109.5 tf)(短ノズル)(真空中) 2,262.5 kN(231 tf)(最大推力) 745 kN(76 tf)(最大推力) 137 kN(14 tf)(真空中)
比推力 440 sec(長ノズル)429 sec(短ノズル)(真空中) 283.6 sec 282 sec 448 sec(真空中)
有効燃焼時間 390 sec 116 sec(長秒時)98 sec(高圧) 60 sec 530 sec
姿勢制御方式 エンジンジンバル補助エンジン ノズルジンバル 無し エンジンジンバルガスジェット装置
主要搭載電子装置 誘導制御計算機 横加速度計測装置 レートジャイロ パッケージ 制御電子パッケージ データ収集装置 テレメータ送信機 電動アクチュエータコントローラ 駆動用電源分配器 誘導制御計算機 慣性センサユニット 電動アクチュエータコントローラ データ収集装置 テレメータ送信機 レーダトランスポンダ2台 指令破壊受信機2台

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LE-7A液体燃料ロケットエンジン(三菱重工品川本社ビル)

H-IIA

第1段機体 LE-7Aエンジン

LE-7AエンジンはH-IIAロケットの第1段エンジンで、推進薬に液体水素と液体酸素を用いた、国産の大型液体燃料エンジンである。H-IIロケットの第1段エンジンとして開発されたLE-7エンジンを元に、性能を維持しつつ費用縮減が図られている。

リフトオフの約5秒前に点火され、第2段との切り離しまでの約390秒間燃焼する。

開発当初、下部ノズルスカートを装着した長ノズル構成では、エンジン起動時に過大な横方向推力が発生する問題があり、短ノズルのみを使用して回避していた。そのため、静止トランスファ軌道(GTO)投入能力に換算して約400 kgの性能低下が起きていた。8号機、9号機および11号機以降では、新たに開発された完全再生冷却型の長ノズルが使用され、本来の性能が発揮できるようになっている。また、液体水素ターボポンプ、液体酸素用ターボポンプには、使用開始後にも改良が加えられている。

9号機以降では、SRB-Aを4基使用した打ち上げ時の推力に耐えられるように、機体構造の強化が行われている[15]。また、15号機(202型)にも使用したSRB-A・4本装着用(202/204共用)の1段コア機体構造は、2本装着専用に比べ質量が約600 kg大きくなっている[16]。23号機(202型)からはエンジン周りのSSB取り付け部を省略して構造を簡素化したことによって120kgの軽量化を果たしている[17]

第2段機体 LE-5Bエンジン・LE-5B-2エンジン

LE-5BエンジンはH-IIAロケットの第2段エンジンで、第1段と同様に液体水素と液体酸素を推進薬とした国産の液体燃料エンジンである。H-Iロケットの第2段エンジンとして開発されたLE-5エンジンを元に、H-IIロケット第2段用のLE-5Aエンジン、そしてこのLE-5Bエンジンと、徐々に性能向上が図られてきている。先代のLE-5Aエンジンと比べると、大幅な費用縮減も図られている。

燃焼圧の変動を抑えた改良型LE-5BエンジンであるLE-5B-2の開発が進められ、14号機から使用されている(「LE-5Bエンジン」も参照)。

LE-5B・LE-5B-2エンジンは再々着火(第3回燃焼)が可能である。衛星をより遠い軌道まで運搬する再々着火の実用化は「基幹ロケット高度化」の一要素である「静止衛星打ち上げ対応能力の向上(長秒時慣性航行機能の獲得)」のための第2段機体とエンジンの改良開発が適用された29号機の打ち上げが初となった。実用化のための先行的実験として、2号機打ち上げ1時間40分後の主衛星分離後に再々着火試験が行われたほか、21号機では燃料の蒸発を防ぐための第2段液体水素タンク表面の機体塗装の白色化のみが、24号機では第2段エンジンの新開発予冷のみが適用され、26号機で白色塗装と新開発予冷が合わせて適用された。第2段エンジンの再々着火が実用化されたことにより、静止トランスファ軌道(GTO)の遠地点近傍のロングコースト静止トランファ軌道への静止衛星の投入が可能となり、衛星側の軌道変更用燃料の使用を少なくでき、従来より静止衛星を3年から5年延命させることができるようになった。これによりH-IIAロケットの商業受注における競争力が向上している[18][19]。下記の「基幹ロケット高度化」も参照。

H-IIAロケットはHOPE-Xの打上げ形態案(H2A1024)のように、第2段を使用せずに第1段ロケットだけを使用することも可能であるが、実際に第1段のみで打ち上げられたことはない。

固体ロケットブースタ SRB-A・SRB-A改良型・SRB-A3

SRB-AIHIエアロスペースが製造する固体ロケットブースタ。H-IIロケット用のSRBでは高張力鋼4分割構造をボルト接合していたが、これを炭素繊維強化プラスチック (CFRP) 製の一体成型に変更し、大幅な費用縮減が図られている。

H-IIAロケットにおいては、第1段の両脇にSRB-Aを2基装着する構成を基本とし、衛星質量に応じて4基構成をとることも出来る。カウントダウンX-0と同時に点火され、H-IIAロケットを離床させるためのもっとも大きな推力を発生する。約100 - 120秒間燃焼した後に2基ずつ分離される。11号機では、初めてSRB-A改良型の4基構成での打ち上げが行われた。

