[1745](寄稿)医療あれこれ(その113)ー2 本の話 黒木登志夫『死ぬということ 医学的に、実務的に、文学的に』 (original) (raw)
ペンギンドクターより
その2
本の話その1
残暑というより真夏の暑さが続きます。9月9日(月)今日は救急の日です。
さて、先日次のようなことを思いつきました。
今私は、医療関係の本や時事的な新書、あるいは書庫に眠っている昔購入した本など、本を読むとそのつど読書記録を綴っています。これは60歳で常勤医をやめた時、自らに課したメインの仕事です。しかし、この読書記録はあくまでも自分の備忘録です。自分以外の人に読んでもらうものではありません。しかし折角読んだのですから、医療関連については、もっと詳しく記録を残し皆様に紹介しようと思ったのです。今まで医療情報の送信のついでにちょっとした本の感想を送信していたのをもっと詳しくという試みです。添付ファイルとして送信するつもりです。煩わしいかもしれませんが、お付き合いくだされば幸いです。
その第一号は、
●黒木登志夫『死ぬということ 医学的に、実務的に、文学的に』(中公新書2024年8月25日発行)です。302ページの新書です。
私はこの本を大変役に立つ本だと思いました。「死ぬということ」などと言うと、哲学的・宗教的など様々な視点からの考えがありますが、この本は一切それとは無関係です。46億年前の地球の誕生から10数億年後生命が誕生し進化を経て今のホモサピエンスにたどりつきました。生物の必然として死を迎え「無」に帰する現実は避けられません。その現実を直視した本です。著者は一度も医師として臨床の現場に立ったことのない人ですが、普通の臨床医以上に「病」を理解しています。つまり医学・医療の現状を把握している人です。しかも著者は1936年生まれですから現在88歳、死はまもなくやってくる避けようのない現実です。その人が書いた本ですから、役に立つと言えるのであり、私もこの本の内容のすべてに同意します。
黒木登志夫氏については『新型コロナの科学』(中公新書、2020年)など以前お話したことがあり、経歴などもお伝えしました。私は1983年『がん細胞の誕生』(朝日選書)を読んで黒木さんの名前を知ったので、もう40年ほど前からの書物を通してのつきあいになります。繰返しになりますが、略歴の一部を引用します。
黒木登志夫:1936年東京生まれ。東北大学医学部卒業。専門はがん細胞、発がんのメカニズム。1961年から2001年にかけて、3カ国5つの研究所でがんの基礎研究をおこなう(東北大学加齢医学研究所、東京大学医科学研究所、ウィスコンシン大学、WHO国際がん研究機関、昭和大学)、英語で執筆した専門論文は300編以上、その後、日本癌学会会長(2000年)、岐阜大学学長(2001-08年)、日本学術振興会学術システム研究センター副所長(2008-12年)を経て、同センター顧問。2011年生命科学全般に対する多大な貢献によって瑞宝重光章を受賞。2021年に川崎市文化賞、2022年に神奈川県文化賞を受賞。著書は省略。この本の帯のコピーを記します。
理想の死はピンピンコロリならぬピンピンごろり
老いること、病むこと、そして「死ぬということ」を、医学者が正確な知識と溢れるユーモアで語る
人は死ぬまで生きるのだ
「死ぬということ」は、いくら考えても分からない。自分がいなくなるということが分からないのだ。生死という大テーマを哲学や宗教の立場から解説した本は多いが、本書は医学者が記した、初めての医学的生死論である。といっても、内容は分かりやすい。事実に基づきつつ、数多くの短歌や映画を紹介しながら、ユーモアを交えてやさしく語る。加えて、介護施設や遺品整理など、実務的な情報も豊富な、必読の書である。
●目次を示す。
はじめに
第1章 人はみな、老いて死んでいく
1 生まれるのは偶然、死ぬのは必然
2 人はみな老いて死ぬ
3 もしも老化しなかったら、もし死ななかったら
4 老化と寿命のメカニズム
第2章 世界最長寿国、日本
1 長寿国日本
2 日本人は絶滅危惧種
3 江戸時代の寿命とライフサイクル
第3章 ピンピンと長生きする
1 健康を維持する
(1)毎年1回は健康診断を受ける
(2)タバコをやめる
(3)酒は飲み過ぎない
(4)メタボリック・シンドロームにご用心
(5)運動をする
2 サプリメントをとるべきか
第4章 半数以上の人が罹るがん
1 症例
2 がんのリスク
3 がんの受け止め方は大きく変わった
〔コラム4-1〕セカンド・オピニオン
4 がんを知る
5 がんの診断と治療
6 高齢者のがん