6号機ではSRB-Aのノズル部分の破損が打ち上げ失敗の原因となったため、7号機からは信頼性向上のために最大推力を落として燃焼時間を延長した長秒時型のSRB-A改良型を使用していた。そのため静止トランスファ軌道(GTO)投入能力に換算して約300 kgの性能低下が起きていた。15号機からは本来の能力を回復したSRB-A3が使用されている(下記の「#SRB-Aのノズル形状変更と能力回復」も参照)。

SRB-A3は高圧燃焼型と長秒時燃焼型のモータ2種類を運用しており、2本1組で使用する場合には必要な打上げ能力に応じて2種のモータのどちらかを選択し、4本1組で使用する場合にはロケット機体の加速度制限等により長秒時燃焼モータを適用する[20]

固体補助ロケット(SSB) キャスターIVA-XL

アメリカ合衆国にある世界最大の固体燃料ロケットメーカーであるATKランチ・システムズ・グループキャスターIVA-XLを元に、H-IIAロケットに取り付けるためのモータケースの改造や、信頼性向上のためにノズルスロート部の材料変更などを行ったものである。H-IIAロケットでは、搭載する衛星の質量にあわせて、SSB無し、2基、あるいは4基構成を取ることができる。特にLE-7Aの長ノズルの開発が遅れていた初期の打ち上げやSRB-A改良型を使用していた時には、その推力不足を補う目的でも活用されていた。その後、2007年度にH-IIAロケットの打ち上げ業務の移管を受けた三菱重工は、H-IIAのラインアップ整理のため、移管後に新規に受注した機体からはSSBを廃止した[21]。23号機からは1段目エンジン周りのSSB取り付け部を省略している[17]

SSBは、リフトオフと同時ではなく、約10秒後に空中で点火される。これは、射点を燃焼ガスから守るための措置である。SSB4基構成の場合は、リフトオフ後の約10秒で最初の2基が点火され、最初の2基の燃焼終了後に、残りの2基が点火される。最初の2基は、燃焼終了後すぐには分離せずに、空気が十分に薄くなる高度に達した後に、SRB-Aとともに分離される。損失が大きいこの手順を取る理由は、機体に掛かる動圧の低減と、空気抵抗による分離シーケンスでのリスクを最小限に抑えるためである。なお、それまでに打ち上げた衛星の中で最も重い質量約4.65 tのひまわり7号を打ち上げた9号機、およびその後の12号機[_要出典_]では、長秒型SRB-Aとの組み合わせでの打ち上げ能力を最大限確保するために、4基のSSBを同時に燃焼させる手順に変更され、リフトオフ約10秒後に最初の2基が、20秒後に次の2基が点火された。

液体ロケットブースタ(LRB)

初期の構想では、さらに打ち上げ能力を増強するため、上記のSRB-Aを2基を使用した標準型に、LRBを1基、あるいは2基を装着する増強型の構想があった。この構想はH-IIBロケットの開発に置き換えられた(詳細は下記のラインナップの変遷を参照のこと)。

LRBは第1段機体をベースに、LE-7Aエンジンを2基クラスタ化して搭載したブースタとして使用するもので、燃料タンクや搭載機器、エンジンなど多くを第1段と共通化する予定であった[22]技術試験衛星VIII型(きく8号)宇宙ステーション補給機(HTV、こうのとり)HOPE(ホープ)はLRBを使用して打ち上げる予定であった。

衛星フェアリング

沖縄県黒島に漂着したH-IIAロケット11号機の衛星フェアリング

川崎重工が開発・製造するフェアリングで、打ち上げ時の振動や大気圏を抜けるまでの空気抵抗、空力加熱から衛星を保護するためのカバーである。ロケットの先端部分に取り付けられている。大気圏を通過した後の高度約150 km付近で、ロケットの重量を出来るだけ軽くするために(2段式は上部のみ)分離される。海面に落下し浮かんでいるフェアリングは回収船で海上回収される。回収されたものの一部は、フェアリングを活用した商品開発をする企業等に無償で提供された事もある[23]

ロケット本体と同じ直径4mの4S型のほか、大型衛星用で直径5mの5S型や、2個の衛星を同時に軌道投入できる4/4D-LS型、4/4D-LC型、5/4D型の計5種類のフェアリングが用意されている[24]。増強型の構想ではHTV用に5S-H型フェアリングの使用も考慮されていたが、H-IIBロケットの開発が決定したためH-IIAロケットでは用いられない。

フェアリングの種類によって打上能力も違い、H2A204型では4S型と4/4D-LC型でGTOへの投入能力に850 kgの差がある[25]

衛星分離部(PAF)

衛星とロケットの間に配置されて両者を結合するために使用される部品で、衛星とは締結ボルトで固定される。937M-スピン型、937M-スピンA型、937M型、937MH型、1194M型、1666M型、1666MA型、1666S型、2360SA型、3470S型などがあり[26][27]、衛星の大きさや放出機構に合わせて十数種類の中から選択される。衛星分離時には衛星と分離部を接合している締結ボルトを爆薬(火工品)で爆破して一気に切断して衛星を分離する方法を採用しているが、この方法は確実に分離を行える利点があるものの衛星に伝わる衝撃が大きいという欠点があった。そこで基幹ロケット高度化に合わせて、クランプバンドで締結しておいた接合部を電気的にラッチ機構で解放することで衛星を分離する方法に改めて、衛星に伝わる衝撃を低減することになった。30号機で低衝撃衛星分離機構の先行的実験として、従来の衛星分離部をかさ上げして余剰スペースにダミー機構を搭載して宇宙空間で実際に作動させる実験を行った[28][29]

サブペイロード

打ち上げ能力に余裕がある場合は、サブペイロードとして1辺50 - 70 cmの小型衛星を最大4個まで搭載可能である。さらに、1辺10 - 30 cmの超小型衛星に関しては50 - 70 cmの衛星1機分の空間に3 - 4機搭載可能である。これを利用して、15号機では主衛星「いぶき」の他に、1辺50 - 70 cmの人工衛星3機と15 - 30 cmの人工衛星4機の合計8基を同時に打ち上げている。

JPOD

20 cm以下の公募衛星に対して標準化した分離機構を提供するため、17号機では初めて**J-POD (JAXA Picosatellite Orbital Deployer)**と呼ばれる箱型の装置が小型衛星の空間に搭載された。10 cm級の衛星であれば田の字型に並んだ4つの発射孔を持つJ-PODが使われ、20 cm級の衛星であれば1機のみ搭載できるJ-PODが使われる[30]。17号機では前者のタイプが使われ、公募衛星のうち3機が1つのJ-PODから放出された。なおJ-POD自体は20 kg程度の重量を占め、役目を終えると切り離される。

アビオニクス

21号機までは、RX616リアルタイムOSと32ビットMPUV70を採用した、NECが開発した誘導制御計算機を搭載していたが、部品の枯渇に対応するため新たにほぼ全てのアビオニクスが新規に開発された。新たなアビオニクスのうち、JAXA情報・計算工学センターが開発した新型のTOPPERS/HRPリアルタイムOSと、NECが開発したV70より10倍高性能の64ビットMPUのHR5000を採用した新型誘導制御計算機、新型慣性センサユニットなどは、H-IIBの3号機で初めて適用されH-IIAでは他のアビオニクスも加えて22号機から適用される。新型誘導制御計算機は高速・小型・軽量・モジュール化が図られており、新型MPUボードはイプシロンロケットも含んだ今後のJAXAロケットの共通基盤となる[31]

打上げ能力

打上げ能力はSRB-Aや固体補助ロケット(SSB)・液体ロケットブースタ(LRB)の数により変化する。ただし第1段エンジン(LE-7A)のノズルの長短や、SRB-Aの高圧型、長秒時型の違いによっても能力が変化するため、同じ形式でも時期によって打上げ能力が違う。

計画時のLRBを使用したH2A212型・H2A222型は開発が中止されている。また、打ち上げ関連業務が三菱重工に移管されてからは、SSBを用いるH2A2022型とH2A2024型は受注していない[32]。H2A204型はH-IIAロケット45号機を最後に、H-IIAロケットの退役予定である50号機までに新たな受注が行われなかったため、事実上の廃止状態となっている[33][34]。2024年現在、H2A202型が運用中である。

さらに見る 型式名※4, H2A202型 (運用中) ...

形式名と打ち上げ能力

型式名※4 H2A202型(運用中) H2A2022型(廃止) H2A2024型(廃止) H2A204型(終了) H2A212型(開発中止) H2A222型(開発せず) H-IIBロケット(参考)
ロケット質量 289 t 321 t 351 t 445 t 410 t 520 t 551 t
第1段 LE-7A LE-7A LE-7A 2基
第2段 LE-5B LE-5B LE-5B
LRB N/A 1基LE-7A 2基 2基LE-7A 4基 N/A
SRB-A 2基 4基 2基 4基
SSB 0 2 4 N/A N/A N/A
地球重力脱出月・惑星探査等 2,500 kg
スーパーシンクロナス トランスファ軌道[35]遠地点高度80,000km近地点高度500 km軌道傾斜角約20度 2,500 kg 4,400 kg
標準静止トランスファ軌道(GTO)※1[36]遠地点高度36,226 km近地点高度250 km軌道傾斜角28.5度 4,000 kg(3,800 kg)※3 4,500 kg(4,200 kg)※3 5,000 kg(4,700 kg)※3 6,000 kg(5,800 kg)※3 7,500 kg 9,500 kg 8,000 kg
ロングコースト静止トランスファ軌道※1[19]近地点高度2,700 km軌道傾斜角20度⊿V=1500m/s 2,970 kg(高度化適用機)1,700 kg(高度化非適用機) 4,820 kg(高度化適用機)2,300 kg(高度化非適用機) 5,500 kg[37](高度化適用機)
太陽同期軌道(SSO)高度800 km軌道傾斜角98.6度 3,600 kg(夏季)4,400 kg(冬季)
低軌道(LEO)高度300 km軌道傾斜角30.4度 10,000 kg 15,000 kg 17,000 kg 20,000 kg 19,000 kg
HTV軌道※2遠地点高度300 km近地点高度200 km軌道傾斜角51.7度 12,000 kg 15,000 kg 16,500 kg