第5章 突然死が恐ろしい循環器疾患
1 症例
2 循環器病を知る
(3)脳卒中
3 循環器疾患は突然死が多い
4 循環器疾患のリスク要因
(1)高血圧
第6章 合併症が怖い糖尿病
1 症例
2 世界の10%が糖尿病
3 糖尿病を知る
(2)2型糖尿病
〔コラム6-1〕インスリンの発見
4 糖尿病が恐ろしいのは合併症
5 糖尿病の経過
〔コラム6-2〕糖尿病という名前が嫌いな糖尿病専門家
第7章 受け入れざるを得ない認知症
1 症例
2 認知症を知る
〔コラム7-1〕アルツハイマーの生家
3 認知症の中核症状と周辺症状
〔コラム7-2〕記憶力テスト
4 認知症の予防と治療
(1)認知症の予防
(2)認知症の治療
5 認知症の進行
6 われわれは認知症を受け入れざるを得ない
第8章 老衰死、自然な死
1 症例
2 老衰死を知る
3 なぜ老衰死が増えたのか
4 なぜ老衰死は世界で全く認められていないのか
〔コラム8-1〕誤嚥性肺炎はなぜ高齢者に多いのか
〔コラム8-2〕骨折
1 在宅の死
2 高齢者施設
3 孤独死
〔コラム9‐1〕孤独死数をめぐる混乱
4 安楽死
(1)B、間接的死介入(延命装置の取り外しによる安楽死)
(2)C、直接的死介入(薬物などによる安楽死)
(3)警察の介入
(4)オランダの死因の4.2%は安楽死
(5)自殺幇助
第10章 最期の日々
1 終末期を迎えたとき
2 延命治療
3 痛みと苦しみを抑える
4 延命治療について自分の意思(リビング・ウィル)を明確に示す
第11章 遺された人、残された物
1 遺された人
2 不条理な死
3 グリーフから立ち直るため
4 死んでも心のなかで生き続ける
5 残された物
第12章 理想的な死に方
1 死の考えは大きく変わった
2 生きることに意義を求めない
3 理想的な死に方
終章 人はなぜ死ぬのか――寿命死と病死
1 なぜ寿命が尽きて死ぬのか
2 なぜ病気で死ぬのか
おわりに
■著者が第12章で「理想的な死に方」を7つにまとめています。(p260)
①「ピンピン」と生きる
②「コロリ」と死なない
③「ごろり」と死ぬ
④病気をよく理解する
⑤リビング・ウィルを決めておく
⑥遺る人に迷惑をかけないで死ぬ
⑦苦しむことなく、平穏に死ぬ
「コロリ」でなく「ごろり」というのは、コロリは「突然死」であり、ごろりというのは「ゆっくり死」です。ゆっくりと言っても、寝たきりが数カ月以上では困りますが、著者は⑥で遺る人に迷惑をかけないで死ぬと言っていますから、理想的にはひと月ぐらいでしょうか。なかなか理想的にはいかないものです。
この著書には多くの短歌・俳句が引用されていますが、私が気に入ったものを記載しておきましょう。
◍あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり 斎藤茂吉
◍頭を垂れて孤独に部屋にひとりゐるあの年寄りは宮柊二なり 宮柊二
◍この年を年だ年だとバカにする悔しかったらここまで生きろ 伊藤みね子
◍生きてあることのうれしき新酒かな 吉井勇
◍月下独酌一杯一杯復一杯はるけき李白相期さんかな 佐々木幸綱
◍残菊やこの俺がこの俺が癌 江國滋
◍目にぐさり「転移」の二字や夏さむし 江國滋
◍阿呆らしくかなしいことなり形よき左の乳房を切ることになる 河野裕子
◍徘徊の妻連れ戻る黄昏れてようやく街に灯の点る頃 内藤定一
◍忘れたのではない最初の一字が出ないだけあの人あの人 えーとあの人
◍よき炭のよき灰になるあはれさよ 高浜虚子
◍さまざまの七十年すごし今は見る最もうつくしき汝を柩に 土屋文明
◍つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを 在原業平
◍いちはつの花咲きいでゝ我目には今年ばかりの春行かんとす 正岡子規
さくらふぶきの下を ふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と
茨木のり子『さくら』という詩の最後の5行である
◍死の日よりさかさに時をきざみつつつひには今に到らぬ時計 寺山修司
(p179‐182)〔コラム8-2〕では、著者の奥さんがタウ・オ・パチーという進行の遅い認知症になったこと、91歳で大腿骨骨頸頭部骨折にて手術。その後の介護付き高齢者ホーム入所中の再骨折事故について述べられている。医師である長女と著者は介護施設での「身体拘束」について提言している。
■私はこの本は、現在の日本の医学・医療の現状においてわれわれ日本人が迎える死の現実についてわかりやすく書かれた名著だと思います。