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※1:静止衛星打ち上げの際は、GTOからGSO(静止軌道)へ軌道遷移は衛星側に搭載するアポジエンジンの動力で行う。標準静止トランスファ軌道:静止化増速量1,830 m/s、ロングコースト静止トランスファ軌道:静止化増速量1,500 m/s
※2:HTV軌道とは、宇宙ステーション補給機(HTV)が自力で国際宇宙ステーション軌道へ移行する前に投入される、低高度の楕円軌道。
※3:7号機から13号機までは、燃焼パターンを調整し安定性を高めたSRB-A改良型を装着したため、GTOへの投入能力がおよそ200 - 300 kg少なくなっている。15号機からはSRB-A3が適用され打ち上げ能力を選択できる。
※4:H2Aabcd形式 a=段数(ほぼ2固定) b=LRB数(現在は0固定) c=SRB数 d=SSB数(0は省略)

ラインナップの変遷

H-IIAロケット ラインナップ

H-IIAロケットには、当初の計画では現在とは若干異なる4つのラインナップ(H2A202型/H2A2022型/H2A2024型/H2A212型)と、将来発展型としてH2A222型が存在した。標準型のH2A202/2022/2024は人工衛星打ち上げ用として、増強型のH2A212型はHTV打ち上げ用に使用される予定であった。しかし、このうちH2A212型は開発途中で中止され、将来発展型とされていたH2A222型においては机上計画のみに終わった。

H2A212型の開発中止の理由は、世界でも稀な回転対称にならない非対称型ロケットであり、その制御に困難が予想されるためであった。

H2A222型においては、メインエンジンのLE-7Aを5基も使用する大規模なクラスタロケットであり、各エンジンの出力などの精密な制御に困難が予測される事に加え、高価で(計画時点で)実績のないLE-7Aエンジンを多数使用する機体となり、製造費用の高騰が予測される事と、信頼性確保の難しさから、実際の開発が行われる事はなかった。

これらの問題点に加え、最も大きかったのはH-IIロケットの相次ぐ失敗に伴う、開発資源の「選択と集中」であった。安価で信頼性向上を目指したH-IIAロケットの早期立ち上げのため、製造済みであったH-IIロケット7号機の打ち上げは中止され、H-IIAロケットの標準型である20xx型の開発のみに注力した。

5.8 tの衛星ETS-VIII(きく8号)は当初、静止トランスファ軌道に7.5 tの打ち上げ能力を持つH2A212型を前提として開発が進められていた、そのままでは打ち上げられるロケットが無いため、SRB-Aを4本配し静止トランスファ軌道6 t級の能力を持つH2A204型が新たに開発された。

HTV打ち上げ用には、費用と技術的な課題を出来るだけ抑えるため、H2A212型に代わってH-IIA+ロケットの構想が提案された。[38] 1段目機体の直径を4 mから5 m級に拡張してメインエンジンのLE-7Aを2台配し、その周りにSRB-Aを4基装着されている。H2A212型と比べ、静止トランスファ軌道投入能力が7.5 tから8 tへ、HTV打ち上げ能力が15 tから16 tへと向上するとされる。これにより、HTVによる国際宇宙ステーション(ISS)への物資輸送回数を減らして打ち上げ費用を削減する事ができるとされる。この構想は、H-IIBロケットへと名前を変えて、2005年秋に開発フェーズへと移行した。

H-IIAロケットは2007年度から民間企業である三菱重工へ移管された。三菱重工では生産ラインを整理するため、SSBを使用するH2A2022型・H2A2024型の廃止を表明している。これにより、2007年度以降に受注されたH-IIAロケットのラインアップはH2A202型とH2A204型の2つに集約されている[39]

さらに見る 比較表(2014.3), 形式 ...

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全て種子島宇宙センター大崎射場吉信第1射点(LP-1)から打上げ。

衛星打ち上げ履歴

ロケット打ち上げ費用

金額には、ロケット製造費用の他に、輸送・点検・保安費用等の打ち上げに関わる費用全般が含まれている。ただし、搭載する人工衛星・探査機等の費用は含まない。

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打ち上げ費用一覧

機体 モデル フェアリング 衛星質量 投入軌道 打上費用 備考
1 H2A202 4SS 3.3 t(VEP-2)90 kg(LRE) GTO 96億円
2 H2A2024 4/4D-LC 480 kg(つばさ)90 + 33 kg(サブペイロード) GTO 106億円 SRB-A点検費用4億円を含む
3 H2A2024 4/4D-LC 2.8 t(こだま)1.7 t(USERS宇宙機) GTOLEO 102億円
4 H2A202 5S 3.68 t(みどり2)58 + 50 + 53 kg(サブペイロード) SSO 93億円
5 H2A2024 4/4D-LC 約2 t[82](情報収集衛星光学1号機)非公開(情報収集衛星レーダ1号機) 非公開(SSO) 98億円
6 H2A2024 4/4D-LC 非公開(情報収集衛星光学2号機)非公開(情報収集衛星レーダ2号機) 非公開(SSO) 108億円 63日間の打ち上げ延期費用10億円を含む打ち上げ失敗
7 H2A2022 5S 3.3 t(ひまわり6号) GTO 120億円 6号機失敗を受けての機体改修費用を含む
8 H2A2022 5S 4.0 t(だいち) SSO 101億円
9 H2A2024 5S 4.65 t(ひまわり7号) GTO 104億円
10 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星光学2号機) 非公開(SSO) 96億円
11 H2A204 5S 5.8 t(きく8号) GTO 119億円
12 H2A2024 4/4D-LC 非公開(情報収集衛星レーダ2号機)非公開(情報収集衛星光学3号機実証衛星) 非公開(SSO) 112億円 9日間の打ち上げ延期費用約4.4億円を含む
13 H2A2022 4S 3.02 t(かぐや) 月遷移軌道 110億円 質量は子衛星2基を含む
14 H2A2024 4S 4.85 t(きずな) GTO 109億円
15 H2A202 4S 1.75 t(いぶき)100 + 50 + 45 + 20 + 8 + 7 + 3 kg(サブペイロード) SSO 85億円 2日間の延期費用は含まれていない
16 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星光学3号機) 非公開(SSO) 94億円 光学3号機の研究開発費用は総額約487億円
17 H2A202 4S 500 kg(あかつき)315 kg (IKAROS)15 kg(サブペイロード)2 + 1.5 + 1 kg(他サブペイロード) 惑星間軌道惑星間軌道惑星間軌道LEO 98億円 あかつきの開発費用は146億円
18 H2A202 4S 4.1 t(みちびき) GTO 不明 地上設備・打ち上げ費用等が約335億円、衛星開発費が約400億円
19 H2A202 4S 予定1.2 t[82](情報収集衛星光学4号機) 非公開(SSO) 104億円 光学4号機の開発費用は約347億円
20 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星レーダ3号機) 非公開(SSO) 103億円 レーダ3号機の開発費用は398億円[48]
21 H2A202 4/4D-LC 2.0 t(しずく)1.0 t(アリラン3号)50 + 6.4 kg(サブペイロード) SSO 非公開(商業打ち上げのため) アリラン3号の打ち上げロケット選定時に193億ウォン(約13億円)を提示[83]
22 H2A202 4/4D-LC 非公開(情報収集衛星レーダ4号機)非公開(情報収集衛星光学5号機実証衛星) 非公開(SSO) 109億円[84]
23 H2A202 4S 3.5 t (GPM)32.9 + 32.9 + 21.65 + 1.2 + 1.5 + 1.8 + 1.68 kg(サブペイロード)[85] LEO 日本側負担額(GPM主衛星の二周波降水レーダ開発費と打ち上げ費用)250億円アメリカ側負担(GPM主衛星本体開発費)は550億円[86]
24 H2A202 4S 2 t (だいち2号) 7.1 + 43.2 + 50 + 48 kg(サブペイロード)[87][88] SSO 打ち上げ費とだいち2号の開発費の合計額は374億円[89]
25 H2A202 4S 3.5 t(ひまわり8号) GTO ひまわり9号と一括で衛星開発費は約340億円、打ち上げ費は約210億円[90]
26 H2A202 4S 600 kg(はやぶさ2)15 + 30 + 59 kg(サブペイロード) 太陽周回軌道 打ち上げ費とはやぶさ2の開発費の合計額は約290億円[91]基幹ロケット高度化技術の一部を採用
27 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星レーダ予備機) 非公開(SSO) 105億円[92] レーダ予備機の開発費用は約228億円[92]
28 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星光学5号機) 非公開(SSO) 打ち上げ費と情報収集衛星光学5号機の開発費の合計額は約431億円[93]
29 H2A204 4S 4.9 t(Telstar 12 VANTAGE) ロングコーストGTO 非公開(商業打ち上げのため) 基幹ロケット高度化初号機
30 H2A202 4S 2.7 t(ひとみ)50 + 50 + 10 kg(サブペイロード) LEO 打ち上げ費とひとみの日本側開発費の合計額は310億円[94]
31 H2A202 4S 3.5 t(ひまわり9号) GTO ひまわり8号と一括で衛星開発費は約340億円、打ち上げ費は約210億[90]
32 H2A204 4S 非公開(きらめき2号) GTO きらめき1号と一括した開発費・打ち上げ費の合計額は約1300億円[95]
33 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星レーダ5号機) 非公開(SSO) 106億円[96] レーダ5号機の開発費用は371億円[96]
34 H2A202 4S 4.0 t(みちびき2号機) GTO 不明 2・3・4号機の衛星開発費の合計が約557億円、打ち上げ費の合計が約342億円[97]
35 H2A204 5S 4.7 t(みちびき3号機[98] GTO
36 H2A202 4S 4.0 t(みちびき4号機) GTO
37 H2A202 4S 2.0 t(しきさい)0.4 t (つばめ) SSOLEO 開発費と打ち上げ費の合計は322億円[99]
38 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星光学6号機) 非公開(SSO) 109億円[100] 光学6号機の開発費は307億円[100]
39 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星レーダ6号機) 非公開(SSO) 108億円[101] レーダ6号機の開発費は242億円[101]
40 H2A202 4/4D-LC 1.8 t(いぶき2号)330 kg(ハリーファサット)55.9 + 23.0 + 1.4 + 1.6 kg(サブペイロード) SSO 非公開(商業打ち上げのため) いぶき2号の開発費は215億円[102]
41 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星光学7号機) 非公開(SSO) 110億円[103] 光学7号機の開発費は343億円[103]
42 H2A202 4S 1.5 t(Hope (al-Amal)) 惑星間軌道 非公開(商業打ち上げのため)
43 H2A202 4S 非公開(データ中継衛星1号機・光データ中継衛星) 非公開(GTO) 開発費と打ち上げ費用は内閣衛星情報センターが213億円、JAXAが265億円を負担[104]
44 H2A202 4S 4.0 t(みちびき初号機後継機) GTO 109億円[105] みちびき初号機後継機の開発費は181億円[105]
45 H2A204 4S 5.5 t(Inmarsat-6 F1) スーパーシンクロナスGTO 非公開(商業打ち上げのため)
46 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星レーダ7号機) 非公開(SSO) 開発費と打ち上げ費の合計は600億円余り[106]
47 H2A202 4/4D-LC 2.3 t(XRISM)730 kg(SLIM) LEO楕円 XRISMの日本側の開発費と打ち上げ費の合計は約277億円[107]
48 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星光学8号機) 非公開(SSO) 衛星の開発費は約400億円[108]
49 H2A202 4S 非公開(情報収集衛星レーダ8号機) 非公開(SSO) 約118億円[109] 衛星の開発費は約311億円[109]

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打ち上げ予定

2024年(令和6年)

SRB-Aのノズル形状変更と能力回復

元々SRB-Aにおけるノズルの局所エロージョン(侵食)問題は深刻であり、当初からノズルの外周を補強するなどの対策を取っていたが、とうとう6号機でノズルに穴が開き、ロケット打ち上げ失敗の原因となった。7号機から13号機まではノズル形状をそれまでのコーン型(円錐型)から局所エロージョンの起きにくいベル型(釣鐘型)に変更し、さらに燃焼パターンを変更して燃焼圧を抑える長秒時型のモータを使用する事によって安全を確保していた。この対策で重力損失が大きくなり低下したSRB-A改良型の能力を回復させるためSRB-A3の開発が行われ、2007年10月に認定型モータの燃焼試験を終えた。14号機に適用された高圧型のSRB-A3は、安全性に余裕を持たせるため、7号機 - 13号機と同様に厚肉型のノズルになっている[110][111]

15号機からノズル部も含めて本来のSRB-A3が適用されている。これは長秒時型のモータで運用され、H2A204と同様に長秒時型で運用されるH-IIBロケット初号機の打ち上げには間に合ったものの、高圧型のSRB-Aを用いる202型の打ち上げ能力は回復していなかった。その後、高圧型の認定型モータ燃焼試験も2009年11月に終えている。この高圧型SRB-A3の運用はみちびきを打ち上げる18号機から行われており、これにより202型ではGTO約4トンという本来の打ち上げ能力が達成できる見込み[112]。なお、SRB-A3は搭載する衛星・探査機に応じて高圧型・長秒時型を使い分けて運用している。

基幹ロケット高度化

H-IIAは打ち上げ経験を反映して逐次改良が続けられているが、より高機能で低価格な打ち上げロケットを実現させて世界との衛星打ち上げ受注競争に勝ち抜くため、2011年度から「基幹ロケット高度化」計画が始動した。計画は大きく分けて「静止衛星打ち上げ対応能力の向上(長秒時慣性航行機能の獲得)」、「衛星搭載環境の緩和(ペイロード搭載環境の向上)」、「地上設備の簡素化(飛行安全システム追尾系の高度化)」の3つの要素から成っている[18][19]。打ち上げ施設の老朽化対策と枯渇部品対策を合わせて総事業費は161億円である[113]。この基幹ロケット高度化の成果は、H3ロケットやイプシロンロケットにも反映される[114]

静止衛星打ち上げ対応能力の向上(長秒時慣性航行機能の獲得)

種子島宇宙センターから打ち上げられた静止衛星は、赤道面から28.5度傾いている近地点約300km、遠地点36,000kmの静止トランスファー軌道に投入されるため、軌道面変更に対する衛星側の負担が静止化増速量1,830m/s必要であり、他国の射場の静止化増速量1,500m/sと比べて不利であった[115][114]。「静止衛星打ち上げ対応能力の向上(長秒時慣性航行機能の獲得)」では、第2段機体を中心とした改良開発を行うことで、通信衛星などの静止衛星の打ち上げにおいて、従来の静止トランスファー軌道より近地点が高い近地点約3,000km、遠地点36,000km、軌道傾斜角約20度の静止軌道に近いロングコースト静止トランスファー軌道への衛星投入が可能になり、必要な静止化増速量も他国の射場並の1,500m/sとなっている[114]。これにより、衛星の軌道変更用燃料の使用を少なくでき、この燃料を衛星寿命に換算すれば従来より静止衛星を3年から5年延命させることになる。一方で、ロングコースト静止トランスファー軌道へ打ち上げられる衛星の質量は、従来の静止トランスファー軌道より1トン以上低くなっている。

具体的な改良内容[18][116]は、1つ目は第2段液体水素タンクの表面を白色塗装し液体水素の蒸発を減少させるというもので、この改良により蒸発する燃料を約3割減らせる[114]。H-IIA21号機で長時間の慣性飛行中(ロングコースト)の技術データの取得を行い、H-IIA26号機から本適用されている[115]

2つ目はこの蒸発した液体水素を機体の後方から噴射させることにより微小な加速度を与え、宇宙空間での慣性飛行中に、残っている推進剤の液体水素と液体酸素がタンク内で拡散しないようタンク底部に保持させる、リテンションと呼ばれる推進薬液面保持機能に活用する。今までは姿勢制御用の推進剤のヒドラジンを機体後方への噴射に用いていたが、この改良によりヒドラジンの消費量が節約できる。[115][114]

3つ目はロングコーストの間にトリクル予冷という、従来の冷却系統とは別に新たに設けたトリクル予冷系統で少量の液体酸素を用いたターボポンプを間断なく冷却する方法で、エンジン作動に使用できる液体酸素を増加させるというもの。宇宙空間でエンジンに点火するには、事前にターボポンプを冷却させないといけないが、冷却に用いる液体酸素は温度が高いと気化してしまい、エンジンへの液体酸素の供給量が減ってしまう。この改良により液体酸素の消費量が節約できる。このトリクル予冷機能は、H-IIA24号機の衛星分離後に技術データの取得を行い、H-IIA26号機から本適用されている。[115][114]

4つ目は飛行中に衛星を太陽に対して垂直にし、太陽光が常に機体側面に当たるように姿勢を保持した上で、機体を低速回転させる熱制御法であるバーベキューロールと呼ばれる運用が取り入れられた。これにより、電子機器の温度環境は従来と同じで、太陽光で高温になるのを防ぎ、かつ深宇宙側の電子機器が極低温になるのを防ぐ。[115][114]

5つ目はロングコースト後には衛星の増速に第2段エンジン第3回燃焼(再々着火)が必要だが、遠地点(静止軌道近辺)では機体が低速のため、推力100%では推進力が大きすぎるので軌道投入精度が落ちる。このため、再々着火時の軌道投入精度を確保するため、推力を60パーセントに調節できるスロットリング機能を実用化させる改良がなされている。[114]

他にも5時間に及ぶ宇宙空間での長時間飛行に対応するため、新たに開発された宇宙環境にも耐えられる大容量のリチウムイオン電池を搭載して電子機器の電源を確保し、静止軌道からの機体データの取得に対応した長距離通信が可能な高利得アンテナも開発されている。[115][114]

ロングコースト静止トランスファー軌道への衛星投入は29号機の打ち上げで初適用された[117]。一方、29号機以降においても長秒時慣性航行が必要ない静止軌道への打ち上げでは高度化改良されていない機体での打ち上げとなる。

また、「静止衛星打ち上げ対応能力の向上(長秒時慣性航行機能の獲得)」を応用することで、1回の打ち上げで太陽同期軌道の異なる高度への複数の衛星投入も可能となり、衛星1基あたりの打ち上げ費用を3割から4割低減させることができるようになる。これを可能とするために上記の改良内容に加えて第2段機体のソフトウェアの改修を施した「衛星相乗り機会拡大開発」が実施された。この高度化は37号機で初適用[118]された。

衛星搭載環境の緩和(ペイロード搭載環境の向上)

「衛星搭載環境の緩和(ペイロード搭載環境の向上)」では、従来の爆薬(火工品)の爆発で締結ボルトを切断して衛星を分離していた方法を、電気的にラッチ機構を作動させて締め付けられたクランプバンドを解放して衛星を分離する方法に変えて、衛星に伝わる衝撃を緩和する。これにより衝撃レベルを4,100Gから1,000Gまで低下させる[28][115][114]。30号機で先行的実験が行われ[119]、イプシロンロケット3号機で初めて実用化された[120]

地上設備の簡素化(飛行安全システム追尾系の高度化)

「地上設備の簡素化(飛行安全システム追尾系の高度化)」では、新たに開発された複合航法による飛行安全用航法センサー(RINA)を機体に搭載することで、従来から搭載されていたレーダトランスポンダ(電波中継器)と地上レーダ局に頼らずにロケットが自力で飛行できるようにする。これにより維持費と設備更新に高額な費用がかかる地上レーダ局を廃止することができ、打ち上げ費用の削減が可能となる。[115][114]この航法センサは29号機で初搭載されて、その後も安全確認のために地上レーダ局による管制と併用して飛行試験が行われたが、37号機で初めて航法センサのみで飛行する。ただしその後の飛行では地上レーダ局と併用して飛行を続け安全確認を続ける予定である[119]

ロケットシステム(RSC)

H-IIAロケットの前身であるH-IIロケットは日本で純国産開発された初めての大型液体燃料ロケットである。アメリカ製の第1段をライセンス生産していたH-Iロケットまでは米国との契約によって日本独自の事業が制約されてきたが、H-IIロケットの純国産開発の成功により、日本独自の事業を行うことができるようになった。当時すでに民間による衛星ロケット打ち上げ企業としてヨーロッパアリアンスペース社がシェアを伸ばしつつあったことから、日本でも民間企業による打ち上げ事業への参入が目指され、ロケットシステム(RSC)が設立された。

RSCは衛星打ち上げサービスの受注から打ち上げロケットの製造管理・輸送・射場の安全確保等の打ち上げサービス全般を実施する事業主体として設立された。まずは、RSCが試験的にH-IIロケット試験3号機の受注を行い、その後にNASDA(当時)によるH-IIロケットの打ち上げが安定して成功を収めるようになった後に、正式にRSCに業務が移管される予定であった。1996年にRSCは、衛星メーカーであるヒューズ(現ボーイング)と20機、スペースシステムズ/ロラールと10機の商業衛星打ち上げ仮契約を成立させた。H-IIロケットの打ち上げは8機で終了するため、これらの衛星はH-IIAロケットで打ち上げることになるとされた。こうして、ようやく日本のロケットが商業市場に参入を果たしたかに思われた[121]

しかしH-IIロケット5号機および8号機の連続打ち上げ失敗により、H-IIロケットを即座に廃止し、円高の進展により既に開発中であった低コストなH-IIAに開発資源を集中する事となった。このためRSCへの正式移管はH-IIAロケットの打ち上げが安定して成功するまでさらに見送られた。信頼を失ったRSCは、2000年にはヒューズから契約解除を通告され、ロラールもH-IIAの開発遅れで打ち上げが間に合わなくなった2機を解約した。2003年にはロラールが倒産し、ついにRSCは全ての商業打ち上げ契約を失った[121]

RSCによるH-IIAロケットの打ち上げは7号機から行われたが、法律上の制約により打ち上げ作業そのものはJAXAに業務委託した。しかしながら、この頃には国際的な衛星打ち上げ需要が減少しつつあり、また、アリアンスペースだけでなく、中国ロシアなどがより低価格でのビジネスを展開するようになったため、将来にわたってRSCが安定的にビジネスを継続できる見込みがなくなり、RSCはH-IIロケット試験3号機、H-IIAロケット7号機および9号機の打ち上げを履行した後、解散した[121]

三菱重工

三菱重工は以前よりH-IIAの製造を行っているが、2007年の13号機から、打ち上げ作業を含めてH-IIAロケット打ち上げ関連業務のほとんどが民間企業である三菱重工に移管された。また、かつてRSCが行っていたような商業打ち上げの受注活動も三菱重工が行うことになった。これにより、JAXAは打ち上げ安全管理業務のみに責任を負うようになった。

ロケットの開発も含めて移管されるため、H-IIAで使用される機器や構成についてもある程度三菱重工自身の判断で変更できるようになる。このため三菱重工は今後打ち上げるH-IIAロケットの構成をH2A202とH2A204の二つの形式に絞ると発表した[21]

また、打ち上げ費用を70 - 80億円に抑えて商用衛星の打ち上げ市場で受注を獲得するため、従来は打ち上げ費用に含まれていた射場の点検費や修繕費、ロケットの飛行データの提供費などとして、1回当たり20 - 30億円程の公的負担を、JAXAを通じて国に求めている。

移管後の初めての打ち上げとなる13号機では、以下の点が変更された。

商業打ち上げ

2009年1月12日、三菱重工は韓国の人工衛星KOMPSAT3(アリラン3号)の打ち上げを受注したと、正式に発表した。入札には三菱重工のほかユーロコット社のロコットも参加していたが、H-IIAの方が低価格を提示したとされる[124]。ロコットはKOMPSAT2の打ち上げにも使われていた。三菱重工の入札額は非公開だが、ロコットの打ち上げ費用は40億円程度であるため、それより安いと思われる。85億円以上するH-IIAで40億円のロコットに対抗できたのは、KOMPSAT3をGCOM-W1と相乗りで打ち上げるためである。GCOM-W1は1,900 kg、KOMPSAT3は800 kg、合計しても2,700 kgであるためH-IIA202型のペイロード(太陽同期軌道、夏期)3,600 kgを下回る。すなわち、GCOM-W1打ち上げ用H-IIAの余剰能力を販売したということであり、KOMPSAT3のためにH-IIAを新規に製造したわけではない。2012年5月18日、H-IIA 21号機によりアリラン3号を予定軌道に投入し、初の商業打ち上げを成功させた[125][126]

2013年9月26日、三菱重工はテレサット社の通信放送衛星Telstar 12 VANTAGEの打上げ輸送サービスを受注したと発表した。日本の国産ロケットが「商業衛星」の打ち上げを受注するのは初であり[117]、また「民間企業からの受注」も初となった[127]。2015年11月24日、H-IIA 29号機によりTELSTAR 12 VANTAGEを予定軌道に投入し、官需衛星や、その相乗りでもない純粋な商業打ち上げを日本で初めて成功させた。

2015年3月9日に三菱重工がアラブ首長国連邦の先端科学技術研究所(EIAST)の地球観測衛星ハリーファサットの2017年度打上げ輸送サービスを受注した[128]と発表、さらに2016年3月22日、同国EIASTの後継機関モハメド・ビン・ラシドスペースセンター(MBRSC)から火星探査機アル・アマルの2020年打ち上げ輸送サービスを受注した[129]と発表した。ハリーファサットは2018年10月29日にH-IIA 40号機により、アル・アマルは2020年7月20日にH-IIA 42号機により予定軌道に打ち上げられた。

2017年9月12日には英インマルサット社のInmarsat-6のF1(初号機)の打ち上げを受注し、海外顧客からの商業打ち上げ受注は5件となった。2021年に打ち上げられた[130][131]


  1. LRBには補助エンジン系は装着されない。主要諸元:全長36.7 m、外形4.0 m、質量117 t、推進薬質量99.2 t、推力2200 kN、燃焼時間200 sec、推進薬種類 液体水素/液体水素、比推力440.0 sec、姿勢制御方式 ノズルジンバル、主要搭載電子装置 誘導制御系機器、H-IIAシステム解説書 NASDA 2000年3月
  2. 新規の軌道で新たに飛行安全解析を実施する必要がある準天頂トランスファー軌道(QTO)ではなく、飛行実績のあるGTOを使用した“準天頂高精度測位実験について” (PDF). 2011年1月1日閲覧。
  3. テレサット社(本社カナダ)の通信放送衛星打上げ輸送サービスを受注商業衛星の打上げ受注は初めて”. 三菱重工 (2013年9月26日). 2013年9月28日閲覧。
  4. 宇宙条約第6条・第7条および宇宙損害責任条約第2条